1st Giant Killing
ジャックと対峙する黒田を残して、レイはまず宿に向かった。子供達の安全を確認しようとしたのだ。しかし、その途中、街中で1人の少年に阻まれた。
「あ〜、おまえがレイ、ってやつだよな?俺はグレイン。俺のチートの実験体になってもらうから、動くなよ」
「そういうわけには、いきませんね。チートだかなんだか知りませんが、押し通らせてもらいます」
ー身体に力が…、いや、重い…両方?それに、なんだか、目が霞むような…。特に、魔法が…発動しない!?どうして…?
グレインを前にしたレイは、今までに感じたことのない、死の間際、衰弱し切った老人のような不調を感じていた。辺りを見渡すと、壁に手をつくものや、倒れているものさえいる。その不調の元凶は、間違いなく少年であると直感していた。
「おお…、いいね。チート。デバフってあんまりパッとしないなって思ってたけど、この世界、バフはあるけど、デバフの魔法とかないんだって?だったら…、デバフの対策なんざしてないよ…な!」
ただ、頬を下から軽く殴られただけだ。それにも関わらず、レイの体は容易く空へ打ち上げられ、少ししてから鈍い音が響いた。
この光景を見ていた者たちが悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いてその場に近づいたものたちが、不調に陥り、一人、また一人と倒れていく。
「…は?え。なに、これ。弱いのに…、あ、もっと私が弱くさせられてる?だれか助けて……壮一さん…」
「ジャアアアアアアアイアントキリイィング!!!どれだけ強くても、俺の前では有象無象!!エクスタシィ能力だぜ!!!」
グレインがトドメを刺すべく、満身創痍のレイに近づいていく。そこに耳障りな音が響いた。
「…ただでさえ割れてる頭が、内側からも割れそう…あれは…銅鑼…物…そうだ」
それは、喧騒の中で倒れ、地面に打ち付けられたであろう銅鑼の音だった。どんな状況でも変わらず不快であろうその音で、レイは閃いた。彼女は残った力で右足を地面に打ちつけ、スカートの中に隠していた油の入った瓶を割った。瓶の破片がレイの体に刺さり、血と油が地面に広がっていく。
「自殺…でもするつもりか、その破片で…」
自殺、それは間違いなかった。レイは助けを求めたが、誰も来ないことは彼女自身が一番分かっていた。黒田は戦闘中、風間とクロォイは再起不能。どう足掻いても、彼女の死は決まっている。自殺か、他殺かの違いだけだ。しかし、一人で自殺することなど、微塵も考えていなかった。
「…、この液体、なんだと思いますか。油です、正確には血の混じった油。でも、あなたを倒すくらい、これで十分です」
「はい、ちょっと待ってくださ〜い?ここで死なれたら困りますからね〜。もう治しましたから、立ってくださいね」
そこに突然現れたのは、一人の女。デバフによって、まともに立ってられないはずのその場所で、不自然に平然としていた。レイも、先ほどまでが嘘のように傷一つない体を取り戻し、力の入らない体をなんとか立ち上がらせることができた。
「お前は誰だ!?」
「そうですね…アイゴス。そう名乗っておきましょうか。…あなたの情報をレイさんに提供しに来たんです。
あなたが、レイさんに負けるっていう情報を。
レイさん、あなたの考えは正しい。自分が弱くさせられるなら、弱くならないものを使えばいい。…有象無象にふさわしいのは、百様玲瓏ではなく、やっぱりただの有象無象ですよ」
「お前…お前から殺してやる!有象無象と言ったか、この俺を!」
少年が一瞬でアイゴスと名乗った女に肉薄し、腹を殴り飛ばした。あっけなく、どこまでも飛んでいった。
「ふぐゔ!これが…これが…私の"逃走経路"だーーー…………」
悲鳴とも捨て台詞ともつかぬ大声が遠ざかっていく、闘技場に向かって。アイゴスに気を取られていた少年は、自身が既に、術中に嵌っていたことに気づかなかった。
人がいなくなり、代わりに油が辺り一帯に撒き散らされている。
「ちっぽけな灯火と、料理に使うなんの変哲もない油…この2つだからこそ、たったこの2つだけであなたは終わりです」
いつのまにか少年から離れていたレイが、火のついたマッチを少年に投げつける。火が油に引火し、その場は大惨事に陥った。その業火の只中にいる少年もまた、否応なく大惨事に巻き込まれる。
「これで…チェックメイトです…。もう、体に力が…少しも入らな、い…」
何も見えなくなり、
誰かに担ぎ上げられるのを最後に感じて、
彼女は意識を手放した。




