エルフの森の主
あの記録を見た後、俺たちは一旦解散した。ソウイチたちは、ラップトップを持って、借りていた宿に戻るそうだ。
「リーダー、こりゃ長老に報告しなきゃならねぇ案件だ。行くぞ」
「俺は賛成だ。この一件、はっきり言って俺たちの手に余る。世界の問題だ」
「禁じられているということは、それだけの理由がある。何とかしてあの禁忌の魔法を、確実にこの世から喪失させなければならないわ」
「…そうだな」
俺たちが長老の住む大樹の塔まで行き、門番にあの施設について話すと、普段にも増してすんなりと、最上階の謁見の間まで通された。長老に頭を下げ、話始めようとすると、下らん、と制止される。長老の顔には、激流のように迸るような怒りが浮かんでいた。
「礼儀作法はいらん。とく、その研究所の中で見聞きした全てを話せ。貴様らの勝手な思索は許さん。貴様らにとって、"どうでもよいこと"であろうが、"関係ないと思うこと"であろうが、井戸の周りで無駄話に興じる婦のように、何でもかんでも"ベラベラ"話せ」
「わかった。わかったっすよ。長老」
普段とは異なる長老の異様な存在感は、その場にいるだけで吐きそうな程の緊張感を生み出していた。俺たちは、研究所で見た全てを"ゲロゲロ"と口から垂れ流した。
「禁忌が世に出たのは間違いないようだな。手遅れであろうが、研究所を洗浄し、他の研究所の存在を調査する。他の研究所の存在が確認されたならば、他の研究所も含め、全ての研究所を消滅させる。確認されずとも、本件研究所は消す」
ここまでは、問題なかった。問題なのは、ここからだ。
「これと並行し、禁忌に触れたと思しき、神国を消す」
「ちょ、長老様!?それは、戦争を仕掛ける、そういうことですぞ!?」
長老のそばに控える賢者アズーが、もう耐えられないとばかりに、叫ぶように忠言し始める。戦争を行えば、結局のところ、禁忌の魔法でもって血を流していた時代と変わらぬ、と。
「責はとる。余がとる。復讐は余が甘んじて受け入れよう。首をはねよというのならはねよう。業火に焼かれよ、というのなら火口に自ら身を投げよう。世界の流れには、いずれにせよ、一国は消さねば修正されぬほどに歪が蓄積している。賽は投げられたのだ。仕方のないことなのだ」
賢者アズーは、もはや泣いていた。無理もない。禁忌の魔法というのは、それだけのことをしてでも消さなければならないのだ。長老が消すと決め、責任を取ると言ったのだ。その覚悟は、長老に対して息子のように接してきた賢者アズーでさえ、受け止めなければならないものだ。
「長老、その時は、まだ来ておりません。今回の一件、ルメシュの伝説が。アナトリア・ルメシュが裏にいるようですわ。あのカザマという男、長老もご存知ですわよね?」
しかし、メイが発言した。空気が、少し軽く感じた。
「…下らん能書を垂れていないで、とく話せ」
「カザマは、例の一件で分かっている通りアナトリアの協力者です。それに、研究所のラップトップというカラクリ、いかにも学者のアナトリアが好みそうな、作りそうなものですわ」
ルメシュの国王、いや首相アナトリアが、アレを作っただと?それに、アナトリア首相が裏にいるとはどういうことだ。どうして全員驚いた顔をしていない。これは、紛れもなく驚かなければならない事態だろう。
「…よかろう。しかし、余はそれを踏まえて、消すべきだと判断した。猶予は、5年。5年以内に、ルメシュと協力し、こんなことをしでかしたロクでもない連中を1人残さず、暗殺せよ。アナトリアは、余が引き摺り出す」
その場にいる全員が、了解した。了解せねばならなかった。禁忌は、例の魔法だけではない。長老も、そう思ってはいるのだろう。結局、まだ"マシ"な禁忌で済ませたい、そう結論をつけたようだが。ともかく、俺たちは、こうして動き始めた。永く、それでいて短い日陰の仕事をする時が来たのだ。