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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
三章 荒んだ倫理、歪んだ矜持
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正義の在り処(1)


 からりと乾いた空気が気持ちの良い朝、国立神経科学研究センターには朝早くから多くの人が集まろうとしていた。いつもはがらりとしている付近の道にはまばらながら人が歩いており、まだ八時前だというのに出勤している研究員もいる。

 剛介もその一人であり、普段では見ないほど人で溢れる最寄り駅に辟易としていた。あまり人の多い場所へ行く機会のない彼にとって、月次研究発表会の日はいらぬ苦労を強いられる。通称「定期発表会」と軽く呼ばれることの多いこれは、国区の枠を超えて学者が集まる数少ない機会であった。国境の垣根がなくなったと言えども、物理的な距離や海を越える超えないというのは未だひとつの壁になっているのは事実だ。通信機器も発達し、超能力という人間それ自体の能力が高まっていたこの時代においても、労力を惜しまず一か所に集まっての会合は開かれ続けていた。

 駅で見かける数人の所属研究員も「いまどき非効率的な」等と言う意見を交わしている通り、実際に関与しない職員にとっては面倒のみを抱えるイベントとなっている。しかし、剛介を始めとした参加者にとってはこれ以上ない機会であり、高度な研究を試みている同志と高め合える有意義な場所となっていた。

 剛介が少しばかりの申し訳なさを抱えながら周囲を一瞥すると、一緒に降りた人達の中から珍しい顔を見つけて駆け寄った。


「マルタン先生! お久しぶりです、今回も長旅をさせてしまってすみません」


 剛介がガラにもなく元気よく声をかけると、パメラは彼を見て笑みを浮かべる。


「阿古博士もお元気そうで。私は日本が好きだから、息抜きに助かってるくらいよ」

「それなら良いのですが。それより、博士なんて呼び方はよしてください」

「あら、立派に研究もされてるんだから良いじゃない。何も間違ってないわよね?」

「まぁ、そうですけど……気持ちの問題です」


 パメラはいたずらっぽく笑うと、朝日で照った深緑の髪を片耳にかけながら歩き出す。剛介も歩調を合わせながら改札を超えて行くと、たむろして話し込んでいた研究員達が二人へと会釈をする。

 剛介は軽く会釈を返し、パメラはひらりと手を振って通り過ぎた。


「阿古くん、今は副所長なんでしたっけ?」

「お恥ずかしながら、ですがね」

「そんなことないわよ、むしろ役不足だと思うわ」

「先生、役不足って日本語は――」

「知った上で言ってるわ。相変わらず自信の無いのが残念ね」


 パメラが鼻で笑ってみせると、剛介は「やってしまったか」とばかりに少し慌てる。だが、彼女は特段気に掛けることもなく言葉を続けた。


「さっきの彼ら、阿古くんを見てお辞儀してたんじゃないかしら? 立派に人を率いてるって証拠だと思うのだけど」

「どうですかね。先生は少し変わった人しか知らないからだと思いますが、一般的な日本人は上下関係に従順なもんですから」

「ここで働いていても?」

「えぇ。俺の願望も入った見方でしょうけど」


 剛介の言葉にパメラは深く言及することなく「そう」とだけ一言返した。「一般的」であるかどうか、彼なりに何か思っているものがあるのだろうか。

 二人の超能力者の間には若干の沈黙が挟まるも、少し歩いた所でパメラから口を開いた。


「リノ、良い子だったわ」

「なっ――会ったんですか!?」

「偶然ね。こっちに来る前からキョウヤが手を付けそうな子だけ覚えて置いたら、丁度電車でね」

「……流石を通り越して怖くなりますよ」

「簡単よ。十代半ばまで経過を見て判断するなんて、相変わらずって思うわ」


 剛介は思わず感嘆の声をあげてしまう。先日、彩音からは「要注意人物」と挙げられていたパメラではあるが、彼にとってはそれ以上に尊敬の念が勝っているようにも見える。それほどまでに優れているからこそ、彩音も警戒しているとも言えよう。

 剛介はパメラの手元の鞄を見て、ふと何かを思い出す。


「――確か論文でも触れてましたっけ」

「そうね、ちょっとした考察でしかないけど。研究対象を一般人から吸い上げ続けるなんて、効率も悪ければ続くことでもないじゃない?」

「研究対象として見ればそうですが、手を差し伸べる必要があるからこそ、彩音先生は今のやり方で落ち着いてますが」

「どうかしら。阿古くんも責めるつもりは無いけど、今の私達のやり方は『救済』なんて建前を堂々とは言えないことだと思うわよ」


 パメラは今回の発表会で使う論文で「研究対象確保における今後の展望」を述べていた。今のやり方では不確定要素が大きいため、よし閉鎖的に行うべきだと言うのが彼女の考えである。その手段として、今回パメラーがテーマとしていた「非能力者へ超能力を与える」ことを全面に出して提案していくように書かれていた。

 目を通していた剛介も一理あるとは思いながらも、多かれ少なかれ疑念は抱いていたようではあった。


「……それだと、どうやって非能力者を募るかが課題だとは思えたのですが」

「この先、世界をどう進めるかにもよりそうね。いつまでも秘匿できるものでも無いでしょうし」

「公開なんてしたら、世界の混乱は計り知れないんじゃないでしょうか?」

「そうね。だからこそ、阿古くんに言っても仕方ないけど、ちっぽけな倫理観はさっさと捨てて超能力研究を推し進めないといけない段階に差し掛かってると考えてるわ」

「許されたとして、解決に辿り着けるんでしょうかね」

「あら、なんで他人事なのかしら?」


 剛介はその言葉に生返事をするのみだったが、パメラから視線を反らす様は幾らかの後ろめたさと責任逃れの気持ちを感じさせるものだった。パメラはまたしても、剛介には深入りせずに話題をそこでやめる。

 パメラが剛介から視線を移して前を向けば、距離はあるものの既に国立神経科学研究センターが目視できる道に入っていた。

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