『サイレンに埋もれる』
吐き気がした。路地裏にうずだかく積んだゴミ袋の山から、黒髪の女が、顔の右半分だけを出して、こちらをぼんやりと見返してくる。首から下はほとんど埋まっていて、黒いビニールの隙間から、裸の肢体が見え隠れしていた。
空には分厚い雲がのしかかって、色飛びした白い街明かりだけが、女の横顔に影を落としている。
むき出しになった腰の奥から、尻の輪郭がわずかにのぞく。ずっと眺めていたくなる。
裸体は、降り積もる雪に埋もれるのだろう。見上げると、明滅する街灯に混じって、雪が降り始めていた。
手袋越しで、寒くもない手が震える。一向に、立ち去る気になれなかった。
生暖かい泥のような感触が、舌に染みついて離れない。曲線を撫で上げ、ついばんだ指先が、余韻に震えていた。赤くかじかんだ耳さえ、つんざくような甲高い声を、耳鳴りのように残している。
路地裏を抜けたすぐ先では、あたり前のように商店がひしめき、当然のように人が歩いている。一度、雑踏の中に埋もれることができれば、捕まることはないかもしれない。どこか遠い、見知らぬ街で、見知らぬ自分を演じることも、あるいは、できるかもしれない。
けれども、そうしようとは思えない。
女の元へ早足で駆け戻ると、手袋を投げ出し、無防備にさらされたその輪郭を指先で撫で上げる。快感が、寒気のように背筋を抜けた。
ゴミ袋をどけると、手形の痣がついた乳房がこぼれる。迷わず鷲掴み、欲望のままに揉みしだいた。いつしか冬の寒さも忘れて、半裸になり、全身で味わう。
浅い息に、喘ぎ声が混じる。唇を貪ると、ほのかな吐息が口内を満たす。
股下に手をかけ、指をねじ込む。差し入れた人差し指だけが、ぬるま湯の中で溶けていった。
薄い息に、絶頂が迫る直前。白黒の路地裏を、赤いランプが照らし出す。
今更のように、サイレンがうるさい。
ふと、目を落とすと、女が、まばたきを忘れたまま凍りついている。
それ以上、女が喘ぐことはなかった。