乱闘試合〜黒田と風間の場合〜
試合開始のゴングが鳴った次の瞬間、その場に立っていたのは、ただ2人だけだった。
一方は、風間壮一。彼は、ボクサーのように拳を胸の前辺りで構え、黒田を睨みつけていた。
もう一方は、黒田千鶴。半身になって杖を逆手に持ち、背後に隠すように構えている。
「ふっ…、それだ。やっぱりあんたに断ち切る能力だか、魔法だかがあっても、あんたの真骨頂は、その"技"、"目"、"心"だ」
「ピロートークには早すぎるっすよ、風間サン。発情したうさぎじゃないんすから、もっと落ち着くっすよ。それに、これから何もしないでぐっすり寝るだけの奴と、ピロートークもクソもないっすよね?」
その挑発が、この試合の真の開戦の合図であった。
先に風間が黒田との距離を殺し、力任せのストレートを顔面目掛けて"ブッ放す"。限界まで魔力による身体強化が施された金剛の肉体から放たれたそれは、まるで"ミサイル"そのものだった。
この"ミサイル"を正面から受ける者などいない。確かに早かったが、それまでだ。黒田が一回戦で戦った男程のスピードはない。単なるフェイク、本星は二発目であると、その場にいた全員が考えていた。ただ1人を除いて。
「遅すぎる、弱いすぎるっすよ!風間サン!」
あえて左手で受ける黒田。千切れた、いや、砕けた左手を誰もが幻視したが、黒田はその力を逆に利用してコマのように回転しながら、風間の背後に跳んだ。それと同時に、ミサイルに回転の力が加わった杖の一撃を後頭部へ叩き込んだのだった。たまらず前に倒れ込んでしまう風間。しかし、地についた両手と足に力を入れて、背後に飛んだ。空中にいる黒田はまた、これを受けるしかなかった。
「づ…ッッッッ。ハァ!!!」
「グゥッッッッ…。流石の頑丈さっすね、風間サン」
風間は、空中にいる黒田に背中をぶつけただけだ。
技も何もない、ただ、全身の力でもって背中を背後の黒田に叩きつけただけ。
黒田は杖でガードし、さらに衝撃を最大限流したが、ただの背中による体当たりは、それでも彼女の全身の筋肉にダメージを与えた。
「ふっ…目が霞む、前がどっちかわからねえ。痛えとかすらわからねえ。だが、さっき、キツい一発をお見舞いしてやったのはわかったぜ」
「ハッ…、嘘つくんじゃないっすよ。正確に千鶴目掛けてタックルしてきて。風間サンが本能で生きてる獣なら、話は別っすけど…」
戦いは、長く続いた。力の風間、技の黒田。渾身の一撃を風間が打ち込めば、黒田は千の技術でそれに答える。
黒田が千の技を叩き込んでも、風間の限界をとうに超えているはずの、たった一つの体はまだ壊れない。
「おい、そこのエルフの姉ちゃん!あんたらの長老がたに、あのクロダって子の真似できるか?」
試合を見ていた人間は、この疑問が浮かび、答えを
求めずにはいられなかった。そこで、近くにいたエルフに声をかけた。
「あんなの、うちの長老がたでも無理だね、あの伝説を真似しようとしたら、まず伝説のハイエルフにならなきゃならないよ。…笑うんじゃないよ!うちとしては、風間ってのは人類なのか気になるところだね。チビドワーフ、あんたの親戚じゃないかい?」
そう言ってエルフは、一緒に来ていたドワーフを話の輪に入れた。ドワーフからの返答は予想通りのものだった。
「クソ長耳!いい加減チビというのはやめんか!よいか、あんなの人類でもドワーフでも無理じゃ!ドラゴンとか言われた方がまだ納得できるわい」
ある種、その戦いは観客にとって不毛ですらあった。
何も得るものがない。
短命の人類の手には、いや長命のエルフの手にすら届かないと思わせる"技"。
人類どころか、魔獣でさえ辿り着かない不壊の"体"。実際には、その"体"はある程度技によってダメージを軽減していたのたが、それでも、信じられないものだった。
その"技"と"体"に、盗めるはずのないそれらに、観客が覚えたのは、ただ、感動。
人が踏み入ることを許さない、霊峰に覚える畏敬の念に似たもの。
観客だけでなく、実況の者でさえ、ただ押し黙り、その光景を眺めていた。
神秘を暴く、叛逆者が現れるまでは。
ドオンッッッッ。と巨体が試合会場に落ちた。
その巨体をモロに受けた2人は、試合会場の端まで弾き飛ばされた。風間は意識を失い、最後に見たのは、巨体に伴って現れた1人の男であった。
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