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同士発見




 目と目が合ったその瞬間、電撃が走るような衝撃を覚える――なんて。

 あり得ないと思っていた。ましてや目と目で通じ合う、一目でそれとわかる、だなんて。



 ああでも、この感覚は、そうとしか言い表せない。



 行きつけのゲーム屋、商品を手に取ってレジへ向かおうと通路に出たところでぶつかりかけた――それを回避しようとして後ずさった姿勢のまま互いに固まったのは、きっと数秒にも満たない時間だっただろう。けれどこれまでの人生の中で最も長い刹那だった。


 目の前には、突き抜けた美形感もモブ感もない――つまり前世の一般人っぽい容姿の、同年代の男の子。

 驚いたように見開かれた目がゆっくりと瞬くのが、スローモーションのように見えた。




「――Yes二次元、」


「No三次元」


「リアル主人公補正は、」


「心の底からお断り」


「乱立するリアル恋愛フラグは、」


「二次充の敵……っ」



「「――――同士よ!!!」」



 先に口を開いたのがどちらだったのか、それに応えたのがどちらだったのか、それはもはやどうでもいいことだった。

 なんかよくわからない感覚によって目の前の彼が『前世記憶持ちで前世と同じ容姿で尚且つ二次元愛のオタク』ということを理解させられた摩訶不思議現象すらどうでもいいことだった。

 重要なのは、――文句を言う先すらない現在の境遇についての愚痴を共有できる人物が現れたという一点のみ。


 がしっと手を取り合うという、普段だったらあり得ない接触(コミュ障だし相手は異性だし)を果たしながら、心の中は歓喜でいっぱいだった。いやもう勢い的にはハグしたいくらいだった。もちろんしません。



「マジかよ……苦節十六年、同類になんて出会えないと諦めかけてたのに、こんなひょいっと会えるとか……」


「しかも同い年って……ばったり出会えるほどに生活圏内が被ってるって……今まで出会えなかったのが逆に何らかの作為を感じなくもないけどそれすらどうでもいいわ愚痴聞いてください」


「俺のも聞いてくれるなら。『何このエセ二次空間www』って笑ってくれれば俺の中の何かが救われる気がする」


「わかるー。笑い話にしつつも同調してくれる人間なんて現れないと思ってたわ……」


「もはやあんたがエセ二次空間の生成した俺に都合のよすぎる人間だって構わない……同士がいるというその一点が世界での息のしやすさを変えてくれる」


「そこを深く考えると世界五分前仮説みたいな思考の迷路に陥るので棚上げしておくけど、いいよもうなんか奇跡的なアレかバグ的なアレかそういうのだってことで。とりあえず君という同士が存在することが嬉しい」



 打てば響くように言葉を交わせるというか、本当に他人ですか?的な思考回路の近さを感じる。

 『前世記憶持ちで前世と同じ容姿で尚且つ二次元愛のオタク』であっても波長が合うとは限らないのでとてもとてもありがたい。自分とは違うタイプとの交流だっていいものだけど、やっぱり同じノリでぽんぽん話せるほうが嬉しいし。


 あんまりにも自分が渇望していた人間に合致しすぎて「彼もまたこの二次元みたいな世界の二次元みたいな設定を持つ二次元みたいに自分に好意的な人間なのでは?」という疑念がわかないでもないけど(そして相手も同じこと言ってるけど)、それを凌駕して余りある巡りあわせへの感謝が湧き出でるので、まあいいかと思考を投げた。

 あっちも投げてるので同じように同士に飢えてたんだな……感がありありとする。言葉の端々から伝わりすぎてる。



「画面の向こうでならどれだけでもイベント起こってもいいしむしろこの攻略経験値の見せ所だぜって感じだけど現実リアルでは求めてないしベタにベタ重ねたみたいなハーレム人員が着々と増えるとかごめんなんだっての、あんたならわかってくれるだろ?」


「ああ、君の方って古き良きハーレム漫画みたいな? テンプレ多めの? それは……お腹いっぱいになるね……っていうか現実ではノーサンキューだね……」


「血がつながってない姉と窓を開けたら部屋が見える幼馴染が俺の二次充の最大の敵だ」


「えっかわいそうすぎる」



 身内がそれだと家が安全地帯じゃないということなので即ち二次元と触れ合う機会の死である。私だったら耐えられない。



「……その反応からするとあんたの方は自分の部屋はイベント発生地帯にならないんだな?」


「そんなCEROにひっかかりそうなイベントは起きないな……やっぱり女性向けで部屋に異性を入れるって重要イベントなところがあるし」


「まあ男向けより遥かにハードルが高いか……。くっ、部屋での二次充が邪魔されないのが羨ましすぎる」



 それがもう心の底からの言葉だということは膝ついて床ダンしそうなレベルの嘆きから伝わってきた。男性向けハーレムには付き物のラッキースケベ展開やらちょいエロ展開が起こるシチュエーションを考えればそれも仕方ないだろう。


