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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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紅蓮の襲撃(2)


「うぐっ!」


 赤毛の女性は危険を感じ、どうにか背中から着地するように倒れた。莉乃がそれのみでは許さず、浮いた頭を地に強く叩きつける。莉乃の爪はそれほど伸びていないはずだと言うのに、赤毛の女性のこめかみに深々と刺さり、当然血が滴っていた。


「お姉さん、近くで見ると綺麗ね」

「なに呑気なこと言ってんだよぉ!」


 莉乃が馬乗りになりながら、抑え込んでいる右手越しに女性の顔を覗いた。啖呵を切る赤毛の女性が莉乃の腕を両手で強く握り、体温を奪うように冷気を強める。急激な温度変化に莉乃は顔を歪め、腕を強く振り払おうとする。しかし、赤毛の女性も決して離す事はなく、一度崩れた形勢の優位を確信したのか笑みを見せた。


「どんだけキレが良くてもなぁ、お前も人間だもんなぁ!? 今のはビビったが、一撃で決めらんなきゃただのカモだよ!」

「おい織原! 早くそいつから離れろ!」


 剛介が叫ぶも状況は変わらず、莉乃の制服の上着に霜が現れ伸びていき、今にも肩を超え身体へと達しようとしている。袖から出る莉乃の右手は既に真っ赤に腫れあがり、全面が凍傷し尽くしていた。未だ赤毛の女性の顔を捉えて離さないが、莉乃の右手が痛々しく腫れあがり霜が広がるのとは対照的に、女性の顔は健康的な肌色を保ったままだ。

 右腕が凍りつくように冷えると共に、全身の体温も当然奪っていく。莉乃は依然苦しそうな表情を崩すことは無かったが、何か思い当たったように口を開ける。


「そっか、お姉さんも人間だし、超能力も――」

「遺言を言わせてやる趣味は無いよ! 終わりな!」


 赤毛の女性が啖呵を切り、いっそう強く莉乃の腫れあがった冷たい腕を握りしめた。



 少しの間を置き、莉乃は表情を緩めると一息つき、目の前の赤毛の女性に目もくれず後ろを振り向いた。


「阿古さん、右腕早く治してくれない? 冷たいし痛い」


 莉乃の予想だにしない行動に、赤毛の女性も剛介も呆気に取られる。それも当然であろう。敵を組み伏せてはいるが、眼前の敵は――唖然としている一人でもあるが――莉乃へのトドメの一撃を放っているのだから。

 当の本人はというと、先程よりも苦い表情ではなくなっているものの、冷気に苦しんでいる事は変わりないようではあった。霜は右肩あたりで止まっており、顔は寒さで赤くなっているが健康的な赤さを見せている。


「織原……お前どうして――」

「どうして! なんでウチの能力が効いてねぇんだよ!」


 話しかけられた剛介以上に、熱を奪い去ろうとしていた赤毛の女性は激昂していた。無理もない、今さっきまで正常に機能していた彼女の能力が異常を見せているのだから。冷静さを欠いた赤毛の女性は、莉乃の腕を揺さぶり強く問いただそうとし続ける。


「てめぇ! 早く凍え死ねよ! なんで!」


「アンタの能力を凍らせちゃった、なんてね」


 いたずらに莉乃は笑うも、赤毛の女性は更に睨みつける。女性の顔には憎悪もあるが、それ以上に困惑の色が隠せずにはいられなかった。

 莉乃はそれを見て鼻で笑うと右手で女性の頭を軽く揺らすと、今度は赤毛の女性の腕を軽く振りほどいてしまう。女性はつい今さっきまで強く握りしめていた、ふわりと離れる自分の手の方を凝視して固まる。


「お姉さんの能力、とても心躍るものだったわ。でも私の方が優秀だった、それだけよ」


 莉乃は立ち上がり、剛介の元へ歩いて戻る。


「織原くん……やはり君の能力は……」


 静観を決め込んでいた彩音がぼそりと呟くも、誰の耳にも留まることは無かった。超能力に目が無いような様子を見せていた彼だったが、この時ばかりは表情がいくらか曇って見えたのは気のせいでは無かろう。


「おい織原! お前一体どうやってあいつを止めたんだよ!」

「凍傷って結構まずいんだよね、後遺症残したくないんだけど」

「全く、どいつもこいつも人の話をよぉ……待っとけ、時間はかかるが生活に不便ないくらいには出来る」


 剛介が莉乃の右腕に手をかざし、ほのかに光が浮かび上がる。徐々に莉乃の表情が和らいでいくが、腕の凍傷が急速には回復するわけでは無かった。

 剛介の治癒能力は他者への干渉を得意とはしておらず、主に自身の回復に特化しているためだ。それでも人の傷を医療の常識を超えたやり方と早さで治せるのだから、十二分に恐ろしくも頼もしいものであろう。


