第一試合 side-S その一
彼は待機室で他の出場者を横目に、黒田の試合を観ていた。彼は、彼女に少し危なっかしい所があると思ったが、その勝利を疑ってはいなかった。
「じゃあ、行くか」
彼がそう言って立ち上がると、ちょうど風間と対戦相手、ナルの名が試合場の方から聞こえてきた。直前の試合に沸いていた観客たちは、次の試合に対しても期待感を露わに歓声で持って風間たちを試合場に迎え入れた。
「貴様…。この大会に素手で挑むとは…、よほど腕前に自信があるようだ」
そう言って対戦相手、ナルは腰の刀に手を掛けた。カチっと音が鳴り、風間には場の空気が急激に冷たくなったように感じられた。とは言っても、それで凍えるような彼ではない。
「刀…。一発ももらうわけにはいかなさそうだ」
風間がそう言った直後、試合開始を告げるゴングが鳴る。もはや言葉はなく、ナルの抜刀に風間は拳を構えて応えた。しかし、風間は突如地面を連続で殴り始める。彼は、観客にとって間違いなく狂人であった。ナルの闘志に敗北を悟り、狂ったのだと。とはいうものの、狂ったのではないと感じとった者もいた。ナルだ。
彼は、風間から可能な限り距離をとるため、壁際までよって、空高く飛び上がった。彼もまた、観客にとって狂人として見られることになるが、彼らは全くの正気であった。
観客が連れてきた犬がうるさく吠え始め、数人の観客が異変を感じとる。その直後、風間が殴った箇所がナルに向かって50メートル程隆起し、同時に地震が起きた。
風間は最初に地面が隆起してできた土の柱に飛び乗り、ナルめがけて疾走する。その間、ナルは落下しながらも試合の終わりを予感し、これからの抜刀に全身全霊を持って備えていた。
観客たちが興奮と地震による恐怖に沸くことで、その場はかつてない様相を示し、これから起こる異常を暗示しているようだった。風間が土の柱の頂点にたどり着くと同時に、一条の剣閃が空に浮かび、大きな音を立てて土の柱が崩れ土煙が立つ。
土煙が晴れ、地に倒れ伏していたのはナルだった。