 女性向け逆ハーレムものにも過激なシチュエーションはわりとあるけど、自分の置かれた状況がそっち方向ではなくて幸運だったと今更ながら実感する。

 いやまあこれからそういう微エロ展開が起こらないとも限らないので油断はできないけれども。そもそもそういうイベント自体起こってほしくないけども。



「あー、でも自分の部屋以外が安全地帯じゃなくなることはあるよ。家族に次ぐくらいの甘々対応かましてくるのが従兄で」


「泊まりとかあるくらい親族仲がいいわけか」


「さすがにずっと部屋に引きこもりできるわけもないから、どうしても接触せざるを得ないのが……」



 いくら二次元に愛をささげているとは言えど、現実世界を放棄はしていないのでそれなりの付き合いはせねばならない。

 そういうのをぽーいっとできるんだったら度重なるリアル恋愛フラグにうんざりするまでいかずにかかわりごと切っている。


 「そうなんだよなー、そこが思い切れるんだったらこんな頭悩ますこともないんだけどな……」なんて言っている彼も二次元に耽溺することだけに邁進はしていないのは明らかだ。



 ……と考えたところで、互いの名前すら名乗り合っていないことに気付いた。ほぼ同時に彼も気付いたのだろう、表情の変化でそれを察して、あんまりにテンポが合いすぎて本当に赤の他人なのかと思えてくる。魂の双子とかなんとかだったりしても驚かない。



「えーと……初対面にして数分しか話してないわりに自己紹介するのが何故か今更感あって微妙に気恥ずかしいんだけど……」


「安心してほしい、俺もだ」


「気恥ずかしいのと気恥ずかしいのを掛けたら微妙な空気にしかならないからそれ安心要素じゃなくない?」


「ごもっとも。っつーわけで俺から。玖世くぜ康隆やすたか。さっき言ったが十六歳、ぴちぴちの高校一年生だ」


「その語彙が若くなくてやばいよ? 通じる私もアレだけど。……私は壱河いちかわ理乃りの。同じく高校一年生」



 ぴちぴちが死語な上、男子高校生はふつう自分をぴちぴちとか称さないだろう。

 まあオタクは得てして若干世代を外れた語彙を獲得することがままある。私も人のことを言えないのでそこは流すことにした。


 玖世康隆と名乗った彼の着ている制服は、私の通っている高校のものではない。そんなに特徴的なデザインではないただの学ランだが、襟についた校章とボタンのデザインでそれくらいはわかる。

 しかしだからと言って『自分が苦労せずに行けて苦労せずに学生生活をこなせそうで尚且つ一番通学が面倒くさくない』を基準に高校を選んだ身では、学校の特定なんてできない。何せ女子生徒の制服ですら判別できないのだ。興味が無いので。



 なので直接どこの学校に通っているのか聞いてみると、私でも知っている私立高校だった。「一番家に近いのがそこだった」とのことなので、たぶん選んだ基準は私と大差ないんだろう。

 ちなみに私は普通の公立高である。彼の通う高校も条件に近かったけれど、通学面で候補から外したのだ。



「ってことはやっぱり活動圏内被ってるんだね?」


「この店で出会った時点でそれはわかってたろ」


「うん、まあ」



 頷く。この店はいわゆる知る人ぞ知るお店というか、まあ土地勘の無い人間がちょろっと探したくらいでは見つからないような立地のお店である。

 品揃えが異常に良くて、中古のお値段が学生にも優しいわりに、他のお客にエンカウントすることがほとんどない。結構通ってるけどぶっちゃけ見かけた人は片手で足りる。

 あまりにも自分以外の客に会わないので、狐に化かされてるのかと真剣に考えたこともあるレベルだ。


 ますます今日ここで出会えたことが奇跡じみて運命的になってきた。いやいいんですけど同士に出会えたならそれで。とにかく愚痴を聞いてほしいし愚痴を聞きたいし「マジこの世界ないわー」ってしたい。



「……積もる話はあるけど、とりあえず」


「わかってる。会計だな」



 阿吽の呼吸で話が通じた。会話が楽すぎてどうしよう。







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