仕組まれた爆薬(3)
未だ聖の食事が終わらぬ中、テーブルに置かれた彼女の電話が震える。画面には「ボス」と登録された相手からの着信が表示され、麺をすする聖は咀嚼を進めながら見つめていた。
「出ないんです?」
「――うん。能力バテしちゃったって後で言い訳するとしよう」
「聖、それは良くないでしょう」
プリシラの指摘に聖は鼻を鳴らして笑い飛ばすと、冷めないうちにと食事を再開する。ボスと彼女達が呼ぶ相手はそこまで寛容なのか、あるいは愚鈍なのか。プリシラが注意をしている辺りから、このような怠惰を赦すような人物ではないらしい。
すると、聖の肩に手がかかる。またしてもファンかと思った彼女は食事を止めることなく感謝の生返事をして応えるまでだったが、カミラとプリシラの表情が危機的状況であることを聖に知らせようとしていた。
「緒方、帰るまでが任務だと散々教えてきたつもりだったが?」
聖の後ろから聞こえる男性の声に、思わず彼女はむせてあやうく口から咀嚼物を吹き飛ばしそうになる。カミラとプリシラは席を立ち敬礼し、声の主へと敬意を見せる。
青く縦縞の入った品のあるスーツをまとった男性は聖の肩に乗せた手に力を込める。聖は己が身に迫るイレギュラーに対して機敏に反応をし、テーブルと椅子の狭い間であろうが構わず男性の方へ身体を向けて起立し、二人と同じように敬礼をした。
「ボ、ボス! 一体全体、どうしてこのような庶民の店に――」
「協力者から『やたら大食いの女が現れた』と連絡を貰ってだ。ここは良い店だものな、日本人が想像するイタリア料理のお手本ばかりだ」
「よろしければボスも――」
「私は結構だ!」
聖の場違いな気遣いにボスと呼ばれた男性は声を荒げると、凍り付いた店内に対して「失礼」と一言謝罪を挟む。
聖は男性から手を差し伸べられると、察したように先ほど調達したファイルとメモリを手渡した。スーツの男性はファイルの中身を適当に流し見ると、彼女達へと顔を向け直す。
「場所を移す。会計は済んでいる、緒方」
男性が聖へと指示を出すと、彼女は少し残念そうに食べかけのスパゲティを見ながら返事をし、四人の中央へ手を差し伸べる。他の三人は聖の差し伸べたそれにそれぞれの手を重ねるようにすると、イタリナンレストランから四人の姿が消えた。
店内には消えた人間に対する歓声の嵐と、食べかけのスパゲティが寂しそうに残った。
◆
ホテルの一室、満腹になった少女が三人と几帳面そうな男性が一人、円卓を囲むようにして立つ。最初に口を開いたのは、しかめっ面を浮かべた男性だった。
「九名、逃したな?」
ボスと呼ばれた男性の低く圧の籠った声に、施設を壊滅へと追い込んだ少女達は怯える子犬のように目を泳がせながら小声で肯定の返事をする。
「当初の予定時刻より終了時間が早過ぎる。何故だと思う、カミラ」
「……奇襲が有効に働いたから、です?」
「自信があるのは結構だが、事前に与えている情報の読み込みが不足してる。敵主戦力と対峙しなかったからと考えるのが妥当だ」
男性の指摘はカミラに問いながらも、三人を見渡しながら続けていく。
彼女達三人の戦力がニューロサイエンスラボラトリーの制圧において十分であることは明らかであったが、見込まれていた時間よりも早期に決着がついていることへの疑問を抱けないとならないと言う。ミーティングにてピックアップしていた対外抑圧を想定された超能力者との衝突が想定数に達していなかったと問うた。三人の少女それぞれの立ち回りにおいて、当たるはずであった戦力との邂逅が確認されなかった時点で物理的視野を広げ見直し、敵方の動きを観察すべきだと小言を連ねる。
「しかし、カミラによる被害の大きさを考えればそこに巻き込まれ――」
「希望的観測だな。あちらは腐っても第一国区の息のかかった機関であることを考えろ。こちらの能力が割れていなくとも、現場で分析されていた可能性が高い」
「被害に巻き込まれたように逃げられた、でしょうか?」
「そう考えて差し支えないだろう。もっとも、こうもあっさり人を切り捨てて行くとは意外だったがな」
聖とプリシラが口を挟むのに対し、男性は手元のスマホで壊滅した施設周辺の画像を眺めながら呟く。報告でも確認していたが、二十名強の超能力者と数十人の研究員を失う打撃は与えていた。ニューロサイエンスラボラトリーは第六国区でも指折りの研究機関であり、優れた人材の宝庫と言っても過言ではない施設だった。支配者側の視点で見たときに、ここの人材的リソースを大きく失うことは無視できないはずである。だからこそ機を伺っての襲撃をしかけ、打撃と情報の奪取を目論んだ本作戦が決行されていた。
それが蓋を開けてみればこのような有様である。手元にある情報は目論み通りの機密性を感じさせるものの、人に対する執着を感じない幕引きであったようにスーツの男性は目を細めて疑念を抱く。
「ボス、もっと暴れるべきだったです?」
「いや、一概には言い難い。情報統制で無視できない程度まで動くことはリスクが高い。現状、世間的には施設が一つ倒れたくらいで死体はまだ発見されてないだろう。大勢の死者という穴を、世界的にどう埋めるのか同行を探る機会にする」
「第一国区より増援はないでしょうか?」
「戦略級が戻ることを避けるための小規模強襲でもあるわけだ」
男性はそのあとに「無いとも言い切れないが」と一言付け加え、葉巻を加えて噛み千切る。彼が葉巻の先へ触れると火を上げ、不健康な煙で肺を満たす。
「第一国区でのプロジェクトが大きく前進しているとの話もある。私達に残されている時間もそう多くは無い」
男性の一言に、聖は国立神経科学研究センターで会った織原莉乃を思い出し、憎悪の表情を浮かべる。カミラとプリシラが冷や汗を垂らす横で、スーツの男性は浅くため息をついて聖を呼ぶ。
「最悪、核の少女の生死についてワガママは言ってられなくなるやもしれん」
「その時には、是非僕らにリベンジを――」
「気持ちは汲むが、そのサボリ癖が仇となるな」
男性は短く切りそろえられた頭をかきながら、聖へと釘を刺す。聖は縮こまりながら返事をすると、ベッドに座り込む。
集中力の切れた聖を見て男性はその場の話し合いをやめ、部屋を後にする。彼の背に、カミラとプリシラは綺麗に敬礼を、聖は猫背になりながらも申し訳程度に右手を掲げる。
彼女達が世界へ与えた打撃はいかほどか、あるいは打撃となっているのか。世界を揺るがすとは、そう容易なことではない。




