プロローグ:赤い記憶
――その日は朝から雨が降っていた。
先日の快晴がまるで夢であったかのように空が闇に包まれている。まだ時間は昼前だというのに鳥一匹すら飛んでいない。子供たちが駆け回って遊ぶ声、客入れ時で忙しそうに働く食堂の音、外に行商にいく父親を送り出す親子連れの姿。当たり前にあったものが何一つ存在しない、別世界のようだった。
慣れ親しんだ故郷が目の前で燃え盛り、音を立てて崩れていた。
どこかで爆発事故でもあったのか? 魔王の軍隊が襲ってきたのか?
そんなことはない。断言できる。
街全体が火に包まれるような危険物などないし、魔王は勇者によって既に滅ぼされているのだから。そもそも昨日は魔王討伐祭で街中が笑顔で溢れていたはずだ。悪夢であるなら目を閉じて早いとこ覚めてほしかったが、蹴られた腹から伝わる激痛が、これは間違えようのない現実であることを容赦なく突きつけてくる。
「……どう、し、て?」
痛む横腹を押さえて地面に這いつくばりながら、私は近くに佇む男に問う。
「んー……どうしてって言われてもなぁ。目の前に金で解決できない貴重な資源が転がっているんだ。しかも俺たちなら簡単に手に入れられるし、この世の誰より有効活用できる。それを見逃すなんてただの馬鹿じゃないか?」
つい先日まで共に笑い、喜び、幸せを分かち合っていたこの男の言葉が今は何一つ理解できない。
「……よくも、だまし、て」
横腹の痛みが酷い。喋ることができているのが不思議だった。
いつ気をやっても可笑しくないくらいの痛みに耐えながら、例えそれが原因で死に至るとしても口を止めたくはなかった。
「別に騙してたわけじゃないさ。俺たちもその宝の山に先日気付いたばっかりなんだ。今思うとこれって隠し要素的なものなんじゃないかと思うわ。普通わかんねぇって!」
狂気的な瞳でゲラゲラと笑い転げる男。もう人間だとは思えなかった。
「おーい、タケルくーん! こっち終わったよー!」
ソレと一緒に行動していた陽気なケモノが走ってくる。
「お! マジか! どんくらい上がった?」
「すっごいよ! 60くらいだったのが一気に100になったよ!」
「やったじゃん! これで条件クリアだな! もう次のイセカイリョコウ行こうぜ~。」
昨日の祭りで串焼きを分けてくれた優しいオジさん、一緒に踊った明るく元気なお姉さん、それらを常に外から見守って笑っていたお爺ちゃん。大勢の人が地に伏して壊れた人形のように動かない。当然だ。彼等は既に生命を終えている。
巨大な火の化け物は、降りしきる雨などまるで意に介さないかのようにその体積を愚直に広げていく。人の焼けた異臭が生きる気力を奪っていく。そんな中で歓喜する2つの影は誰がどう見ても異常だった。
「……ウッ」
血が口から大量に溢れ出す。もうすぐ死ぬんだなと驚くほど冷静に受け止めていた。
「って、この子死にそうじゃない! なにしたの!」
「面倒だったからちょっと小突いただけだって! 加減はしたぜ?」
「あーもう! 子供いなくなったら次稼げなくなっちゃうじゃないの!」
意識が朦朧とする。体が急速に冷えていき、感覚が消えていく。次第に視界もぼやけ、世界が闇に染まっていく。
死の間際、今までの楽しかった思い出や親しい人物が走馬灯のように浮かんでくるなんてことはない。
私はただ冷えていく体を感じ、生まれて初めて知ったばかりの"憎悪"という感情を丁寧に育てながら、意識を闇の中へと手放した――
初投稿です。
勝手がわからないので色々変かも知れませんがご勘弁。