四話・釣り
「言ってなかったわね。私は、グローラを倒しにここに来たわけじゃない。その池で、魚を釣りに来たの」
リオネはそう言うと池の前まで歩き、クユリをそっとどかして池を覗き込む。両手にぎりぎり収まりそうな黄色い魚が、五匹ほど見えた。そして、深い位置にトンネルのようにどこかに繋がる穴が開いているのが見える。かと思えば、その穴から更に一匹の魚が姿を表す。
「釣りといっても、道具は持ってるの?」
「本当は、雷魔法でまとめて釣るつもりだったけど」
「リオネちゃん、それは釣るとは言わないよ」
「そうね。ちょうどそこに、グローラの死体があるじゃない?折角だし、それで道具を作ろうかと思って」
リオネは、グローラの骸を眺めながら、使えそうな素材がないか見繕う。
「あの骨を釣り竿にするとして………爪が針、餌は肉。食いつくかはわからないけど、他に無さそうだし。あとは………糸」
糸というとリオネがまず思いつくのは、『因果線』という単語だ。しかし、それは釣り竿に繋げて釣りをできるようなものではない。例えばそれができたとして、リオネはそんなことに貴重な幸運を捧げようとは思わない。今はクユリが居るとはいえ、まだ完全に信頼しているわけではないのだ。
そして、試行錯誤の末にリオネは、あることを思いついた。
「クユリ?」
「なーに?リオネちゃん!」
「その弓、貸しなさい」
クユリは、弓を手にしてリオネに差し出そうとする。しかし、弓がリオネの手に渡るよりもクユリがリオネの意図に気が付く方が早かった。
「り、リオネちゃん?」
「何?」
「………この弓、どうするつもりかな?」
「………………………………………」
リオネは黙り込み───グローラの鋭利な爪を手に取って返事とした。リオネは、それはそれは優しく微笑んでいた。
「いや、駄目だよ!?」
「いいじゃない、弦の一本や二本、無くても変わらないわよ」
「変わるからね!?弦の無い弓って、ただの棒だよね!?」
「棒───クユリ、いいアイデアだわ。竿もあんな汚いグローラの骨を使うより、その棒の部分を使った方が綺麗ね」
「発想が悪化しちゃった!?」
完全に墓穴を掘ったクユリは、素早く弓を背中に隠して後ずさりをする。じわじわとクユリに迫るリオネ。
「いつっ!」
クユリのかかとに衝撃が走る。気付けば後には壁───完全に、追い詰められてしまったのだ。
「ふふふふふ………もう、逃げられないわよ?さぁ、その弓を差し出しなさい」
「ちょ!待って!ほんと待って!ほらリオネちゃん、あたしがぎゅーって抱っこしてあげるから!ほんとに待って!」
「意味わからないし要らないわ。いいから早く弓を渡しなさい」
「即答!?ほ、ほら………釣りにもいろいろあるでしょ?何も釣り竿で釣るだけが釣りじゃないというか………」
この言葉を聞いて、リオネはピクリと眉を動かす。
「………それもそう、ね。例えば?」
「えっ………」
「いや、えっ………じゃなくて、例えば他にどんな方法があるの?言い出したからには策はあるんでしょうね?」
クユリが咄嗟に口にした自己防衛の発言に裏付けなんてあるはずもなく、クユリは口ごもってしまう。しかしその時、どこかで聞いた言葉がクユリの脳裏をよぎる。
「─────雷魔法、とか♪」
「…………………………結局、そうなるんじゃないの」
「……………そうだね。ごめんなさい」
そうして、あれこれ考えた時間も無意味に、結局雷魔法を使うことになり、クユリの弓は分解されずにすんだのだ。
そして、リオネは再び池を覗きつつ、両手を翳す。ピリ、ピリと音を立て、小さな稲妻が手の前で弾ける。
「───放電!」
リオネが唱えると、小さく弾けていた稲妻はピシャリと鋭い音を立てつつ、部屋全体を照らすほど強烈に瞬く。
「ひいっ!?」
突然の発光にクユリが大きく怯むと、リオネは一言添える。
「目を瞑りなさい。直視したら失明するわ」
「先に言ってよっ!」
とはいっても、目を瞑っていたリオネですらも視界はまだ眩んでいた。クユリはというと、『運良く』発光が最も強烈な瞬間にまばたきをしていて失明はせずにすんだらしい。
「ど、どう?リオネちゃん。魚、浮いてきた?」
少し経って視界が戻ってくると、クユリはリオネに確認を取る。
しかし、リオネの答えは予想外のもの。
「……………失敗したわ」
「………え?なんで?」
その威力を目の当たりにしたからこそ、それで魚が浮いてこないことを不思議に思うクユリ。
「この魚、電気に耐性があるみたいね………」
クユリは、リオネの横から池を覗き込む。
「ほ、ホントだ………むしろ、ちょっと元気になってない?」
先程覗き込んだ時よりも、泳ぐスピードが速く、いきいきとしているように見える。
「これじゃあ、手の打ちようが無いわね………ねぇ、クユリ」
そう言うリオネは、クユリをしっかりと見据えて───いや、正確にはクユリの抱える弓をしっかりと見据えていた。
「ひぃっ!ちょっと待って!まだある、まだ………そ、そうだ!あなたの固有能力………」
「………!貴女、私の能力を知ってるの?」
「あっ…いや、その、知らないけど。でも、何かに使えるんじゃないかなー、と」
言われて、リオネは考え込む。
もしも人形化をここで使うとしたら、直接魚を操ってここまで連れてくるしかない。しかし、それだとリオネは六回も代償を受けることになる。
「むしろ………貴女の幸運で何とかできないの?」
「んー、自分で操作する能力じゃないからなぁ………あ、そうだ!」
「何かしら」
「リオネちゃんがあたしの手を握ってくれたら、能力強まるかもよ♪」
「そうね。貴女の弓を竿にするわ」
「やめてーーー!」
「きゃっ───」
クユリは、唐突にリオネに抱きついた。
「ちょっ………本当にそれで幸運の効果が強まるの?」
クユリは、さりげなくリオネの手を握る。
「ま、任せて!ただ、効果が出るのに時間がかかるかもしれないから…………ね?」
「……………そう。騙されてる気しかしないけど………まぁ、いいわよ。そこまで気分は悪くないし、しばらくこのままでいても」
「!!!ありがとうリオネちゃんー!むぎゅーーー!」
「あんまり暑苦しいのは───って貴女力強すぎるわよ…っ!」
「あ、ごめんっ!嬉しくてつい………」
身体能力が致命的なリオネを、上級の弓使いであるクユリが全力で抱き締めれば、痛いのも当然だ。そして───
「………しかも硬い」
「なぁぁぁっ!?!?!?」
お互い胸は無い。
「リオネちゃんも小さい側の人間でしょ!?」
「私は背も低いから………」
ジンパレスの仕組み上、未来に成長する希望は無い。お互い言い合っても、どんどん空気感が虚しくなってくるだけだった。
しかし───
「………!く、クユリ!後ろ───」
「え───」
正面から抱き合っている二人。クユリの後ろはリオネの視界の中だ。
「グルルルルルルルル───」
クユリの後ろに魔物が───!?
今後も是非お付き合いください。