サンドイッチとケーキとシャンデリア
カオルとフタバが帝国に着いたのは、夜になってからだった。森を彷徨っていた素寒貧な彼女らは、ここに船を停留させる間は、船の部屋を借りさせてもらえることになった。しかし、いつまでも世話になっているわけにはいかないと思った2人は明日船を出ることとし、周辺の下見に出かけた。
波止場付近の、街灯に照らされた石畳を歩いて行くと、家屋や店の並ぶ中心街にやってきた。
「ここは案外活気があるね。人が多いから気をつけてね…っと。もう、言ってるそばからだなあ」
「あ…っ、感謝します。カオル…わっ!?」
向かいから歩いてきていた大男とぶつかり、よろけるフタバをカオルが抱きとめた。しかし、カオルごと大男に突き飛ばされてしまう。
「奴隷風情が俺にぶつかりやがって…、てめえも、奴隷の手綱くらいちゃんと引けよ。ガキがよ」
「…ごめんなさい。謝ります。ほら、気にしてないから、あっち行くよ。…来てってば!!」
「あ、おい待てよ。謝ったらそれで済むと思ってんのか?その奴隷貸せよ。そしたら許してやる」
大男が奴隷、フタバにゲスな視線を送り、舐め回すように見る。フタバは内面はともかく、外見が、顔がいい。とにかく顔がいい。内面さえ知られてなければ、ただ街角で見かけただけであれば、鮮明に記憶に残るような、そんな人物だった。
しかし、繰り返し言う。内面はともかく、だ。それを痛感しているカオルだからこそ、この展開は読めていたし、回避しようとはしていたのだ。
唐突に足元の石畳が一枚宙に浮き、それが大男の顔面に叩きつけられる。執拗に、繰り返し石畳のサンドイッチが完成した。シェフは、もちろんフタバだった。
「豚の餌にもならない!虫の餌が関の山のクソカスが!このボクを穢そうなどと!それだけならマグマにボクが焼かれるだけでいい!だけどカオルを愚弄したその罪!衆合地獄じゃ生ぬるいぞ!まずは謝れ!謝れ謝れ謝れ!!!」
凍りつくその場。少しして、騒然とし始め、人だかりができる。明らかにまずい状況であった。
「やめて!やめてってば!フタちゃん!!?あーもう!本当にごめんなさい!運悪く猪にでも出くわしたと思ってください!『ヒール』!治しましたから、ごめんなさいさようなら!!!」
ザパンと激しく水が岸にぶつかるような音がした。脱兎の如くフタバの手を引いて駆け出し、海に飛び込んだのだ。
その数分後、山を少し登った、街を見渡せる場に2人がいた。カオルの魔法により、2人は既に綺麗になっており、潮の香りもない。
「…はくしゅっ…。ずびばぜんでじだ」
「はあ、もういいよ。気にしないで。すぐに逃げるべきだった。次からそうしようね」
カオルの言葉に、焚き火に両手を突き出しながらもげそうな勢いで首をふる。決して目を合わせようとはしないが、反省はしているらしい。
「船長さんたちに迷惑かからないように、温まったら移動するよ。南の方に大きな壁が見えたんだったよね?」
「はい。縦にも、横にも長い壁でした。きっと主要な都市があるのでしょう。そこに…はくちゅ!行きましょう」
そこで目が合う2人。しかし、気まずさからフタバがすぐに視線をそらす。それを見たカオルが、先程までいた街の方を指さした。
「ほら、きれいな町だよ。オレンジ色の街灯が規則正しく並んでて、ケーキ食べに行ったモールのシャンデリア上から見たときみたい。フタちゃん感動してたよね?暴れたら、また壊しちゃうんだよ?」
「はい、です…」
「だからさ、せめて殴る前に私に言ってよ。壊していいかどうかは、私が決めるから」
「…カオルは…、いつも、優しい、です。優しすぎる。あの時食べたケーキみたいに、甘すぎて、なんだか吐きそうになります。ボクの責任を代わりに被ろうなんてことする必要ないのですよ。それに、ボクが尚更辛いだけです。…どうせ治せない」
カオルは意地の悪い笑顔を浮かべて、もとからそれを狙ってるんだもん、と当然のように言い放った。
筆が遅く、展開も遅い。毎日のように更新している人を尊敬する日々。