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黒田千鶴は、転移者である。つまり、ここ、異世界に来る前、別の場所において生活していた。日本の首都、東京、そこが彼女のかつての生活の起居としていた家の建てられた場所だった。異世界とは異なる理によって運営され、異なる歴史を紡いでいた世界だが、かといって異世界と全く似通うところのないと言うわけでもなく、そこでも諍いは起こる。それは誰にとっても同様で、彼女もその例外ではなかった。若くして、12歳にして、彼女は黒田家の当主となり、それに相応しい実力も兼ね備えていた。
つまり、高速移動程度に屈するような人間ではなかった。杖の一振りが空間を薙ぎ、二度目にして神速という偉業に真っ向から立ち向かい、これを撃退する。
「千鶴は!黒田家13代目当主、黒田千鶴っす!!いざ、尋常に勝負!!!」
その二度の打ち合いでもって、勝負は決したかに見えた。バスターの只人の手に届かぬ奥義は、技術で、清廉なる闘気で、打ち破られたのだ。が、この打ち合いはまた、両人の闘気を目に見えるほどに猛々しくさせたようにも見えた。
彼にとって、速さこそが強さであった。例えば、オーガのように刃を通さぬ頑強な身体の男であっても、瞬きのうちに千度の突きでもって貫ける。速さとは、全てを覆す、戦闘において最も重要な要素である、そう考えていた。もちろん、その考えこそは相違ない。ただし、技術と速さでもって、最速を打ち破ることは可能である、そう理解し、それがバスターの戦意を盛り上がらせた。
「はっ…いいぜ、やってやるよ!見せられるものなら、見せてくれ!星すら落とす人の技をな!」
一瞬の視界に、幾千もの斬撃が映る。これを黒田は最小限の動きと、杖を投げることで突き進み、そして、バスターの喉元に手刀を突きつけた。
バスターはこの手刀に当たるような男ではなかった。そうでなければ、神速などと謳われることはない。しかし、今この場においては、その速さは必ずしも有用であるわけではなかった。
避けた先で杖が脳天に当たり、世界が歪む。
今度こそ、不可避の殴打でもって意識を刈り取られるのであった。




