もう運送なんてしない
風間と黒田は第二試合、第三試合と勝ち進み、大人数で行われる乱闘試合に出場する権利を得た。乱闘試合はこの大会における「最後のふるい」であり、初めて皇帝が真面目に観る試合でもある。そのため、乱闘試合からが本番であるととらえる者も多く、ここから観客がさらに激増する。その準備のため、乱闘試合は明日行われることになっている。
だからこそ、この少女は退屈していた。
「暇っす…。何かないんすか、ジェーさん」
そんな少女の被害者、ジェー。彼は少し、いやかなり迷惑を被っていた。というのも、彼は仕事中だったからだ。今も荷物…自分でついて来ているお荷物のことではない…を抱え、目的地に向かって走っていた。
「あのなあ、俺仕事中。お小遣いあげるから、そこのカフェで時間潰してなさい」
「ありがとうございますっす!」
ようやく邪魔を追い払えたと思ったジェー。しかし、7割の荷物を運び終えた頃、再び黒田が襲来した。
「お金使い切っちゃったっす。お兄さん仕方ないから荷物運ぶの手伝うっす」
「ああ…頼むよ…。このなんだかわからん包みを頼む」
「うっす」
彼は、なるべく遠くの荷物と地図を渡した。そうすれば、ある程度離れてくれると思ったからだ。その目論見は的中し、彼は黒田が戻ってくる前に荷物を運び終えた。だが、彼の中に不安が募る。いくら地図を渡したとはいえ、土地勘のない黒田は迷っていたりしないだろうか、何かやらかしてないだろうか、と。
そう思った直後、彼は猛スピードで走り出していた。周りの人々の視線が痛かったが、そんなことより、何かことを起こされる方が問題だった。その甲斐あってか、ものの数分で黒田の荷物の届け先であるコロシアムまで到着し、黒田の姿を見つけた。
「よかった、何も問題はないようだな。…一応、一緒についていくか…嬢ちゃん!」
「あ、ジェーさん。場所はわかったんすけど、誰に渡せばいいのかわかんなくて」
「着いてこい、ここの裏にある倉庫だ、そこに待ってる人がいる」
2人は倉庫に到着すると、そこには男が20人ほどいた。男たちは2人を確認すると、1人の男が前に出てきた。
「お疲れ様、じゃあそれをこっちに」
「はい…あっ」
なぜか黒田はつまずいて荷物を地面に叩きつけてしまい、包みが破れて中のものが外に出てしまった。
「…何だ…、見たことのない形だが…、3本の注射器……?」
「これを見られたからには生かしちゃおけねえ!てめえらにはここで死んでもらうぜ!」
「はあ!?」
ジェーは咄嗟に倉庫から出ようとしたが、男に扉を閉じられてしまった。
「ジェーさん…、ここは千鶴に任せてくださいっす」
「いや、俺も一緒にやるよ。慣れてんだ」
「そうっすか…いきます!」
「おう!」
黒田は一番近くにいた男の顎を杖で殴りつけ、ジェーがその奥にいた男に飛びかかり殴り飛ばす。それから、遅れて男たちが一斉に武器を構えた。
それから数分後、その場に立っているのは黒田とジェーのみであった。
肩で息をしながら、ジェーはあることを黒田に尋ねた。
「なあ、嬢ちゃん。もしかして、あの中身わかっててわざと落としたのか?いや、言いづらいことなら別にいい」
表情を少し険しくした黒田の様子を見て、ジェーはなんとなく事情を察した。だが、黒田は口を開いた。
「あれは、千鶴が元いた場所で…流行ってたドラッグっす」
「ドラッグ…、ああ、あれだろ。あの、頭おかしくなっちまうっていう薬」
「そうっす。それにあの注射器…たぶん、千鶴と同じ出身の奴が…私の責任です…」
俯き、表情を見せない黒田。その様子を見て、ジェーは決意した。
「もう、運送なんてやめだ。ちょっとお仕事しようか、お嬢ちゃん?」
そう言うと、何か意外な物を見るような目を向けてきた黒田に、やはりやめようかと思ったが、決意したのだ。




