偏執狂の博覧会(1)
隣人は誰かひとりのためにあるのではなく、また違う隣人へ違う表情で寄り添っていることは自明であろう。
薄暗い研究室。四人の白衣の男性が厚いガラスの向こうを見つめる。彼らの目線の先には幾つかのベッドが並べられており、片手で数える程度の人がそれぞれ横になっていた。寝ているそれぞれの人間には電極が幾つか張られていたり、別室内には幾つかの装置が併せて並んでいた。
男性の一人は、オールバックに流した前髪を手で梳き椅子の背もたれを後ろへ押すように伸びをする。坐した彼の前には幾つかの数値と波形が浮かび上がる画面が幾つか、手元にはデーターを打ち込むためだろう少し変わったキーボードが置いてあるのみだ。
「うん、それで経過は?」
「御覧の通りですわ。剛介の能力が干渉したせいもあって回復は早まっとりますが、依然として生体反応は微弱と」
長髪の男性が誰に問うわけでもなく投げかけた質問を、当たり前のように茶髪の少しひょろながな男性は答えた。
四人の視線はベッドで横になる一人の男性に集まっていた。横たわる男性はTシャツ一枚で、春ということを考えると些か季節感に欠ける装いであった。彼を見つめる四人の白衣姿の男性たちの装いが、一層その違和感を強くもしていた。
「それでも能力が働いてるんだからびっくりしちゃうよねぇ! 阿古くんはどう思うかな?」
長髪の男性が金髪のやさぐれた青年、阿古剛介へと投げかける。一見、時代錯誤の不良を想起させるような剛介の風貌であるが、彼もまた白衣を着ており、立派な研究者の一人である。
剛介はその質問に若干顔を歪ませながらも、予想していたのであろうか間を空けずに口を開く。
「予想の範囲内ではありますけど、やはり内部からやられるとまだ脆いもんですね。息があるだけ十分おかしい話ではありますが――」
「それお前が言うんかい!」
「カールくんはいつでも軽いな、逆に安心するよ」
カールと呼ばれた茶髪の男性は自身のソフトモヒカンを整えるような仕草をしてみせて、オールバックの男性へと決めてみせる。剛介はすかさず短く咳ばらいをし、話題を反らさないよう圧をかける。だが、カール・ガルシアというこの似非関西弁の男には相も変わらず効果がないようで、気にも留めずに剛介へもどや顔を飛ばしてくる。
「それで、ここからどうなるんでしょう? 是非、彩音先生の見解をお聞きしたいですが」
「うん? 多田くんは真面目だねぇ。せっかく久しぶりに良い献体を得られたんだ、私の憶測を聞く前に十分考察した方が有意義じゃないかな?」
「本当にあなたは――どこまでも研究者であり、指導者ですね」
多田と呼ばれた男性は笑みを浮かべながら頭を掻き、椅子から立ち上がって画面が他の三人に見えやすいよう位置取る。多田邦弘は腕を組み画面とガラス越しの「献体」と呼ばれた男性を交互に見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……やはり、時間を置けば完治するのではないでしょうか? このまま植物人間になるということが考えにくいと言いますか、他の『献体』とは違うかとも」
「ふむ、根拠は?」
「根拠――ですか。あくまで医学的一般則と、そこから類推するに尽きますが……」
「多田さぁん、またお昼奢ってもらうハメになるんとちゃいます? 何日、何週間と見ます?」
長髪の男性、彩音京介の問いに対して多田は声を張らずに答える。すかさず、カールは「賭け」を持ち出してにじり寄ると、多田は一層自信の無さをその笑顔に滲み出させた。
彩音はそれを見て高笑いをし、「今度は食堂じゃ済まさないよ」と冗談っぽく放ち、数値の羅列が並ぶ画面へと視線を落とした。
「阿古くんはわかると思うけど、これは脊髄まで実験した献体に近い反応なんだよねぇ。あくまで数値を見る限りは、だけどね」
