正義の在り処(2)
「では俺はここで。まだ二時間ほどありますが、場所を用意しますか?」
「そこで座って時間を潰すからいいわ。誰か通るでしょうし」
施設に入ってすぐ、剛介はパメラと別れて自身の研究室へと向かっていく。彼もまた発表にあたっての準備や会場設営の仕事が待っていた。まだパメラと話したりない様子ではあったが、剛介は一人長い廊下を気だるげに歩みだした。
剛介を見送ったパメラはというと、入り口ロビーに設けられているスペースに腰をおろす。朝早くから来た理由はどうにも明確ではないようだったが、誰かと待ち合わせるつもりだったかのようで鞄から簡易的にまとめられたファイルを取り出して目を通す。今日の発表会で話される研究とその発表者の一覧であろうページを開き、彼女と同じ苗字の名前を見つけて緩やかに口角をあげた。
「おやぁ、これはマルタン女史じゃないかぁ。お早い出勤で、相変わらず真面目でらっしゃるなぁ」
唐突に投げかけられた言葉にパメラが顔をあげると、そこには真ん中で分けた長い黒髪から真顔を覗かせる、いまいち貫禄にかける白衣姿の男性があからさまに歪ませた表情をして立っていた。
「あら、所長様も朝からご苦労様ね。その姿勢は職員の士気を高めると思うのだけど、今の態度は逆効果じゃないかしら?」
「ご高説どうも、私はどうにも『繕う』ってのが苦手でねぇ。いつも通り、目を瞑ってくれたまえ」
「表情豊かなのは結構だけど、もう少しメンタル面のケアをすべきじゃないかしら? 瀬良さんっていう優秀な生徒をお持ちなんだから」
パメラはにっこりを浮かべて返すと、彩音は不満げな表情を一層加速させる。周り施設スタッフや出勤する研究員がその険悪な空気を気にしないように努めるはめになりながらも、二人の会話は続いていく。
「――瀬良くんにも変なこと吹き込んだよね?」
「そんな言い方はあんまりだわ、研究熱心な彼女にアドバイスをしただけよ」
「……君の見解については父上こともあってだろうが、あまり若い芽を摘むようなことは止して欲しいんだけどね」
「パパのことは関係ないわ。ひとりの学者として『超能力は人工物である』としているだけよ」
パメラはまっすぐと彩音を見つめながら投げかけた。彩音はそれを真摯に受け止め視線を合わせながらも、小さくため息をつく。
「それに、あんまり偏った見地を与えると良くないんじゃないかしら? キョウヤの悪いところよ」
「それは聞き捨てならないなぁ。私は彼女達に狭い視野を与えないよう努力しているからこそ、君にいささか憤りを覚えるわけでもあるんだよ?」
彩音の反論をパメラは鼻で笑って一蹴する。
「あの阿古くんを見てそれを信じられるほど間が抜けてはいないわ」
彩音は更に眉間にシワを集め、思わず怒鳴りそうになる。だが、すんでのところで呑み込めたようで、ロビーに彩音の怒号が響き渡る事はなかった。それを見ていたパメラは彼から視線を外し、ロビーを出入りする研究員達へ目を向ける。
「人の顔に泥を塗る趣味は無いのだけど、まだ続けるかしら?」
「余計なお節介さ。言われなくとも、失礼するよ」
そう吐き捨てると、彩音は足早にパメラの元から去っていった。苛立ちを感じさせる足取りではあったものの、周りの職員へは明るく挨拶をしながら進んでいく。
露骨な程の二面性に、パメラは見送りながら少しムッとしながらもうひとつため息をついた。彼女はそのまま視線を一人の女性へと移し、投げかけるように話しかける。
「メイコ、なんで野次馬に紛れてやり過ごそうとしてるのよ」
今日は黒でシックなパーティードレスを身にまとった芽衣子は、相変わらず整えられていないアンバランスな髪を揺らしながらパメラへと歩み寄る。
「あぁいう京也さん、マルタンの前でしか見られないから好きなのよ。激情する科学屋ほどみっともない者はいないわ」
「変わりなくて安心した。今月は何もしないの?」
「良い研究対象が見つかって捗ったのよ。定期発表会なんてやってられないわ」
「何のための学会なんだか――ねぇ、それってリノのこと?」
パメラが愛想笑いを浮かべながら問うと、芽衣子は少し唸って考える。パメラは静観して待つも、芽衣子は唸ったまま固まる。
「……神経を――」
「ん? あぁ、あの子リノっていうのね。そうよ、あの子を使いたくてね」
「革新的な発現よね。なによりも、リノって可愛いわ」
「ロリータコンプレックス? そっちじゃかなり世間の目が厳しいんじゃない?」
「飛躍しないで。ほっとけないってこと」
「それは私もさ。神経回路の組み換えなんて、誰でもほっとけないわよ」
芽衣子がククッと喉を鳴らすように笑う。
「ファザコンでロリコン、時代を考えれば良い研究対象じゃないかしら?」
「なんで今パパのことが――」
「待っているんだろう? 連絡すれば楽なのに、文明の利器に頼らない愚か者め。素晴らしき家族愛が成せる業かな? それとも、高度に発達した同系統超能力者は思念伝達が――」
「良いから! もう、早く研究室に引きこもってらっしゃい」
高らかにカ行で笑いながら芽衣子は廊下の奥へと消え入るように去っていく。パメラとしては一難去ってまた一難というところであろうが、幾らか見込めていたのかあまり気に留めず待ち人が現れるのを心躍らせることに戻った。
このあと、パメラに何が訪れるかも知らず、ただ楽観的に父との再会を待つ朝は続いていった。




