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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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紅蓮の襲撃(1)


 国立神経科学研究センターは研究施設であるが、不相応な程に広大な敷地面積を誇っている。地図上で確認すれば、まるで運動公園を施設内に有しているのでは無いかと思わせる大きさである。外観は大学のキャンパスに似た建造物であるが、中庭らしい中庭はなく建物がどっしりと構えるのみだ。


 三人は延々と続く見応えの無い廊下をひたすらに進み続ける。彩音と剛介は特に意にも介さず歩みを続けるが、痺れを切らしたように莉乃が口を開く。


「ねぇ、これどこに行くの?」


 何度か曲がったり階段を上がったりはあれど、似たような廊下を何も知らされず歩いていれば当然の疑問だろう。先頭を歩く彩音は足を止めず振り向き、不思議そうに莉乃の顔を望む。


「私の研究室さ。さっきも言っただろう?」

「聞いたけど……あんまりにも遠過ぎないかって」

「ほら、誰が来てもこう言うんですよ。もうちょい施設内の移動方法に気を遣って貰っても良いんじゃないですかね」


 剛介がすかさず賛同の意を示した。彼も彩音に呼び出されるたびに、この道中の長さに辟易としていたのだろう。今や絶滅したヤンキーを彷彿とさせるような眼光を彩音へとぶつける。


「阿古くんも織原くんも若いんだし、これくらい問題無いでしょ? 私はこうでもしないと運動不足でね、おじさんの健康のためと思って許してくれたまえ」

「とか言って、酒も煙草も薬もやるじゃないですか……。俺いなかったら今頃墓の中っすよ」


 彩音は相変わらず笑いだすが、剛介は疲れきったような表情をして肩を落とす。莉乃はそれらの事実にまたもや驚いていたが、今度は口には出さずに飲み込む。

 趣向品の多くはかつての世界統一に伴って規制されており、今や持っているだけでも世界統治法という新設された法律に触れることとなる。剛介の言ったそれぞれの趣向品は、莉乃のような今の普通の女子高生をしていれば教科書の写真か博物館でガラスケース越しでしか見たことのない化石のようなものだった。


「やっぱりそういう中毒性のある成分物質って身体に――」



「緊急事態発生、侵入者及び施設内で火災が確認されています。職員の皆さんは速やかに――」



 莉乃の言葉を遮るように、大きな警告音と共にアナウンスが施設内に響き渡る。照明は赤白く点滅し、視覚でも聴覚でも訴えかけてくる。彩音と剛介は顔を合わせるが、驚く剛介と対照的に彩音は心底嫌そうな顔をしていた。


「先生! これは!」

「来たようだね、タイミング悪いんだよなぁ……」


 彩音はやれやれと溜め息をつき、後ろを歩いていた莉乃へと向き直る。チラリと莉乃を見て思う所があったのか顔を伏せ少し唸るが、それをやめると視線をまっすぐ莉乃へと向けなおす。


「織原くん、申し訳ないけど邪魔者が来ちゃったようだ。まだ能力の把握が出来てない以上は危険が伴うし、今日は帰って貰ってまた後日かな」

「その侵入者って、一体何なんですか……?」


 唐突に帰そうとする彩音へ、あまりの切り替えの早さに莉乃は噛みつくように質問を飛ばした。彩音は再び悩んだが、剛介に目線を送り、コクりと頷くのを見て一呼吸置いてから口を開く。


「超能力者、なんだよね。ここを襲撃するような輩となると、日本への恨みからプログラム参加を拒否したりってところかな」


「その通り! ウチらの原動力は報復と自由の獲得!」


 三人の後ろから、彩音の言葉へ応えるように叫ぶ女性の声が、警告音でやかましい廊下に響き渡った。


 女性はコツコツとヒールの音を立てながら近づく。無造作な赤毛が顔を覆うように伸びきっており、黄色い瞳が爛々と三人を見渡す。シンプルなシングルのライダースに白いシャツ、スキニーパンツとスタイルが良し悪しを決める組み合わせを見事に着こなしており、一挙手一投足がやたらと恰好がつく。


