一話・人形化
たぶん百合色を一旦お休みして、新シリーズです。こちらは目安として一話につき2000〜3000字くらいの短編になります。
ゆら───ゆら───ふわ─────ふわ─────ひとり、うまれた。
ゆら───ゆら───ぐしゃり。───ひとり、しんだ。
命は既に育っちきった姿を持って、ふわふわと湧くように生まれる。そして、『因果』の告げるままに死ぬ。死に方はというと───他人に殺される、魔物に喰われる。精神を病んで自殺する、災害や事故に巻き込まれる。だいたいそのどれかが、『寿命』。
ゆら───ゆら───ふわ─────ふわ─────
ゆら───ゆら───ふわ─────ふわ─────
「……………………………………………………」
名前、リオネ。容姿、小柄で無機質な眼をした少女。固有能力、人形化。性格、無口でネガティブ。身体能力、致命的に低い。魔力、そこそこ高い。
「……………生まれた」
何もない空間に光が灯り、一瞬で物心ついた、リオネという少女。彼女は、自分についての情報のついでに、この世界について、他の誰もが知らない知識を持っていた。
(………私の固有能力、人形化………私の『因果線』を代償に、対象を人形化する)
それは、偶然持っていた能力、人形化に用いられる『因果線』とは何かということだ。
全ての人には、必ず幸運な出来事が訪れる。それは偶然でなく、自分の行動の『因果』。自分の行動と、その結果起きる出来事を結ぶ線───それが『因果線』。人形化は、その線を『糸』に変えて操り、対象を支配する。即ち───思い通りに動く、奴隷に変化させる。
そして───
(………代償は私の幸運、効果は対象を………奴隷化。何一つ良い事のない───最悪な能力)
ネガティブなリオネは生まれた瞬間に気付いた。それが、『最悪』な能力だということに。決して使うことで幸せを得ることはできない能力だということに。
─────メゴォッ
「───い……………った……………!」
リオネは初めて、『痛い』という感覚に襲われた。焦ってうしろに振り返ると、背が高いスキンヘッドの男が立っていた。
「嬢ちゃん、ついてきな」
リオネは、あまりに非力だった。一発頭を殴られただけで、痛くて身体を動かせなくなる程に。
「やっ………め───」
「オラ、早く来い」
殴られた後頭部を手でおさえているリオネの後ろ襟を掴み、草の上を引きずって歩く男。
「な、に───貴方………!!!」
かろうじて、声は出せた。抵抗することができた。
「俺もさっき生まれたんだがな、固有能力がどうにも面白くて………誕生察知つってな、生物が誕生する瞬間、場所、姿が把握できるらしい。んで………俺はこの能力で可愛い女をこうやって攫って、売っ払ってやろうと思ってなぁ」
傾向が存在するものの、姿、性格、能力はランダムといえる。だから、時折こういった頭がおかしい人も生まれてくる。
「待って………私は、どうされるの?」
「適当な奴に金で売るからなぁ………その後どうなるかは俺は知らんね」
リオネは、深呼吸をする。そして───生まれて間もなく、悪夢を始める覚悟を決めた。
「───忠告する。今すぐに私を解放して」
もちろん、引き下がってくれるならそれに越したことはない。でも───それは、叶わない。
「バッカ!!!俺は腕っぷしが強いんだよぉ!さっきはでっかくて邪魔な魔物を海に投げ捨てたんだぜ?こーんなちっこい嬢ちゃんに今更、何が出来────」
「─────人形化」
するり───しゅるり───ひとつ、しあわせがきえた。
するり─────きゅっ─────あたまのはげた、にんぎょうができた。
唐突にリオネを後ろから殴りつけ、売り払おうとし数刻前のスキンヘッドの男は───この瞬間、死んだ。
「………これが、人形化……………」
「……………………………………………………」
そこに居たのは、ピクリとも動かずにただ糸に操られるのを待つ、『人形』だった。
「………ほんと、名前通り、人形………ね」
そう呟きながらリオネは、歩けと念じてみる。男は、虚ろな眼のままリオネに背を向け、ゆっくりと遠ざかり始める。
リオネは、戻って来いと念じてみる。男は、再びリオネの方を向き、向かってくる。リオネの目の前に男が来たところで、立ち止まる。
「何か言うことは?」
「『すみませんでした』」
「……………なーんてね」
思い通りに喋らせることもできる。もちろんそれは男の意思ではない。人形を糸で操っただけのこと。
そして───リオネは気になっていたことを試す。人形になった男に、元に戻れと念じた。しかし───決して戻ることはなかった。当然だ。人としての思考も魂も、因果線という糸で押し出し、抹消したのだから。
(………一度奴隷にしたら戻せない………安易に使うわけにはいかないか。……………それに、今ので私の因果線が一本消えたことになる)
リオネは、臆病だった。思考が、駆け巡る。
(………どんな不運だろう。空から落ちてきた何かに潰されたりとか、魔物の罠にはまったりとか………っ!)
どんどん、怖くなってくる。しかし───長時間悩む必要は無かった。
「─────ひぃぃっっっ!?!?!?」
一瞬、辺りが暗くなったと思い、空を見上げると───巨大な鳥型の魔物、ファルクスが見えた。しかし、それは飛んではいない。翼はピクリとも動かず、ただ重力に従って落ちてくる。
(空中で誰かに墜とされた………ってこと!?つ、潰される………っ!!!)
そして、一瞬の間にあることを思い出した。
『バッカ!!!俺は腕っぷしが強いんだよぉ!さっきはでっかくて邪魔な魔物を海に投げ捨てたんだぜ?こーんなちっこい嬢ちゃんに今更、何が出来────』
そう───この人形は、力が強いのだ。
「かばえぇぇぇぇぇっ!!!」
「…………………………!」
人形は無言のまま、腰に力を入れてどっしりと構えた。そして、リオネは全力で落下点の外に駆ける。
ファルクスが、人形の構えた手に触れた。人形は構えを崩さず───ミシ、ミシと骨の軋む音をたてながらファルクスを持ち上げ続ける。そしてそのスキに、リオネは影の外から飛び出した。
「───やった、抜けた…っ!人形、離れろ!!!」
人形を囮に自分の安全を確保すると、リオネは人形の回収を試みる。
「……………ッ!!!!!」
しかし─────
「……………え」
辺りに鳴り響くのは、力を受け過ぎた骨が弾ける、鈍くて湿った音。続いて、巨体の魔物が地面に墜落し、地響きが起こる。
舞い散る砂埃がしばらくして晴れると、リオネの視界に人形は居なかった。
「……………………………………………………」
───人形はファルクスに、文字通り潰された。