超能力の講義、戦いの流儀(2)
「やっぱり先生の命名が早過ぎたんだろうな、織原はもっと超能力それ自体の可能性をわかった方が良い」
三人の異次元とも言える会話に呆ける他なかった莉乃へ、剛介は話を振るように提案する。急な振りに彼女はハッと驚くが、言われていることがいまいちわかっていないでいた。
「『神経操作』っつうのはお前の十八番なだけであって、超能力は全部ゆるやかに繋がってんだ。イメージはつかないだろうが、俺の再生能も真田の波動干渉も根っこは一緒のものなんだよ」
「わかるようなわからないような――だって二人の能力は全然違くない?」
「お前の今のしかめっ面を作ってんのも、今こうやって座ってんのも筋肉使ってるだろ。やってることは違うように思うが、似た要素を含んでる。そんな感じだ」
剛介の説明を受けても、なお莉乃は釈然としない様子であった。彼の言っていることが理解できないわけではない。ただ、莉乃の中で超能力は未だに得体のしれないもので操作を実現している実感が無いことが致命的であった。
何かに精通したものはより鋭敏に身体性の違いを感じ取れる。莉乃はそれを運動においてわかってはいるつもりであった。彼女の対人格闘のそれは信じられない程の速度で達人の域に到達しており、感情のスイッチが伴ってしまうものの日常と戦闘で意識的に運動性を切り替え、その違いをわかっていた。
だが、残念ながら超能力者には別の弁別能が求められていた。莉乃の中にない以上、これに気付くことなど叶わなかったのである。
「そうなると、彼女にはどういった指導が必要でしょうか?」
「そうだな――動きがぶっ飛んでるって事は能力を有効活用できているのに違いない。おそらく、運動とか感情と能力が結びついちまってんだろ」
「そらぁ仕方ねぇことじゃないんすか?」
「大抵は無視する程度の依存だが、だいぶ根深いぞ織原は。超能力と人格の解離が同時に行われてると疑われてもおかしくないくらいだからな」
王と愛羅の質問に、剛介は彼の観測してきた莉乃のふるまいから考えられることを丁寧に話した。
剛介いわく、莉乃は能力発現時に酷く冷静な側面に突然変化すると言う。莉乃は彼女の能力を持ってこの現代社会に放り込まれていた弊害か、周りに合わせることを無意識化で能力に任せていた部分があったのでは無いかと考えている。負の感情を拭い去り、冷静に合理的な解を導くことに優れた感情の状態が能力発動と結びついてしまっている。それ自体は一見して問題が無いように思われるが、能力の自在性という観点では何かのブレーキをかける要因になるのではと懸念していた。
超能力はその能力者の感情にも強く依存するものであり、お決まりのように怒りや悲しみで強く暴走することも多くあった、と過去の研究結果として残っているらしい。正の感情か負の感情か、どちらがより優位に能力の強度に関係するかは未だ結論がついていないが、意図して感情をコントロールできる方が望ましいことには変わりない。
「そういうわけで、今の鉄仮面みてぇなそれも出来て欲しいが、もうちょい気持ちに関係なく能力を使えるようにしたいな」
「流石は副所長様だ、茶化せる余地も無ぇぜ……」
「強引にでもお付き合い頂いて良かったです」
「ここら辺の報告書も丁度今やってんだが――まぁだからお前らは情報が足りてなかったってだけだ、何かと後手になることばかりで悪いな」
感服する二人の部下へと剛介は手をひらりと揺らして謝り、莉乃へと向きなおす。莉乃は剛介の話を聞きながら、必死に自分へ落とし込もうと顎に手を添え唸るばかりであった。
「小難しい言い方しちまったな、要は能力で遊んどけってところだ。その辺は野比が理屈抜きで良い相手になるだろうよ」
「なんで瑠奈なの?」
「身だしなみのために能力特化させてる奴だぞ? 有効活用してる奴は少なくないが、能力で全部補える精度でやってんのはあいつくらいだ」
「副所長でも出来ないんすか?」
「俺はあくまで復元だからな、その日の気分で変えられるような器用さは無いな」
愛羅は少し驚いたように関心しながら、スマホを取り出してメモをした。莉乃も同様に驚きながらも、普段の瑠奈の性格と初対面の時に橘へ行った所業を思い出して妙に納得してしまう。
瑠奈は毎日のように身だしなみを能力で整えており、それも一日に数回行っているように莉乃には思える。最近ではあまり口には出していないが、莉乃は一日のうちに瑠奈の変化に気付くことが多かった。「化粧直し」と称している瑠奈のメイクアップタイムは完全に瞬間エステと言えるもので、酷い時ではトイレに立って戻ってきたら顔のラインが引き締まっていた事もあった。三度見をしたその日の帰宅後、検索エンジンで調べてみたものの個人で出来るメンテナンスのそれではなく、プロが施術するのに要する時間と比較にならない程早いことをよく覚えている。
「そんなもんかな、じゃあ俺はお役目御免ということで――」
「せっかくここまで来たんだし、阿古さんも愛羅さんか王さんと組手していきなよ」
すぐさま去ろうとする剛介を莉乃は引き止めるように腕を掴む。所内のサンドバッグ担当の剛介に多く教えて貰ったものの、実践を見せて証明して欲しいというのが正直な所なのだろう。
莉乃はにやつく顔に剛介は困った顔をするのみであったが、名前を出された二人はまた違ったようだった。
「い、いや織原! 副所長に悪ぃからそういうのは! 十分有難かったよな、王!?」
「違いない、違いないぞ! だから変なことを言うんでない!」
妙に焦る愛羅と王に莉乃は違和感を覚えるも、あまり望まれていないようだったので剛介から手を放す。すっきりしないながらも小声で彼に謝り、少し縮こまる。「またな」と剛介は手を振り、特に気にすることも無くその場を後にした。
「すいません、迷惑とかあまり考えてなくて――」
「お前ぇよぉ、副所長と誰が組みてぇと思うんだよ……」
「そ、そうですよね。一応阿古さんは二人の上司ですもんね」
「織原も自己研鑽に努め、機会があれば副所長に手合わせ願うと良い。気さくな人柄が災いして、どうしても軽く見られがちだからな」
愛羅と王の剛介を語る瞳にはどこか畏怖の念が感じられ、莉乃はその空気感に違和感を覚えずにはいられなかった。初めて戦った超能力者と言って差し支えが無い剛介だったが、莉乃は簡単にいなしていたのだ。その莉乃を容赦なく追いつめた愛羅が張り詰める理由が、莉乃にはさっぱりわからずにいた。
織原莉乃は、まだ何も真にわかっていることは無かったのかもしれない。




