はじめての法廷〜王の権威を借る弁護士〜
シリアスはここにはありません
「風間さーん!助けて、助けてくださーい!!」
「殴るな蹴るな叫ぶな!何があったんだ?!」
風間が宿の借りた部屋で惰眠を貪っていると、突如、レイによって文字通り叩き起こされた。レイは隣の部屋を子供達と借りていたはずだ。なぜ、ここにいるかも分からなかった。壮一が扉を見ると、鍵穴になにやら棒状のものが突き刺さっているのが見えた。
「帝国杯の第一試合で戦った相手に訴えられたんです!弁護してください!」
「ちょ、ちょっと待て。俺は弁護士じゃない、何でも屋だ!それに、裁判所なんざ生まれてこのかた入ったことすらないぞ!」
風間壮一、彼はお世辞にも真面目な人間とはいえない人物で、だからこそ、『掃き溜め』で何でも屋なんてことをしていた。まさに、裁判所のお世話になっていそうな人物であった。しかし、それは第一印象に過ぎない。裁判所の世話になるような悪事を働く男ではなかった。
「何でも屋なら、弁護お願いします!私をアインスの屋敷で騙し通した風間さんなら弁護もできますよ!ばっちりソフィストの才能ありますから!それに、誰も…誰も引き受けてくれないんです!皆、アンタが悪いって!」
「よし…、わかった。それに関しちゃ俺が悪いから、やるって…。で、何やらかしたんだ、レイ?」
ある種弱みを握られている以上、頼まれては断りずらい。ただ、レイがやらかしたことを前提に話を聞く壮一、それに気付いたレイはショックを受けたようで、俯きながら話し始める。
「風間さんにそんな風に思われるなんて、私悲しいです…。ええと、対戦相手に熱した油をぶちまけてしまって…。それで慰謝料を請求するって…」
「そんな奴の弁護を誰が引き受ける!?どうあがいても無理だろ!大人しく慰謝料払え!」
「か〜ざ〜ま〜さ〜ん〜お金ないんです〜5000万バリもあるわけないじゃないですか〜…」
5000万バリ、完全にレイの自業自得であり、金がないなら立て替えてやるつもりであったが、流石にぼったくり過ぎであった。
「5、5000万!?流石にボリすぎだ!仕方ねえ、任せろ!」
壮一とレイは宿を出て、裁判所へ向かった。道中、コソコソとこちらを見て話す人々を2人は見た。十中八九、レイのことであろう。
「風間さん、皆、私たちのこと噂してますよ!」
「お前のことを噂してるんだ…、だが、どうすりゃいいのか…。とりあえず、帝国杯のルールと、受付で書かされた誓約書が使えそうだが…」
「ルール、受付票に書かれてるやつですね。えーと、武器はなんでもあり。やっぱり私悪くないんじゃ?帰ります」
ルールを確認すると、水を得た魚のように、元気に宿に戻ろうとするレイ。しかし、壮一が腕を掴んで引き止める。
「いいか、でもやりすぎだ。な、いつぞややりすぎるなと神妙に言ったのはお前だろ?」
「あ、そうでした。テヘっ…、そ、そんな冷たい目見ないでくださいよ!」
「はあ…まあいい。あとは誓約書、何が起こるかわからないこと、何が起こっても文句は言わねえ、か。案外なんとかなりそうだ…ん、このサインは…」
「おー、風間さんに頼んでよかったです」
「…、方々回って断られたから俺に頼んだんだよな、この女…」
壮一は、このまま見捨てて帰ってやろうか、そう思わずにはいられなかった。
「代理人両者とも準備はできていますか?」
「レイの代理人、風間壮一、準備できている」
「スローンの代理人、クラウン・ブレー。できてなければ、ここにいない」
ところ変わって、裁判所。帝国杯初の裁判ということで、傍聴人がかつてないほどの数であると、壮一は控え室で聞いた。実際に法廷に立つと、傍聴席は押し詰状態、入口が開け放たれて、廊下の方にも人が押し寄せていた。
ーやめてくれよ…素人弁護士だぞ。俺は…。
「被告、レイは200℃の油を原告、スローンにかけ、全身に3度の火傷を負わせました。この事実には疑いの余地はありません。この裁判を行うまでもないと思うのですが…?」
裁判長がもっともなことを言う。大人しく払え、ということだろう。
「たしかに、その事実は揺るぎない。だが、被告が原告を素揚げにした行為が、本件行為?が、この大会においては何の問題もない行為であったと立証して見せる!」
風間壮一、自信満々に宣言する。しかし、その実は冷や汗をかき、相手の代理人がどのように言ってくるかを考えただけで恐ろしいために、おかしな気分になっているだけだった。
「ふむ…、お手並み拝見といこう。まずは、許されるというなら、根拠を示してもらおうじゃないか」
「根拠は、これだ」
そう言って、壮一は受付票を取り出す。
「それは一体…視力が低く、視認できないのですが…モニターに映していただけますか?」
「これは俺の帝国杯の受付票だ。あー、ここに置けばモニターに映るのか…映ったな。これには、帝国杯のルールが書いてある。裁判長、この一番上に書かれてあることを読んでほしい」
「何でもあり…そう書いてあります!」
「そう、何でもあり、オーバーキル的な攻撃も許される。そういうことだ」
