二話・幸運
「に、人形?………立て。這い出て来い………」
何も、起こらない。ファルクスの骸の下で、人形はぐしゃぐしゃに潰れていた。
「……………アレの肉体じゃ無理だったか」
そして、呆れると同時に───リオネはあることを知る。
(……………因果線が減ることによるこういった事故は、能力で作った人形を使って回避できる……………)
生まれた段階で優しい性格だったわけでもないが、リオネの思考回路は一層冷めていた。人形化の対象は事実上死ぬという特性を理解しながらも、どこかで目を逸らし、知らんぷりを極め込んでいた。
「すーみーまーせーーーーーんっ!!!!!」
背後から唐突に、つんざくような大声が聴こえた。リオネは振り返ると、小柄なリオネよりはいくらか背の高い、赤髪の少女が駆け寄ってきていた。
「ほんっとにごめんねっ!大丈夫?怪我はない!?」
少女はリオネの肩を掴み、ガシガシと揺らす。リオネは醜く笑いながら応える。
「私は大丈夫。ちょっと『道具が壊れちゃった』けど」
「………そっかぁ。それは悪いことをしたね………」
少女は一瞬、間を空けてからそう言った。
「偶然ファルクスを見かけて、勝てっこないと思いながらとりあえず弓で数発撃ったら、全部急所に当たっちゃってー………」
「はぁ……………?貴女、弓術関係の能力でもあるの………?それか、追尾させる魔術の応用………」
ジンパレスでは全ての人が何かしらの固有能力を持っている。滑空中のファルクスはジンパレスの魔物の中でも群を抜いて速く、それに対して弓を放って百発百中だったなどとのたまう彼女を疑うのは当然のことだ。そのタネを考えるなら、まず疑うのは固有能力。次に疑うのは対象を追尾するエネルギー弾を放つ魔法、追尾の応用だ。
「ふっふっふー………あたしの能力は───幸運だよっ!!!」
「…………………………はい?」
「何かと良い事がたくさん起こるんだ♪ついでに、あたしの近くにいる人の不運を打ち消せるらしいよ!」
───ふと、リオネは思った。彼女を人形化して手元に置いておけば、彼女の能力を利用して、因果線減少に起因する全ての事故を消せるのでは、と。
そして───その思いつきは脳内で確信に変わる。
「貴女………その幸運っていうのは本当に能力なの?」
「もぉー!疑うのー?なら、うーんと………」
念の為、でたらめでないかを確認すると、彼女は黙り込んでしまった。そして、十秒近くして彼女は声を上げる。
「よしっ!あたしとじゃんけんで勝負しよう!!!」
「じゃん………けん……………?」
あまりに唐突な言葉に、リオネは戸惑いを隠せない。
「あ、知らなかったー?じゃんけんっていうのはねー───」
「いや、じゃんけんを知らないわけじゃない………ただ、あまりに急ね?確かに、運を示すにはうってつけだけど」
「それじゃいくよー!」
「………うん」
「「じゃんけん、ぽん」」
リオネはグー、少女はパー。しかし、この程度では能力の証明になどなりはしない。
「もう一度………じゃんけん───」
「「ぽん」」
リオネはパー、少女はチョキ。
「「じゃんけん、ぽん」」
裏をかこうとリオネは再びグーを出すも、当然のように少女はパーを出していた。
そして───そのまま十分近くひたすらじゃんけんをし続けた結果───リオネは確信する。この少女の運は、紛れもなく能力によるものだということを。
「……………貴女、名前は?」
能力が本物と知って初めて、リオネは少女の名を問う。
「あたしは、クユリ!あなたは?」
「………知らなくていいよ」
「───え?」
リオネは、少女の名を知りたかった。しかし、逆に自分の名を少女に覚えて貰う必要は、無かったのだ。
「大丈夫、私は貴女の名前を覚えておいてあげる。………大事な、人形の名前だもの」
「…………………………」
むしろ───クユリは、まるでリオネに何かされるのを待っているかのように、何も言わないし、動かない。そこに違和感を覚えるも───結局、リオネは能力を使おうとする。
「……………人形─────」
クユリは、決して抵抗しなかった。しかし、能力は行使されなかった。
リオネが、思い出したのだ。人形化して自分の囮になって潰された男───その無機質な表情を見た時の感覚を。
もし、クユリを人形化してしまえば───あの笑顔をもう見れなくなる。リオネは、出会って間もない相手に対してそんなことを考えている自分を不思議に思うが───リオネの脳内で答えは簡単に出た。
(……………私がそんなことを考えて人形化を躊躇するところまで、全てがクユリの幸運……………?)
他人の幸運に自分が巻き込まれていることを実感し、同時に『運』というものの重要さを再認識する。しかし、だからこそクユリを手放すことを惜しく思う。
(………クユリが手に入れば、この幸運が私の物になるというのに………何故、私は人形化を使わないの………?)
「ねぇ!人形とかはよくわかんないけど、とりあえず名前教えてよー!」
「………私は、リオネ」
結局、葛藤の末に能力を使えなかったことで、リオネはどこかクユリに負けたような気分になっていた。故に、答える気のなかった問いにも答える。
「そっかぁ!リオネちゃん、これからよろしくね!」
「は………?」
「リオネちゃんは、いきなり空からファルクスが落ちてきちゃうくらい不運なんだから、今後何が起きるかわからないでしょ?だから、あたしがこれからずっと一緒にいてあげる!」
クユリは、自慢げにそう言い、くすりと笑った。
(………ウザい………なれなれしい………のに、不思議。何ていうか、嫌いじゃない。こういう奴………)
相手が人形化の使い手だというのに随分と楽しそうなクユリに、リオネは呆れ、同時にどこかで惹かれていた。
「……………好きにするといいわ」
そうして、クユリはリオネと行動を共にするようになった。リオネの運命は、この瞬間に確かに大きく動いたのだ。
───果たして良い方にか悪い方にかは、わからないが。
次回、二人は洞窟に向かいます。文章力があまりに足りてませんが、今後ともよろしくお願いします。