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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
二章 自己の教育、認識の再構築
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超能力の講義、戦いの流儀(3)


 日も暮れ始めたころ、莉乃はひとり駅のホームで立ち尽くしていた。

 愛羅と王の地獄の訓練を無事終えた莉乃は、二人とは施設内で別れて帰路についていた。相も変わらず、超能力者とあった日の帰り道は莉乃にとって情報を整理する時間と化している。剛介も交えた反省会、彼女だけでは思いつかないかったような視点ばかりを与えられた。莉乃は天才と持て囃されて育ってきていたが、それは勉学の範囲に留まっていたことを辛くも痛感する機会ともなっていた。物事を思考することを放棄し、単純な記憶力の暴力でこなしてきた学力に何の意味もなかったかと思うと、莉乃はどこか物悲しい表情を浮かべる。


「明美のこと、バカに出来ないなぁ」


 クラスメイトである佐野明美は普段から莉乃に質問をしてくることが多い。それは莉乃にとって不要なことと切り捨てている本質的なことばかりで、表面的には関心しながらもどこか無駄な徒労を背負う彼女を理解できないでいた。軽くあしらうことばかりであったが、考えを改める必要性を莉乃は感じていた。


 ぼんやりと愛羅との一戦を思い出している中、莉乃は忘れかけていたことを思い出す。


――超能力者の戦略的運用


 剛介の名前がついたファイルに入っていた、旧日本による反発活動を利用した実践検証のレポートのことだ。愛羅を含めた四人の超能力者による信じがたい所業。信じている自分の正気を疑いながらも、この一か月弱の経験は莉乃から正気を奪うのに十分だったことは言うまでもない。

 戦争は終わったはずだった、もはや憎しみ合うことも無い世界が実現しているはずだった。莉乃とて強い違和感を抱いて過ごしながらも、彼女の周りで実現されていた無垢な世界は退屈ではあれど心地よくあったのかもしれない。

 非日常に恋焦がれていた莉乃は、ようやく自分の手から零れるように消えていく虚像の日常を愛おしく感じ始めていた。


 国立神経科学研究センター前駅は今日も閑散としている。電車のアナウンスと機体の駆動音が遠くから聞こえるのみで、相変わらず他の乗客は見当たらない。

 ようやくやってきた帰りの電車に乗ると、帰宅時間とは思えない程に空の車両がある。莉乃としては気になるながらも、ここより奥が地方であることから深く考えないでいた。

 だが、これもまた誰かの意図では無いかと疑わざるを得なくなるまで、そう時間は要さなかった。


「あ、リノ」


 どこか癖のあるイントネーションに、莉乃は聞き覚えがある。一駅隣で唯一乗ってきた乗客は第六国区ニューロサイエンスラボラトリー局長、パメラ・マルタンその人であった。

 パメラは莉乃を視認すると、先日の劇的なまでの出会いが無かったかのように気さくな挨拶を飛ばしてくる。ぼんやり座っていた莉乃は思わず立ち上がり、今日の訓練で王がしていたように腕を掲げて構えてみせた。


「何をしてるのよ、転んじゃうわよ」


 パメラは莉乃の奇怪な動きを見ると笑い、反対側の椅子へと腰をかける。パメラが座ったことを確認すると、莉乃も電車が動く前に座りなおした。


「何の用ですか」

「あら、夜ご飯に都市部へ出かけることも許してくれないの?」


 莉乃が強く警戒するも、パメラは意にも介さず手に持ったスマホの画面を掲げてみせる。そこには飲食店のレビューサイトが表示されており、お決まりのように寿司が確認できたことに莉乃はなんとも言えない笑みを浮かべる。

 パメラはにこりと笑うとそのまま手元の画面に視線をおろし、特に莉乃に話しかけてくる様子も無かった。妙な間が出来てしまい、思わず莉乃から適当な話題を振ってしまう。


「あの――お寿司、好きなんですか」

「ん? えぇ、食文化もちゃんと輸入してくれてれば良いのだけどね。故郷じゃあんまりちゃんとしたスシは食べられないのよ」

「へぇ……職人技ってやつなんでしょうかね」

「そうね、超能力がどれだけ発展しても人間が万能になったわけじゃないものね」


 莉乃が愛想笑いで返すと、会話が終わりまたしても間ができる。襲撃に関与している可能性が高いとされている最重要人物が目の前にいて、莉乃は澄ました顔をできるわけでは無かった。少なくとも、ひとりでそれを実行できる機転は利かなかったようだ。

 更に言えばパメラは全く莉乃へと語り掛けてこようとしていなかった。先日、あれだけ忠告と勧誘を一方的にしておきながらだ。また何かしら惑わすような言葉が飛んでくると信じて疑わなかった莉乃の危機感は、予想外にも完全に空回りしていた。

 露骨にそわそわする莉乃を見て、パメラはスマホを閉じて口を開く。


「今日もキョウヤの所へ行ってきたのかしら?」

「いえ。今日は――他の人と顔合わせみたいな」


 不意に飛んできたパメラの問いに対して莉乃はあからさまに視線を反らす。怪しさ満点の莉乃だったが、パメラは特に突っ込むことはせず話を合わせる。


「そう、どうだったかしら? 私も近々伺う予定だけど、偉い人もいたでしょう?」

「偉い人、ですか――カールさんはわざわざ来てるんだっけ」


 莉乃がぼやくようにカールの名を呟くと、パメラは少し驚いて見せる。


「ガルシア博士もいらしてるのね、それは期待に胸躍るわ。明後日が凄く楽しみになったわ」

「明後日?」

「リノは聞いてないでしょうね、学会があるのよ。研究者でないと縁も無いものね」


 彩音が言っていたプレゼン会のことだろう、合致した莉乃は声を出して納得する。パメラは時間潰しがてら、今度の学会で彼女が発表するテーマの話をしてくれた。

 パメラは超能力の遺伝について専攻研究しており、彩音が話していた血縁における相関関係の有無の話を改めて当人から聞かされる。パメラいわく、超能力は遺伝的要因よりも環境的要因が色濃いらしい。そのため、彼女自身を被験者にした研究では親族関係ではなく共に過ごした時間によって、超能力干渉力場による影響が同系統の超能力発現に関与しているとの結果が出たらしい。そして、今回の学会では非能力者と超能力者を年単位で共同スペースに置き、時間経過による相関関係を示したことを発表するとのことだ。

 莉乃は相手を忘れて真剣に聞きこんでいた。今日はなにかと勉強になることが多く、先程までの無用な警戒はとっくに解けてしまっていた。


「――っと、もう着いちゃうわね。もし興味があったら後でレジュメを貰うと良いわ、キョウヤは嫌がっても阿古博士ならくれるんじゃないかしら?」


 また、今日は度々剛介の地位の高さを再認識させられて何故だか莉乃に冷や汗が流れる。心の中で何かを誓うように目を伏せ、パメラには「そうしてみます」とだけ返した。

 莉乃の自宅最寄りより数個前でパメラは降りていく。残りの十数分、莉乃は一人揺られての帰路となった。予想外に増えた情報量に困惑はしたが、数秒で悩むことを諦めて車窓から外を眺める。

 莉乃の心持ちは変わってしまったが、街並みは変わらず平和を体現し続けている。見慣れているはずの景色が、今の彼女には嫌に新鮮に映る。

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