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異世界子守道中  作者: トライド
第三部 エルクレス帝国 帝国杯
83/122

もう運送なんてしない

 風間と黒田は第二試合、第三試合と勝ち進み、大人数で行われる乱闘試合に出場する権利を得た。乱闘試合はこの大会における「最後のふるい」であり、初めて皇帝が真面目に観る試合でもある。そのため、乱闘試合からが本番であるととらえる者も多く、ここから観客がさらに激増する。その準備のため、乱闘試合は明日行われることになっている。


 だからこそ、この少女は退屈していた。


「暇っす…。何かないんすか、ジェーさん」


 そんな少女の被害者、ジェー。彼は少し、いやかなり迷惑を被っていた。というのも、彼は仕事中だったからだ。今も荷物…自分でついて来ているお荷物のことではない…を抱え、目的地に向かって走っていた。


「あのなあ、俺仕事中。お小遣いあげるから、そこのカフェで時間潰してなさい」

「ありがとうございますっす!」


 ようやく邪魔を追い払えたと思ったジェー。しかし、7割の荷物を運び終えた頃、再び黒田が襲来した。


「お金使い切っちゃったっす。お兄さん仕方ないから荷物運ぶの手伝うっす」

「ああ…頼むよ…。このなんだかわからん包みを頼む」

「うっす」


 彼は、なるべく遠くの荷物と地図を渡した。そうすれば、ある程度離れてくれると思ったからだ。その目論見は的中し、彼は黒田が戻ってくる前に荷物を運び終えた。だが、彼の中に不安が募る。いくら地図を渡したとはいえ、土地勘のない黒田は迷っていたりしないだろうか、何かやらかしてないだろうか、と。

 そう思った直後、彼は猛スピードで走り出していた。周りの人々の視線が痛かったが、そんなことより、何かことを起こされる方が問題だった。その甲斐あってか、ものの数分で黒田の荷物の届け先であるコロシアムまで到着し、黒田の姿を見つけた。


「よかった、何も問題はないようだな。…一応、一緒についていくか…嬢ちゃん!」

「あ、ジェーさん。場所はわかったんすけど、誰に渡せばいいのかわかんなくて」

「着いてこい、ここの裏にある倉庫だ、そこに待ってる人がいる」


 2人は倉庫に到着すると、そこには男が20人ほどいた。男たちは2人を確認すると、1人の男が前に出てきた。


「お疲れ様、じゃあそれをこっちに」

「はい…あっ」


 なぜか黒田はつまずいて荷物を地面に叩きつけてしまい、包みが破れて中のものが外に出てしまった。


「…何だ…、見たことのない形だが…、3本の注射器……?」

「これを見られたからには生かしちゃおけねえ!てめえらにはここで死んでもらうぜ!」

「はあ!?」


 ジェーは咄嗟に倉庫から出ようとしたが、男に扉を閉じられてしまった。


「ジェーさん…、ここは千鶴に任せてくださいっす」

「いや、俺も一緒にやるよ。慣れてんだ」

「そうっすか…いきます!」

「おう!」


 黒田は一番近くにいた男の顎を杖で殴りつけ、ジェーがその奥にいた男に飛びかかり殴り飛ばす。それから、遅れて男たちが一斉に武器を構えた。

 それから数分後、その場に立っているのは黒田とジェーのみであった。

 肩で息をしながら、ジェーはあることを黒田に尋ねた。


「なあ、嬢ちゃん。もしかして、あの中身わかっててわざと落としたのか?いや、言いづらいことなら別にいい」


 表情を少し険しくした黒田の様子を見て、ジェーはなんとなく事情を察した。だが、黒田は口を開いた。


「あれは、千鶴が元いた場所で…流行ってたドラッグっす」

「ドラッグ…、ああ、あれだろ。あの、頭おかしくなっちまうっていう薬」

「そうっす。それにあの注射器…たぶん、千鶴と同じ出身の奴が…私の責任です…」


 俯き、表情を見せない黒田。その様子を見て、ジェーは決意した。


「もう、運送なんてやめだ。ちょっとお仕事しようか、お嬢ちゃん?」

 そう言うと、何か意外な物を見るような目を向けてきた黒田に、やはりやめようかと思ったが、決意したのだ。


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