十三話
アリスとの取引を受けた翌日、壮一はアリスが手配した馬車でアインス領に向かっていた。アインス領へは八時間ほどで到着するという。そこで、アリスから聞いたアインス領主の警備体制を突破する方法を考えることにした。
まず、館全体を覆うようにして高さ5メートル、厚さ3メートルの壁があり、兵数人でこの壁の周りを巡回している。館の正面入り口側に壁の内側に入るための扉が置かれているが、厳重な警備体制となっているため、ここから侵入するのは難しい。しかし、ゲートのような点と点をつなぐような魔法で内部に侵入しようとしても、魔力を霧散させて魔法を解除する"道具"とやらが館に置かれているため不可能、出口を壁の向こう側に作れない。
ー難しいな…、今は道具の手入れでもしておこう。
壮一は自分の目でアインス領と館を見て考えることにし、道具の手入れを始めた。道具といってもトパーズで購入したナイフ数本のみであり、手入れが終わってもいまだアインス領は見えない。暇なため物思いに耽る。
ーしかし、あのアリスという女…、色々な意味でキレる奴のようだ…。
壮一が思い出すのはアリスとの会話、彼女が持つ何らかの能力、そしてあの"目"。敵に回したくない類の頭脳派のようだが、あの時見せた抜身のナイフのような目。会話から察するにあのチンピラたちにカツアゲされそうになっていたのも演技であり、アリスは確実に自分より強い。直感だが、アリスに下手なことをしていたら"処分"されていたのではないかと思わされる。
背筋が凍るような思いをしながら、アリスを敵に回すことはするまいと考えた。
ーしかし、暇なもんだ。何か暇をつぶす物でもないか…。
壮一は少し外に出て、歩いて馬車に並行することにした。それから少し経って森に入ると、真っ赤な虎のような獣が三頭で馬車を囲んで来た。
壮一はナイフを構える。一頭の獣が飛びかかってくるが、避けると同時に首にナイフを刺し、地に伏せさせる。仲間が倒されたのを見て、警戒を始める獣たちだが、今度は壮一が動いた。それを見て、同時に二頭の獣が壮一に飛びかかったが、回避された挙句に一方は尻尾を掴まれ、地に叩きつけられて再起不能となった。残る一頭は不利を悟り、地に転がって壮一に腹を見せた。降参するようだ。
虎を撃退すると、男が横に来た。
「いや、お前強いな。すごいよ、血虎を三頭同時に戦って倒しちまうたァ」
「血虎というのはこいつらか?見たことがないんだが…」
総括者から常識はもらったが、このような獣についての知識はなかった。
「ああ、こいつらは謎でな。滅多に現れることは無いし知らねぇ奴の方が多いだろうさ。ああ、忘れてた。俺はしがない馬乗り、ガロンだ、壮一クン」
そう言ってガロンが手を差し出し、二人は握手した。
血虎の撃退後、降参した血虎は馬車を馬に代わって引いていた。馬車を動かしてから、血虎が付いて来たので試しに引かせたところ馬よりも速かったのだ。馬にガロンが乗るのみである。
「これは良い拾いもんだったな。壮一クンのおかげで、あと少しでアインス領に着きそうだ」
血虎を見ながらガロンが言う。壮一の名前を既に知っているようだが、壮一がそれを指摘することは無い。藪蛇をついてはいけないからだ。ガロンがアリスの部下であることは確実であり、おそらく壮一の目付役である。
その様子を見ていたのか、ガロンが呟くように言った。
「ああ、もちろん俺は姉さんの部下だぜ?警戒するのは良いが…、バレないようにしろ。機嫌損ねさせちまうぜ。姉さんに目つけられたのはご愁傷様ってやつだが、ちったあ楽にしな」
壮一が警戒しているのはお見通しのようだ。
「じゃあ、楽にさせてもらう…」
壮一は昨日からの緊張で疲れていたため、荷台に戻って寝ることにした。