乱闘試合〜レイの場合〜
「なんで私のこと皆無視するんですか〜!?もう、もういいです…」
「うおおお!お前らやるじゃねえかっ、俺の本気の一撃受けてみやがれ!」
「ふっそんなもの効きはしない。僕のようにもっとエレガントにだね…」
「やっぱり、王道を征く、暗殺ですかね」
「ある意味では王道だけども、どの王も通る道というかなんというか」
その乱闘試合は異様な様相を呈していた。1人の出場者が他の4人に完全に無視されているという、帝国杯始まっての珍事であった。
蚊帳の外にされている張本人は、隅に座って地面に延々と0の字を描き続けている。その人こそ、レイである。彼女がこのような目に遭っているのには、ちゃんとした理由が存在する。乱闘試合が始まる前、ある噂が他4人の耳に入っていた。
曰く、対戦相手を天ぷらにした。
曰く、皇帝付きの治療魔術師でさえ、治療に1時間かかるほどの傷を負わせた。
曰く、悪徳外道敏腕弁護士がついており、彼の前では、彼女の犯した全ての黒が白になる。
曰く、一子相伝のメイド拳を継承しており、残虐無比な技をいくつも持っている。
曰く、その女の名前は、レイである。
どんな噂にも尾鰭がつくものだ。しかし、逆に言えば、そこには必ず、真実が存在している、してしまっている。4人は、冒険者としての長年の経験により、それを痛いほどわかっていたのだ。だからこそ、4人は最初からレイに触れないことにした。触らぬ神に祟りなし、ということである。
つまり、この乱闘試合では、いかにして自身の格を落とさずに脱落し、レイと戦う役目を押し付けるか、という競技が始まっていた。そんな様子を観ている観客が1人、また1人とチキンレースに気づく。気づいた観客たちは、もちろん黙っていない。ブーイングが酷くなっていき、徐々に収拾がつかなくなっていく。
「者ども、なおれ」
そこに、威風堂々たる男が現れた。その号令で一部を除き全ての観客が、たちまち口を閉じる。この男こそ、エルクレス帝国、皇帝。
「余はエルクレス、皇帝である。ここで、特例的にルール変更を行う。異国の…メイドを名乗るレイよ、お主はフライパンのみをもって4人を打倒せよ。4人は、協力してレイを打倒せよ」
皇帝直々のルール変更があった以上、それを聞かないわけにはいかない。4人は、嫌々ながらもレイを取り囲む。
「異議ありいいい!!!フライパンだけで4人を!?で、できませんよ!」
「異議を却下します」
レイは異議を唱えていたが、ここは法廷ではない。認められるはずもなく、どこからか現れた裁判長が却下する。しかし、異議を唱えたその次には、彼女は全身に闘気を、魔力を漲らせた。
目が据わった。
いや、それ以上に雰囲気が違う。先程までの彼女ではない。
「暗殺…スニーキングキル…狙ってましダハァ!!!」
存在感を消し、誰の目にも映らぬ暗殺者をフライパンが捕らえた。
「剣聖の領域…初代剣聖が精神修行の果てにたどりついた、全ての隠蔽、幻惑を見破り、何もかもを見通し、ただ実相を断ち切るという…」
レイは腕を脱力させ、フライパンを垂らすように構えていた。しかし、それでいてフライパンは彼女の手にしっかりと握られている。
一見、隙だらけに見えるこの構えは、3人にどこから、どのように攻撃しても、カウンターにより倒れる自分を幻視させた。
事実、そうであった。
レイ、乱闘試合勝利。準決勝に進む。
今日も一日頑張りましょう




