とある夜会
一筋の銀閃が部屋に走った。それに気付いた壮一は、咄嗟に窓から離れた。壮一が窓を見ると、鍵だけが綺麗に断ち切られており、外から吹いた風で窓が開け放たれる。その窓から、音も立てずに学校の制服らしきものを着た少女が入ってきた。
「夜分遅くに申し訳ないっす。風間さん」
「あんたは…黒田!どこに行ってたんだ?」
その少女は千鶴であった。レイを探しに行ったきり、行方不明であるということで、壮一は彼女のことも心配していた。生きていたことがわかり、安堵する。
「すまねえっす。レイさんを助けようと思ったんすけど、ギリギリで連れ去られちまったみたいなんすよ。千鶴一生の不覚…、でも、千鶴はこれ以上風間さんたちとは一緒に行くわけにはいかなくなったっす。本当に申し訳ないっす」
「レイのことは…気に病むな。多分…海部だろう?俺たちはレイ、お前は海部、それでいい。俺たちは先代皇帝の助言に従ってエルフの…豊穣の森に行く」
千鶴は肩の荷が降りたようで、体に入っていた力を抜いた。月の光に照らされた彼女の表情は、明るかった。
「そう言ってくれるとありがたいっす。それと、ひまりっちから伝言っす。『先代皇帝は信用していい。ひとまずは、先代に従って行動を。彼には、知ることに特化した魔眼がありますから。幸運を祈ります』…。それと…、詫びの代わりに、ちょっと稽古をつけてやるっすよ。東門の外の草原まで来るっす」
「ああ…ん?稽古?」
次の瞬間には千鶴は、先程いたのが嘘のように消え去り、風間は一人、部屋に残される。
「魔眼…眼…か。いや、まさか、な」
壮一は自身の中に芽生えた疑念を払い、部屋を出て約束の場所に向かった。
「うぐお!?」
「びぎぃ!!」
「ドォっは!!」
「一度でも攻撃を当てられたらいいんすよ!それもできないんすか!?男ども!!」
東門付近、草原には4つの影があった。一人の少女が、三人の男を蝶のように翻弄しながら、蜂のように鋭い手拳を突き刺していた。
「ま、待て…黒田。こ、この2人は誰だ?なんの稽古だ?特殊性癖に目覚めさせる稽古なのか…?」
「なあ、あんた…。誰か知らねえが、この嬢ちゃんは破天荒だ。嵐が過ぎ去るまでは、耐えるしかねえ…俺はジェー。そっちの若い兄ちゃんがギロだ、よろしくな」
「はぁ…おえ"…、よろしく、おおお願いします…」
ジェーと名乗る男は中々に筋肉質の体をしており、普段から運動を欠かさず、鍛えているのがわかる。実際に、先程まで打ちのめされ続けていたというのに、少しの疲れを覗かせる程度で済んでいる。一方で、陰険な様子の若い男は中肉中背である。肩で息をしており、今にも胃の中のものを全て開放してしまいそうな様子だ。
「俺は壮一だ。こちらこそ、よろしく頼む。だがな、ジェーはともかく、なんでギロまでこんな稽古してるんだ?逃げてもいいだろ?」
「それはあ…、黒田の姉さんは、自分に…はあ。生きる道をえ…教えてくれたんですよ。姉さんが稽古つけてくれるってんなら、うう、逃げるわけには…いかないで、す」
ギロは、弱々しく、うめくように話していたが、目には強い意志が宿っていた。それを見た壮一は、若い頃を思い出し、ノスタルジーに浸っていたが、首への一撃で現実に戻された。
「なーにおべんちゃらしてんすか。はあ…、作戦会議!作戦会議するっすよ!」
「…わかったよ。ちょっと時間くれ」
壮一たちは、三人で輪になって話し合いを始める。
「なあ、ソウイチ。お前準決勝であの嬢ちゃんに善戦したんだってな。お前、もっと上手く力使えねえのかよ?」
「おい…。まあ、スピード出すのは可能だと思うが…、どうしても直線的な動きになっちまうぞ?」
そこでギロが、ようやく息を整えて口を開いた。
「いや、それでいいんです。むしろ、それが姉さんの狙いでしょう。ソウイチさんにないのは…とは言っても自分ら以上にはすごいんですが…、スピードと射程距離です。試合の様子を少し聞きましたが、どうしても拳で戦ってる分、先にやらなきゃキツイんですよ。だから、急いで決めに行ってたんでしょう?」
「あんた…、その通りだ。やるじゃねえか」
「きょ、恐縮です…。自分らは正直、どうしようもなく格上の敵に食らいつくためのやり方を、この稽古の中で学んでる感じですが、あなたはそうじゃない。さっきから一番攻撃を食らってるのに、それでも平気そうだ。どうしても不利な相手に、それでも先手を打つための稽古でしょう。だからこそ、一発なんです。自分らが合わせます。好きにやってください」
壮一は、それを聞いてようやくこの稽古の趣旨を理解した。なぜ、一発だけの攻撃を当てさせようとしているのかを。
「わかった。じゃあ…行くぜ!!!」
足に普段よりも力を入れ、地をキックするようにして、黒田に駆けていく。さらに、直線的な動きではあるが、特段力を入れて地を蹴ることで方向転換を行い、猛進を繰り返していた。それを見た千鶴はようやく、涼しげな表情を崩し、笑った。
「そう、そうっすよ。風間サンはもっと力づくで押し込んでしまえばいいんすよ。魔法は使えない。武器も、殺し合いに使えるほどには上手く扱えない。なら、無理矢理にでも、素手の間合いに持ち込むっすよ」
助言を飛ばしながらも、軽く壮一の猛進に次ぐ猛進を避けていく。しかし、二人のことも忘れない。
「くそっ!」
「だめか…っ」
二人でウォーターボールという魔法で、水の球を魔法で作り出し、高速で射出するが、それをも避けられてしまう。まるで、彼女は背中にも目があるかのようだった。
壮一が猪突猛進し、ギロとジェーが魔法で追撃し、千鶴がその全てを避けるということを続けて、30分が経った。
「…終わりっす!3人とも、よくやったっす!!じゃあ、帰るっすよ」
最後は、ギロが魔法で起こした風で砂利を撒き散らして視界を奪い、そこに壮一が突進し、それを避けた千鶴に、ジェーが岩石を高速で打ち込むことで、攻撃を一発当てることに成功した。ただし、その岩石が当たりはしたものの、いかなる手段を使ってか、千鶴には一切のダメージが入っていないようであったが。
その証拠に、すでに千鶴は去り、どこにも姿は見えない。
「お、おう…流石に疲れたな…」
「そうだな…おじさん、明日の筋肉痛が怖いよ」
「自分…運動、ちゃんとすることにしました」




