偏執狂の博覧会(6)
◇
数週間後の夕前、研究室へと戻るため長い廊下をひとりゆっくりと歩く剛介がいた。仕事中だったはずが、急遽後輩に呼び出され、上司からの命令もあって時間を割かされた帰り道だ。
「能力で遊べ――か……」
つい先ほど、莉乃に向けて自身が勧めたことを改めて独り言つ。超能力開発に関わる中で、あらゆる超能力者に対してアドバイスとして飛ばしてきた言葉だ。彩音からのお墨付きでもあり、剛介としてもデータとしての結果にも繋がる的確なものだと自負があった。
ただ、反芻するように呟いたそれには幾らかの自嘲じみた念がこもっていたようにも見えた。
「サボりなんて、らしくないんじゃない?」
考えに耽りながら歩みを進めていた剛介に、超えたばかりの曲がり角から声がかかる。
「悠美か、脅かすなよ。それにサボっちゃいねぇ、出張帰りって所だ」
「それは失礼しました。どこか行ってきたの?」
悠美は悪びれる様子もなく口だけで謝ると、剛介が歩いてきたロビーへ向かう廊下へと目を向ける。彼を始めとして、研究室に籠もるような事務方の人間が所内で動き回るにも出入口の付近まで行く用はほとんど無い。
「いや、技能訓練室でな」
「そっか……時期を考えると、織原さんかな?」
「あぁ、よくわかったな」
「愛羅の被害者は剛介くんの所にだけ来るわけじゃないのよ?」
心底嫌そうにため息を吐く悠美に、剛介は同意して鼻で笑う。愛羅は言うなれば軍人上がりとも言えるような経歴であるため、どうにも体育会系のような気質が強い。それもあって、本人が潰す気が無くとも新しく所属してきた超能力者達を覚え上がらせることから一部では「PTSD製造機」と不名誉なあだ名すら名付けられていた。
もちろん、悠美もその一人であった。それどころか、悠美が第一発言者という証言があるほどだ。彼女は精神操作を巧みに扱える身でありながら、長く伝わる非能力的療法を好んで行っている。診る患者に対しては真摯に時間をかけていた、そんな背景もあって愛羅への不満が爆発もしたのだろうと。
「真田も織原もどこか似てるかもな」
「織原さんが?」
「あいつもスイッチ入るとやばいぞ。坂上がそうだろ」
「そっかぁ……そうよね。それで坂上さん、今あんななんだもんね」
悠美は少し暗く笑みをこぼすと、目線をおろした。澪に関して彼女は後ろめたい気持ちも多くあるのだろうが、それと同時に能力干渉化においてもなお残滓を感じるものがあったのかもしれない。
あるいは、その二人の名が挙がったことに、何か思い出してしまったのだろうか。
「……いやぁ、俺らも困ったもんだな。真田と織原はどうにも気が合うように見えるし」
「――えっ!? それは駄目よ! あの二人に意気投合なんてされたら身が持たないわ……」
悠美を見て気を遣ったように話題を反らそうとした剛介だったが、二人はPTSD生産組の莉乃と愛羅を並べて思い浮かべてまだ見ぬ疲労感へと顔を歪めた。ただでさえ手が回っていない悠美の診察業務が多く、重くなってしまい、剛介は勝手に運ばれてくる負傷者が増えてしまうかもしれない。
どんな運命のいたずらなのか、癒しへ超能力を有効に開発してきてしまった二人にとってはとんでも無い悩みの種が誕生してしまった。
「でも、織原さんでもやっぱり愛羅には敵わないのね」
肩を落としていた剛介に、悠美はふと気になったように問いかける。
「会議室で見てた時の印象だけど、『アレ』をやった愛羅を捕まえてたからもしかしたらって」
「あぁ、そんなんしてたのか。それだと次は真田でも殴り伏せるじゃ済みそうにないな」
悠美の言う「あれ」とは愛羅の自称「影分身の術」であると剛介も察する。光を優位に操る愛羅ならではの芸当ではあり、所内での受けがかなり良い。だが、本人曰く「エンタメ性全振りでしんどい」との事で、実戦でやることはないらしい。
悠美の元へ運ばれる前の組手犠牲者は、身体の負傷を治すためにまずは剛介の元へ運ばれる。その際、うわ言のように「何人も殴ってくる」等といったことを呟く患者が多いのだ。そのため、剛介と悠美の間では「例のアレ」と化しており、心身共に完治した超能力者達の間では「真田愛羅の必殺技」として凄まじい知名度を誇っている。
「じゃあ、そのうち愛羅を診れるかもしれないわね」
「そうだな。それはそれで少し怖いけどな」
二人は今まであり得もしないと思っていた愛羅の運ばれてくる姿を想像して、笑い合う。それほどに愛羅は強く、そして信頼されている証拠だろう。
「じゃあ私、会議室だから」
束の間の談笑を楽しむと、悠美は剛介とは違う階へと向かうように進路を変える。剛介は特に引き止めることもせず、軽く別れの挨拶を交わしてまた一人歩き続けた。
剛介もまた、莉乃についての報告書まとめがある。加えて、来たる明日には定例の研究発表会が控えていた。諸国区から有名な学者も集まり、彼としても純粋に楽しみにしていた一日だ。
会議室へと向かう悠美を見送りつつ明日へ楽しみを募らせると、足取り軽やかに研究室へと戻っていった。超能力は剛介にとって仕事であり悩みであり葛藤の種でありながらも、純粋な趣味に過ぎない一面を持っていた。