 女性が歩みを止めると、彼女の周りの廊下や床が歪み始める。隅々まで空調が効いており適温であったはずが、真夏を超えたような熱さが廊下に蔓延した。女性を見つめる三人の額には汗が急速に滲みだすと、廊下の窓ガラスが割れ、空気が吹き荒れる。その場がどれだけの温度上昇をしているかを物語っていた。


「なんで急に……火災の影響?」

「違うな、これはやつの能力だろ」


 莉乃の一言に剛介は即座に否定し、目の前の確固たる「敵」を見つめながら彼自身の見解を述べた。彩音はただ首を縦に振るのみで言葉は発さず、彼もまた熱気を撒き散らす女性から視線を外すことは無かった。


「彩音京也に……そっちの女は知らないが、男の方は回復自慢のサンドバック君か。ウチってもしかしてラッキーじゃん?」


 赤毛の女性は踏み込むと地を勢いよく蹴りだし、一気に距離を詰めてくる。それと同時に熱風が三人を襲いかかるが、あわせるように剛介が一歩前へと出る。迎え討とうとするも、女性の右ストレートは剛介の顔面を綺麗に捉える。

 しかし、今度の阿古剛介は噛ませ犬ではない。顔面で右拳を受けとめ、そのまま彼女の腕を両手で掴んだ。


「捕まえ――あっつ! いや冷てぇ!」


 取り押さえることに成功したはずだったが、剛介は反射的に赤毛の女性の腕を自ら振り払ってしまう。赤毛の女性は不敵に笑うと、体勢を立て直し、腰に手を当て立ちつくす。


「お前、身体は丈夫でも普通の神経してんだろ? 熱いのと寒いの、どっちで死にたぁい?」


 赤毛の女性が鼻で笑うと、今度は周囲の温度が一気に下がり始める。建物の内装には亀裂があちこちに走り、またしても風が強く吹き荒れる。異常な温度変化の中、依然として目の前の女性は平然としており、急激な温度差に苦しむ三人を見て愉しんでいるようにも見えた。


「織原! お前は逃げろっ!」


 剛介は劣勢であると現状を受け取ったのか、莉乃へと叫ぶ。赤毛の女が言うように、剛介の能力は超次元的回復能力に尽きる。それは一見無敵を意味するようで、似て非なるものだ。


 これまで、日常生活から彩音の実験やお遊びに至るまで、剛介は様々な刺激を五感全てで浴びていた。例えば、つい先程の莉乃の上段蹴り。当てどころが悪いわけでも無しに、蹴りを繰り出した本人が痛手を追うほどの衝撃を顔面で真正面から受ければ様々な負荷が身体を襲う。痛覚が大量の情報を脳へ送り、且つその脳は震えるのだから物理的ダメージも発生する。強烈な刺激でも、死亡ないしは意識の喪失に至らなかったのは、先述の刺激による閾値の異常なまでの拡張及びそれに伴う再生速度の向上があった。

 しかし、目の前にいる赤毛の女性はいわば剛介の死角を突き得る。彼はこれまでマグマの中に突っ込んだことは無いし、逆に北極で海水浴をしたこともない。つまり、温度変化による細胞の破壊や活動停止に対する経験値はあまり無いのだ。


 これは剛介を援助する彩音もよく知っていることであることは言うまでもない。その彩音の表情はというと、苦々しいようにも見えるが未だに赤毛の女性から目を離さなず、口角は微かに上がっていた。現状の劣勢を強く認識する以上に、彼の研究者としての好奇心が溢れだして止まらないことの現れであろう。

 寒さで震える莉乃は、状況を上手く把握出来ていなかった。剛介は何故逃げろと叫ぶのか、明確な殺意を抱いた相手に対して勝てる見込みがあるのか否か。困惑する彼女は赤毛の女性と目が合ってしまう。


