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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
二章 自己の教育、認識の再構築
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仕組まれた爆薬(4)


 気が抜けたのだろうか、聖はそのままベッドで仰向けになり目を瞑る。既にチェックイン済みの部屋であったようで、サイドテーブルの上には部屋の鍵が置かれていた。部屋の中には一人分のキャリーケースがあるようで、くつろぎ方からして聖が取った、あるいは彼女のために手配されていた部屋だろうことがわかる。

 数秒も経たないうちに聖は寝息を立て、深い眠りへと入った。カミラとプリシラはそれを気にすることも無く、何も言わずにオートロックのドアを静かに閉めて部屋を後にする。


「聖、もう大丈夫なんです?」


 ホテルの廊下に出てすぐにカミラはプリシラへと問いかける。だが、プリシラの方が聖と仲が良いということは無く、二人の情報量は業務連絡及び聖本人による自己申告でしか把握していない。


「大丈夫――なんでしょう。ただ、前より眠りに入る時間が早くなったでしょう」


 当然、プリシラの返答も曖昧にならざるを得ない。二人は小さくため息をつき、エスカレーターに乗り一階のボタンを押した。

 ヒューマンエンパシーの中でも、対外的な作戦に抜擢される超能力者はそう多くない。より正確には、彼女達はあまり他の構成員を知らない、というだけである。


 ヒューマンエンパシーは日本によって植え付けられた歪んだ平和を壊し、かつての世界情勢を取り戻そうとすることを目的とした秘密結社である。国境を取り戻し、お互いを尊重し、時には意見の相違も生まれる。その先で戦争という手段を取ることも容認し、誰もが多様な選択肢を持つ世界。それが結社の悲願である。


 現在の世界は、恐ろしく平和である。表層的な個の尊重。批判の抑圧された環境下では誰もが全てを受け入れろと強いられているようで、争いは生まれずとも当人の意思が真に尊重されているかと、問われれば首を傾げる他ないものである。

 何事も二元論的には言えない物事は多くある。その中で、人々は互いに意見を交え、時には分かり合い、時には反発していた。それが今や全てが日本によって定められている。世界の皮を被った日本が白と言えば黒ですら白とせざるを得ない。戦後、多くのマスメディアは日本による超常的侵略を批難していた。しかし、それが今や一部でのみ保持されている機密事項と化している。歴史の真実すら、特定の立場にいなければ知る権利すら得られなくなっていた。そして、批難した多くの人間は抹消されていった。恐ろしい事に、それは所謂「抹殺」ではなく「個の消失」であった。洗脳でもなく記憶喪失でもない。彼ら批難した者達は、その活力をいつの間にか無くしていった。それは異常を日常と認知していったように。緩やかではなく急激に、世界に常識として受け入れ、広く蔓延してしまったのだ。


 このような事は、今の時代の人間が後から聞いてもおかしいと言うだろう。しかし、彼らは今を無理なく受け入れている。事実を掴みかけた一部の啓蒙家によって、真なる「個」を取り戻そうとする活動が時代錯誤な結社という形で浮かび上がったのだ。

 それは、世界に恐怖を植え付けたはずの超能力という禁忌をも制して成し遂げようとする。核の無くなった平和な世界では、その時点から既に核に変わる兵器として「超能力者」が重宝されようとしているのだ。前世紀の非核保持国であった日本に対して、これ以上ない皮肉のなるやもしれない。

 故に、カミラやプリシラは若くして世界のいびつさを叩きこまれながら、疑問を抱かない兵器としての育成がされてきていた。もちろん、代わりなど数える程度には揃えられている。学友だった誰かが今まだ生きているか、与えられた正義を全うしているかなど知る由も無い。薄っぺらい仲間意識は人生を捧げさせられた「教育」によって補完されている。


 ただ、それでも年々数は減るのだろうか。カミラとプリシラ、そして聖はここ数年において固定メンバーとも化している。時間を共にすれば話すことも増え、お互いを知っていく。だが、詮索することも無く込み入った仲にはなることは無い。


「織原莉乃に刺激された滑舌は無事に治せたでしょう。その後遺症としては、あまり関連性が薄いと考えられるでしょう」

「そうですけど――プリシラは心配じゃないです?」

「任務中に寝るわけでは無いのなら、聖の眠気もコントロール出来ているものでしょう。それならば、一過性のものと取れるでしょう」


 見るからに感情の起伏が乏しいプリシラは、階を表す数字が下がっていくのを見ながら淡々と答えた。反面、元気が空回りしていることが多いカミラは気分が沈んでいるようにも映る。緒方聖という仕事仲間への情か、あるいは別の何かか。相反する二人は少しの会話をすると目を合わせることもなくコミュニケーションをやめ、狭い個室には機械音とケーブルが軋むような音が微かにするまでとなる。

 話すことは無く、だが歩調を合わせてホテルを出ると、二人は別々の道でまたどこかへ消えていく。どちらも年頃の少女であることは明らかなはずが、彼女達の関係性がこの冷めた状況を生むのか。あるいは、彼女達を束縛する思想がそうさせるのか。


 次、カミラとプリシラが会う場所は言うまでもなく血が流れる場所である。そこでカミラは笑い、プリシラはぶっきらぼうに言葉は交わすだろう。だが、彼女達のコミュニケーションは日本と呼ばれた第一国区で織原莉乃と野比瑠奈がしているような、時代背景を問わない若者のやり取りとは明らかに性質が違う。

 これを嘆くか、必要な代償と取るか。もしくは、時代の犠牲者と言うのか。カミラとプリシラ、そして聖を含めたヒューマンエンパシーの人々は、己を他者にゆがめられていることを自覚することすら適わない。

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