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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
三章 荒んだ倫理、歪んだ矜持
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偏執狂の博覧会(2)


 一転して、白く明るい国立神経科学研究センターの廊下に出ると、多田とカールは彩音と剛介と別れて別の方向へと歩き出す。

 自身の研究室へと歩を進める剛介は、彩音を一瞥して口を開く。


坂上澪(さかうえ みお)の方はどうなってますか?」

「進展は無いよ。今日も瀬良くんにお願いはしてみてるけど、どうだろうねぇ……」


 彩音は珍しくため息を挟みながら、第一襲撃者であり捕虜として治療を施している坂上澪の容態を濁した。剛介も共有で回されている報告書には目を通しており、敵意は日に日に落ち着いてはいるものの未だ超能力の再発現には至っていなかったことは知っている。

 それでも剛介が問うた裏には、彩音がどこか情報を小出しにしているのではと思ったからなのだろうか。あるいは、単に話題のひとつとして挙げてみただけなのだろうか。モルモットとして自分自身が展開されていた部屋から出た後に、すぐさまその話を引っ張ろうとするほど剛介もネジが外れていなかっただけかもしれない。


「――悠美は相変わらずですか?」

「うぅん、そうなんだよね。瀬良くんの優しさは私達に無いものだし欠かせないとも思うけど、こうももどかしいと気持ちが先走りそうになるよね」

「ストッパー、ですからね。あいつ自身は大丈夫ですか?」

「それは問題ないさ。でも坂上くんの件が落ち着いたら、少しガス抜きはさせてあげないとね」


 彩音がいつものように軽く声をあげて笑って見せると、剛介は「そうですかい」とだけ返事して外の景色へと視線を移す。

 陽も暮れてきて白い廊下がほんのり赤みを帯びさせられる。今日という日をぼんやりと、ただしっかりと思い出すように剛介は思い返す。超能力者のための全体ミーティングと称した織原莉乃の歓迎会、それに伴って莉乃の超能力についての資料作成、普段通りの雑務等々。

 剛介は特殊な場所で、特別な力を有し、倫理の外側を歩きながらも彼自体の立ち回りは至って普通の中間管理職なのだ。彩音京也という男が如何に優秀で、常識外れであれども、あるいはだからこそ剛介の働きは国立神経科学研究センターにおいては欠かせないものになっている。


「――織原、結局『神経操作』で良いんですか?」


 剛介は思いを巡らせながらも、今日の最も大きなテーマであろう莉乃のことを気にかけていた。


「良い……んじゃないかなぁ。恥ずかしい話だが、私としても計り兼ねてるよ」

「というと?」

「どこまで彼女の自由意志で開発できるようにして、どこまで言葉で縛るか、だね」


 彩音はただまっすぐ続く廊下を歩きながらも、天井を軽く仰いで続ける。


「織原くんはようやく現れた『核』と言って差し支えない程度の顕現具合だ。前の子――いや、当時の私よりは目上だったけど、彼以来の逸材さ」

「お会いした事は無いですが、例の――」

「うん、ずっと元気さ。最も、能力発動の確認が元気の指標であるなら、さっきの阿古くん達も元気もりもりになっちゃうけどねぇ!」


 彩音の高笑いが二人のみの廊下に嫌に響き渡る。剛介は特にそれを構いもせず、彩音への問いを重ねて行く。


「それだと、いずれ織原も彼のようになるんですか?」

「いや、時代が時代だからさ。もう狂気の渦はとっくに落ち着いているし、科学の発展も目覚ましい。阿古くん達だっているんだ、かつて機械科学で補ったものを超能力学でこなせるさ」

「――先生がそこまで言うほど、なんですね」


 彩音は視線を下げ、ただ剛介へと向き合いはせずに問いへ答える。


「阿古くん、私だって人間だ。私は、君が思っている以上に君を頼っているし、とち狂っていないことへの拠り所としているつもりなんだよ」

「そりゃわかってはいるつもりですが――」

「奪ってしまった時間はさ、どうにも戻せないんだ。共時的に、今どうにか出来るかじゃない。私の罪は、彼の通時的な価値を時々刻々と歪ませてしまっていること――だと捉えているよ」


 彩音は剛介の言葉を遮り、どこか懺悔のように言葉を吐き出した。誰かに赦しを請うような、だがそれは叶うことなど無いことは彼自身が身に染みてわかっているのだろう。どこかに怒りを、またどこかに悲しみを、そしてわずかながら拭えないでいる昂ぶりを含めた彩音の告解を剛介は黙って受け止める他なかった。

 剛介は彩音京介という男の全てを知っているわけでは無い。剛介にとって恩師であり上司であり、研究を共に進める仲間であり、ある意味では狂気に染めさせられた憎むべき対象と言えるかもしれない。剛介自身としては、彼の人生において一番時間を共に過ごした相手ではある。だが、他方で彩音においては剛介と共に過ごした時間は人生の半分未満であり、最も彼自身を作り上げた時期と重なっているわけでも無い。

 長い時間を共にしていれば重い過去のひとつやふたつは話題にも挙がる。それでも、彼らの間にある「絆」のようなものは超能力への執着で結ばれているのみで、私情には良くも悪くも干渉し過ぎることな無かった。


「だけど、それは止まる理由にはならないわけだ」


 剛介が返答を選んでいる間に、彩音が言葉を続ける。その自嘲的な一言は、剛介にどう映っただろうか。共犯者であり犠牲者である阿古剛介という超能力者は、彩音という男をどう評価しているのだろうか。


「――そういうわけで、織原くんの報告書についてはその辺りを参考にしてね! ちゃんと情報管理室で公開閲覧できるように置いてあるからさ!」

「……了解です。今日の夜はどうします?」

「うーん、帰れないだろうしまた今度かなぁ。カールくんもいるうちにみんなで一杯したいねぇ」


 気付けば剛介の研究室は目前となっており、彩音は通り過ぎて彼と別れを告げるように手をひらりと振って挙げながら廊下を一人歩き去る。

 剛介は部屋に戻り、ケトルで沸かした牛乳でココアを一杯作り啜る。


「科学者が神様になろうなんて、とんだ驕りじゃないですかねぇ……」


 剛介は椅子にドカッと座ると、誰に問いかけるわけでもなく虚へ言葉を放った。

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