「そこにいるって事はお前も……。悪いけど、可愛い女の子でも容赦は出来ないよ!」


 赤毛の女性が指を鳴らすと暴風が吹き荒れ、細い熱波が莉乃の頬を掠める。莉乃の頬に焼けるような痛みが走ると共に、室内という密閉空間で急激な温度変化が起こったことで気圧の変化に伴って空気の流れが現れた。自身を襲ったものが一体何かもわからない莉乃は、一層顔をこわばらせるのみだ。


「熱量操作……凄い精度でやるね。」


 彩音が穏やかに呟き、再度考え込むように唸りだす。そう間を空けることなく、彩音は莉乃を見ると、状況がわかってないのか随分楽しそうな表情をしていた。


「織原くん! 君のもひょっとして、他者へ干渉出来たりしないかな?」

「え? 先生、急にどういう――」

「君の能力は恐らく神経パルスの伝達効率を最適化するものと見ている。それを阿古くんにやってあげて、彼も君のように動きを良く出来たりしないかなぁ、なんてさ!」


 そう言い放つも、彩音は続けてブツブツ呟きながら傍から見て気味が悪いほどの笑顔であちらこちらを見回しだす。特に何をするわけでもなくそれを続けているあたり、これが彼の熟慮する姿なのだろう。考えた結果なのか、再度莉乃へと向き直って笑顔を飛ばす。


「うん! 織原くんなら簡単に出来るよ、出来ないわけがない!」

「ごちゃごちゃうるさいよ、彩音京也!お前さえ殺せば――」

「絶対出来る! この私が強く保証しよう!」


 赤毛の女性の言葉へ耳を傾けることも無く、彩音が断言した次の瞬間。

 

 否、莉乃の体感時間としてである。赤毛の女性が彩音に対して矛先を変えた時、彼女は世界が静止したかのように見る。スポーツにおけるゾーンのような、異様なまでの集中力が成せるそれに近い。しかし、莉乃は集中することへ尽力したわけではない。


 織原莉乃は、ただ自身が全能であると再認識したのみであった。


 彩音の発破掛けがある種のスイッチと化し、彼女は様々な可能性に考えを巡らせる。これが出来るのも彩音が言ったように神経パルスの最適化――あらゆるセルフコントロールの究極化――が成せる技であろうか。

 そして、莉乃は選択を終え、行動へ移る。


「――今回の任務は完了なんだよ!」


 赤毛の女性の言葉が続く。女性はセリフを放つと、大気を舞わせるように両腕を開こうとする。だが、腕が開かれるまでの一秒もない間に、莉乃は赤毛の女性の懐に潜り込んだ。

 彩音は未だ莉乃が先程までいた虚空へと笑顔を放っており、剛介は熱弁を奮う彼を庇うように射線へと動こうと脇目で見ていたはずだった。だがその二人とも、莉乃のあまりにも異様な動きを目で追うことも、「織原莉乃が敵へと突っ込んだ」という事実を認識することも叶わなかった。それは剛介越しに彩音を狙っていた赤毛の女性も同様であったことは言うまでも無い。


「――なっ!」


 赤毛の女性は思わぬ襲撃に一歩退こうとするが、莉乃がそれを許さない。後ろへ重心をずらす赤毛の女性を眼で知覚し、まるで予想していたかのように追撃をかける。

 勢いをそのままに、体幹を維持したまま見事に全身の回転軸を活用して右腕を引いて掲げる。



「ごめんなさい。お姉さん、普通に生活出来なくなるかも」



 謝意の感じられぬ澄ました顔で莉乃は呟くと、身体のバネを存分に発揮して右腕を突き出す。莉乃は赤毛の女性の頭へ爪を立てた右手を放つと、そのまま頭を叩きつけるように押し倒した。

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