「結構ゆっくりね。『超再生』の名が泣くわよ?」

「そう言ってくれるな織原くん。能力開発において、他者を用いた人体実験はこの環境でも難しいんだ。特に阿古くんの能力は元から内側に向いているってのもあるけどね」

「そういう事だ。俺がいなきゃ肩から切除だぞこんなん……しっかり感謝しろ」


 ぶつくさ言いながらも、剛介は莉乃の腕へ処置を続ける。莉乃はぼそりと「ありがと」と呟くが、剛介は気に留める事もなく治療に集中する。

 二人を傍目に、彩音は赤毛の女性へと近づく。女性は相も変わらず放心状態といった様子で、莉乃に倒されたまま天上を無心に見つめていた。


「君、坂上澪(さかうえ みお)くんだよね。プロジェクト参加候補者の一覧で見た覚えがある。うちにも熱量操作の出来る子はいるが、どこでここまでの開発を?」

「あ……あぁ……」


 彩音は赤毛の女性を坂上澪と呼び質問をするが、彼女は心ここにあらずといった様子で返事をしない。彩音が言うように、国立神経科学研究センターは世界各地の超能力者候補について情報が集約している。実質の最高権力者であり且つ好奇心の鬼である彩音京也にとって、何千という数の人間についての情報を頭に入れておくことなど、ましてや関心のある分野に関係しているのだから容易いことだった。

 澪の元へも、莉乃のように案内人たる人物が訪れる予定であったが、決行を果たす前に彼女は行方をくらませてしまっていた。超能力者候補の失踪は様々な事情が背景として考えられるため、一層強く彩音の記憶には残っていたのだろう。


「……ねぇ織原くーん、どこまでやっちゃったのー? 喋れなくなってるよー?」


 やれやれと言わんばかりに頭を掻き、治療を受ける莉乃に対して彩音は不機嫌そうに投げかけた。


「感覚器官を意識したのと、手の動き変えられないかなって。あと最初に脚も動かなく出来ないかやってみたけど、これじゃわかんないですね」


 彩音の質問に抽象的な答えを返すが、その信じがたい事実の羅列に莉乃は表情ひとつ崩さない。それはつまり、莉乃自身がそれらへの干渉を出来るという確固たる自信の表れ、あるいは確信から来るものだろうか。


「なるほど、こりゃ人によっちゃPTSDものだよ……彼らの長所を一瞬でね」


 乾いた笑いと共に、少し悲しげな顔で澪を覗く。彩音は優しく澪を担ぎ上げると、ぐったりとする彼女に向かって語りかける。


「恐らく、織原くんが君を元に戻せるはずだが……それよりかはねぇ、阿古くーん!」

「今度は俺ですか……」


 剛介は呼ばれると、心底嫌そうな顔で彩音の方を向く。


「君、まだ精神疾患の治療って自他共にしてないよね? あと機能障害、試してみたくなぁい?」

「試したいのは先生でしょうが……好きにしてくださいよ」


 剛介は今日一番の深い溜め息をつく。この状況下でも遠慮の全くない、研究にのみ没頭する彩音の姿勢は剛介も敬意を表しているが、そのせいでどれだけの苦労を強いられているかは語るまでもない。


「にしても織原、お前一体何を……」

「人をそんな化け物に向けるみたいな目で見ないでよ、いつもやってる自己暗示をネガティブにして流し込むイメージをしただけよ、多分」


 莉乃の回答では全く理解出来ず、剛介の眉間には無数の皺が寄るばかりであった。莉乃もわかって貰えるとは思っていなかったようで、特に嫌な顔を返すことはなく澄まし顔のままだった。

 そうこう話している間に、無事に莉乃の右腕は健常者のそれになっていた。手をグーパーして感触を確かめると、莉乃は頷く。


「やっぱり良いね、まだ全然わかんないけど凄い事ばっかり!」


 右腕を冷凍された女子高生のセリフとは信じがたいが、莉乃はにこやかに顔を上げる。

 目の前に広がる景色はひび割れた廊下に息苦しい室内、窓ガラスは割れて散らばり未だ警報が鳴り響いて照明が危険を伝え続けている。おまけに後ろでは女性が1人放心状態で担がれている地獄絵図だ。


「織原くん……君は末恐ろしい、いや、既にもう恐ろしいね」

「野比はとんでもない化け物を寄越しましたね」


 彩音と剛介はかすかに微笑む。彼らにとって莉乃は味方になるということなのだから、心強い、あるいは研究が捗るといった所だろう


「さて、諸君! まだ他にも侵入者がいる可能性もある。気を引き締めて行こうか!」


 澪を背負った彩音が再び先頭に立ち、歩みを進める。その後ろには頼もしい超能力者が二人、彼の背中を追い掛けて歩きだす。

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