「何ということでしょう。たしかに、帝国杯では残酷な行為は数知れず、そういうことだったんですね」
「異議を唱える!たしかに何でもありとは規定されている。しかし、このルールを考えた者が、被告のあまりに非常識な攻撃まで予期していたか?否!公序良俗に反する攻撃、それを許すものではないはずだ!」
裁判長も納得したように、うんうんと何度も頷き、傍聴人もレイを責めることを言っている。勝負は決したかに思われた。
「風間さん!なんとか、なんとかしてください!!」
「いや、だが…どうすれば…」
風間はここに来て渡されていた資料を見返す。しかし、反撃するための材料は何も見当たらない。そこで、レイがお約束の台詞を口に出す。
「なんで私だけ訴えられるんですか〜もう嫌です〜!!!」
「私だけ…はっ。裁判長!直近の帝国杯、最後の一撃として行われた攻撃がどんなものだったか、その一覧を確認したい!」
「異議あり!そんな物確認するまでもない!裁判長、さっさと判決を!」
「被告側代理人の要求を認めます。なんだか楽しそうなので」
「裁判長!?」
「では、ここで5分間の休憩に入ります。風間殿、期待しています」
「感謝する」
被告控え室、その中では2人が必死に帝国杯のトドメの一覧を読んでいた。帝国杯は大々的に行われる。乱闘試合などという大人数での試合をいくつも行う程だ。トドメだけでもウンザリする程の数なのだ。
「…飽きた。もう嫌だ。案外えげつねえことする奴いるってのは分かったし、もういいんじゃねえかな…」
「風間さん!私の、私の今後がかかってるんです!私が鉱山に送られてもいいんですか?!」
「…わかったよ」
案外鉱山でも楽しくやってそうだ、だから行けよとはなぜか言えなかった。そんな話をしているうちに、あっという間に5分が経過し、2人は再び法廷に立つ。
「では、風間殿。あらたな主張をお願いします」
「この一覧を読んでハッキリしたのは、あの非常識な攻撃は、いくらでもやられてるってことだ。だからこそ、皇帝に仕える治療術師まで会場に詰めている。あの何でもありってのは、文字通り何でもあり、素揚げにするのもありだということだ!」
「しかし、だからといって被告人の行為が悪くないということにはならない。彼らが訴えたとしたら、もちろんその訴えは認められていただろう。帝国杯が責任を免除しているわけでもない。違うか?」
そう言われ、壮一は誓約書を取り出し、モニターに映す。
「これは帝国杯出場者が書かされる誓約書だ。これには、出場者に何が起きるかわからない、何があっても文句は言わねえ、そういう感じのことが書かれてある。原告も出場した以上はこれに名前を書いてあるはず。つまり、被告の責任は免除されて然るべきだ!」
「なるほど…誓約書ですか。たしかにこれは…」
「異議を唱えよう!あくまでそれは帝国杯において、だ。被告の責任を免除するものだとまでは、明示されていない!」
「違う!いや、異議あり?だ!またこの一覧を見てほしい。被告の行為は、確かにここに並んでも目立つ。だが、ここまでのことをされて、訴訟を起こした者は今までにいない。そういう風に、俺はここに来て最初控え室に入った時聞かされた。つまり、帝国杯では「文句なし」が暗黙の了解になっていた、それはこの誓約書が存在するからだ!」
「暗黙の了解だと…、だから何だと言うのだ!誤解を招くような誓約書の方が悪い!」
そこで、壮一は笑った。今までの演技や、おかしな気分によるものではなく、本心からの笑みだった。
「異議あり!裁判長、この誓約書、あんたには馴染みのある"印"があるんじゃないか?」
「こ、これは…皇帝の…エルクレス皇帝のサイン…」
「な…な…なんだと!!??」
「そう、この誓約書。おかしいと思わなかったか?俺はおかしいと思った。誓約書と言われて名前を書いたが、内容がどうもおかしい!それもそうだ、これは、皇帝の出場者に対するぐちぐち後で文句言わねえで全力で戦えって"命令"なんだからな!」
「馬鹿なああああああ!!うおおおおおおおあああああああああ!!!!私の負けだ……風間殿」
被告であるレイが被告席に改めて立たされて、判決の時を迎えた。
「本件は、帝国杯の長い歴史で初めて行われた裁判です。皇帝も被告のやらかしたことを知った時、この裁判が行われると知った時、呼吸困難になる程大笑いしていたそうです。判決の如何にかかわらず、色々な意味で価値のある裁判であることは間違いなかったでしょう。しかし、それ以上の価値が、この判決にはある、私はそう思わずにはいられません…。では、被告が早くしろと言わんばかりの表情をしておりますので、判決を下します」
「原告の請求を棄却します」
傍聴席からレイに対して、裁判所に似つかわしくない声量の歓声を惜しげもなく届ける。レイは涙を流していた。おそらく、緊張の糸が切れたのだろう、あいつと今日は帰ったら乾杯をしよう、何よりも弁護士でもなんでもないのに勝訴した自分のために、ありがとう、裁判長、皇帝、壮一はそう思った。
レイ、勝訴!
これはひどい…。めちゃくちゃだ…。