「それ治らんもんなんでしょうか?」
「『物理的な分離』があればいけんだが、どうにも注入とかされるとな……」
カールの問いに対しては、彩音の代わりに剛介がため息交じりに返した。多田もそれを聞きながら感心しつつ、研究室の棚に並ぶファイルを漁り始める。それを見ていた彩音が目的の物があるであろう箇所を指示し、多田は満足げに一冊のファイルを手に取った。
「……本当だ、勉強不足でしたね」
「多田さんは別件で忙しいんですし仕方ないですよ――誰かさんのせいで、ですね」
剛介は多田のフォローをしつつも、意味ありげに彩音へと視線を飛ばす。その彩音はというと、そのファイルに載っている実験結果について話したがっているのか、揺れるように落ち着きがなく多田のことを見つめていた。
すると彩音は饒舌になり、その時の実験と結果を語り始めた。「献体」に対して「水」をはじめとした様々な液体を、手始めに上腕動脈から結果が見られるまで箇所を変えていき、最終的には脊髄へと注入したという。
「脊髄へ注入――発想も凄いですが、出来るものなんですか?」
「多田くん、二十二世紀の日本に出来ないことはほとんど無いと思うよ?」
彩音の返事に、三人は思わず笑いを漏らす。彩音の饒舌が治まった所で、多田はファイルへと目を落として読み込む。結果としては、今彼らが見ている「献体」と同様、いわゆる植物人間という状態で落ち着いたという。
また、その時の「献体」は彩音いわく、今回見ている「献体」の奥で横になっているとのことだ。
「これ、阿古くんの考察とかはないの?」
「そうですね、客観性を欠くので」
多田は剛介の返事に唸り、少し間を置いて聞きなおす。
「差し支えなければ、どうだった?」
剛介は自然と、研究室の隅へと目を反らしてしまう。あまりそのことには触れたくないようで、それでも答えなければならない。さながら、悪戯を自白する子供のようなもどかしい表情を浮かべていた。
多田と一緒にカールも、恐らく「それ」を知っているであろう彩音も爽やかな笑みを浮かべて見つめて剛介の解答を待つ。
「……別にこっち見なくても良いでしょうに」
「いやいやぁ、時間経過と共に観測に対する考えは変わって然るべきだしね?」
彩音は目を伏せ一度言葉を区切り、少しの間を開けて続ける。
「失礼、当事者の体感だね」
彩音の言葉を受け、剛介は何か呑み込んだようにガラス越しの「献体」達を見つめる。不思議で、君が悪くも、だがどこか慣れてしまっている剛介がそこにはいた。そこらで見るファンタジー小説でも見ることのない、体験することのない経験を彼は日常の一部としていた。
「えぇ、まぁ。そうですね、あの時の俺は脊髄への真水の注入以前には既に再生能に支障をきたしてましたね」
「それ、途中で止めへんもんなん?」
「みなまで言わすな」
カールは剛介の返事に笑い声をあげて、賛同の意を込めて彼と肩を組み叩く。剛介はそれをただ受けるのみで、二人の間には目に見えて温度差が感じられた。ただそれも、二人の性格上のものであり、一種の友情が成せるコミュニケーションに違いない。
彩音も多田も、改めて遮られた向こうの部屋を見つめる。一人はTシャツのみで、何人かは黒いパーカーにジーンズで、はたまた別の者は白衣を羽織る「献体」達を。
「うん、じゃあデータも移せたかな?」
「とっくに終わってますよ、先生」
彩音がちらりと見ると多田は手元にUSBと数枚の用紙を掲げて見せる。彩音はそれを見て満足げに頷くと、再度ガラス越しの「献体」達へと視線を移した。
「じゃあまたね、阿古くん達よ」
ガラス越しに横たわる剛介達へと彩音が声をかけ部屋を後にすると、三人も彼の後に続いていく。
ある研究室、否、実験室には奇妙な光景のみが残る。阿古剛介達は、機械の画面から発される光を浴びながら、静かに天井を仰いでいた。




