帝国杯乱闘試合、クロォイの場合
帝国杯、乱闘試合で5人を1グループとして、そのなかから1人が勝ち抜ける。ルール上、まず、強そうなものを4人が結託して排除することも許されており、そのような事例はいくつもあった。しかし、その全ての事例で排除に失敗している。結託するというのは、すなわち、絶望的な実力差、それを表すのである。
「皆さま、この老ぼれを結託して襲いますか。ふふふふふ…、それで勝てると思っているのならば、なんと哀れな」
クロォイが今、乱闘試合の場に立ち、あからさまな挑発をする。それに相対する4人は挑発されながらも、怒りを覚えることはなかった。
事実。純然たる事実。
その前では、ただ黙るしかない。
しかし、魔法使いの男が沈黙を破る。
「そうだ。だが、立ち向かわないわけにはいかない。胸を貸してもらうぜ。お前ら、時間を稼いでくれ」
『堕ちろ…「おう!」
魔法使いの指示に従い、男たちが動き出す。
『天へ…「この詠唱は…?させません!」
クロォイが初めて表情を崩し、魔法使いを仕留めるべく動き出す。
『登れ…「死んでも通さん!その覚悟だ!…うああっっ」
両手に剣を構える男がクロォイに斬りかかるが、クロォイの魔法によって生み出された突風に吹き飛ばされ、会場の壁にめり込まされる。だが、まだ2人残っている。それで十分だった。
『地へ…「俺たちと一緒に、心中してもらう!グウウウっ」
2人は大きな盾をそれぞれ構え、クロォイの前に立ち塞がった。それによって稼げたのは数秒だったが、奇跡は、今ここに成就する。
『世界よ、反転せよ』
その言葉を最後に、会場は崩壊した。
「これは…グラビティアルターっ!?違う、もっとタチの悪い…私は、右へ、上へ、左へ…?どこに落ちていっているのだ!」
クロォイは、終わらない自由落下を続けていた。天高くまで落ちていったかと思えば、会場から遠く離れた地まで落ちていく。それは、魔法使いの男も同じであったが。魔法の影響を受けていない観客たちは、2人の姿を目で追うだけで、目が回りそうな程であった。
いずれにせよ、会場という括りは、もはや意味をなさなくなっていた。
「俺の世界へようこそ、高みに至った強者さんよ。ここらで一度、落ちてみろ。『地へ』!!!」
クロォイの自由落下はようやく一つの終着へと辿り着き、一度『地面』に叩きつけられる。そこは、会場の壁であり、地ではなかったが、クロォイに高所から地に落ちたのと同じダメージを与えた。
「ぶはっ…、うっ、またか。ふっ…先程と同じようなことを、今度はこの老ぼれがしましょうかね。『貫け、風よ』さらに、『天よ…」
着地したかと思えば、またクロォイの体は落下を始める。魔法使いはここで、終わらせる覚悟であった。しかし、なすがままにされるクロォイではない。突風を魔法使いに向けて起こし、当たることはなかったが真っ直ぐに進み続けていたのを確認して、次なる詠唱を始めた。
落下と着地を繰り返し、肉を、骨を損傷させていきながら、詠唱を続ける。
そして、ついに魔法は完成する。
『荒れ狂え』
その詠唱に天が答え、2人を天の矛、雷が貫いた。
帝国杯、最初の乱闘試合は勝者なしという結果に終わった。




