超能力の講義、戦いの流儀(1)
午後三時に差し掛かろうとしている頃、国立神経科学研究センターでは今日も多くの研究者が未知の解明に尽力し、多くの超能力者が様々な実験に参加している。広い施設内の各所では異音がうっすらと鳴り響くのみで、人の声が聞こえる事は稀だ。
だが、今日に限ってはそうでもないらしい。正面入り口ロビーのスペースで4人の男女が、全く声のボリュームを抑えることなく話していた。
「じゃあ反省会始めるぞぉオラ、阿古副所長もお付き合い頼みますわ」
「俺まだ仕事が――」
「副所長、先生からは『織原くんの事は最優先で』との連絡が」
剛介は心底うんざりした顔をしていた。目の前にいるのは後輩もしくは部下にあたる三人の超能力者であって、振り回されることも無いと安心して治療のみするため足を運んだはずだった。彼の研究室ではまだ作成中のファイルが保存をかけず開きっぱなしで、昼休みに買ったばかりのホットココアが飲みかけのまま放置さてている。順調に定時退勤を果たせるはずであった。より正確に言えば、庶務を定時までに片付け、その後は施設を出るまでの間にある知人の部屋に寄って超能力談義に花を咲かせる予定であった。
どれだけ剛介が綿密なプランを立てようが、彼の思惑はひとつの大きな障壁が常に付きまとっている。彩音京也、剛介の恩師であり上司であり、そして何の前触れもなく要件を投げつけてくる悪魔だ。
剛介とて莉乃に気をかけているし、愛羅と王へも同様に接してきていた。それ故に、三人は剛介がいることでどこか良い雰囲気を醸し出している。だが、それと彼のプライベートが阻害されることは別問題である。残念ながら、そこまで気を回せる部下はここにはいなかったようだ
「織原はよぉ、動きは異様に良いんだが経験の無さを自覚してねぇんだよなぁ」
「今回で身に染みて感じただろう。私との手合わせは言わば『スポーツ』、正々堂々と肉体言語であったからこそ遅れを取った」
「――真田とは初っ端から能力込みでやったってことか」
剛介は諦めたように話に加わり、彼が来るまでに何をしていたかをそれとなく察した。普段であれば愛羅も一度は普通に組むところを、莉乃とはそれをしていなかったことを意外に感じたらしい。
「副所長も見たことあるんすよね? これと真正面からやってたら残機あっても持たねぇっすよぉ」
「見ただけじゃなくて阿古さんとも一度――」
「あぁあそうだな! 俺も坂上の時に見てたが凄いよなぁ! おぉ、凄いんだわ織原!」
莉乃が口を滑らせそうになると、剛介が声を大にして口を挟んだ。どうやら莉乃と初対面で行った痴態は彩音の善意で広まっていないらしい。莉乃の冷めた目線を必死に受け止めながら、剛介は一息ついて言葉を続ける。
「まぁ確かに、超能力者を相手するってなると不安要素は多い。一発綺麗に殴れれば後は坂上と同様の処理をすれば良いにしても、能力によっては近づけないだろうな」
「はい、それを身体能力で補うにも限度があるかと。今回は愛羅が相手をしたことを抜きにしても、今後の反乱勢力の能力者を彼女に任せるのは――」
「織原はよぉ、なんでボコられたと思うわけよ?」
王が剛介に意見をしていた途中、愛羅が遮るように莉乃へ問いかけた。王は少しムッとするも、愛羅がヘラヘラとして手を合わせるのを見ると許すように目を伏せ、彼も莉乃へと視線を向けた。
「なんで――ですかね。愛羅さんは光を操るって聞いたからまず電気を消そうと思って、あとは消す前の位置関係から考えて始めればって思ったら……殴られてました」
莉乃は集まる視線に焦りながらも、思い返すように自分の考えの変遷を述べた。それを聞いた愛羅は声をあげて嘆くように天を仰ぐ。
「短絡的すぎんだろどあほぉがよぉ。色々言いてぇことは多いが、基本的に相手の能力を環境条件で無力化出来るわけねぇんだよ」
「かんきょ――え?」
「超能力を封じようってのは難しいってことだ。考えはわかるが、ひとつの対策で能力に支障が出るまま出歩く奴はそういないしな」
愛羅の怒声じみた説明を剛介が噛み砕いて莉乃へと落とし込む。
「例えばだ、今回織原は真田との距離を詰めることで能力を優位に使おうとしたよな?」
「うん、触れないと私の能力ってどうにも出来ないと思うし」
「それ自体も考える余地はあるが、自分の能力を最大限発揮するための努力をする必要がある。今までは不意をつけた事とお前の速さがどうにかしてたが、そう都合の良い時ばっかりでも無い」
剛介の言葉に、莉乃は王との一戦を思い返す。不意を突けてはいなかったが、莉乃としては王の虚を多かれ少なかれ突いたつもりでいた。だが、彼女の足は彼の頭に届くことなく、むしろカウンターすら浴びてしまった。王の能力は定かではないが、先の肉弾戦に何かを交えて行われていたらと考えると、莉乃は勝利を楽観的に喜んでいた自分が恥ずかしくなる。
これから対峙する相手が何にどの程度精通しているか不透明ではあるが、莉乃としても自身の戦いの在り方を考える機会を得られていた。
「織原、そういやお前この前の三人組とやった時、相手が能力使うってわかってなかったか?」
「わかったようなわからなかったような……なんか『嫌な予感がした』ってだけ」
剛介が思い出したかのように質問をすると、莉乃も思い出したように数日前のことを話す。緒方聖との握手を交わそうとした時、確かに莉乃は身を引き、聖の空間転移の餌食になることを一度避けていた。
「それがもし意識的に出来るようになれば、真田の位置測位と似たことが出来るかもしれないな」
「あれは俺の能力在りきだとは思うですが、どうなんすか?」
「能力発現による体内の信号を皮膚で感じ取れるレベルで出来てると仮定するとだが、こいつなら出来ても驚かないな」
莉乃は置いてけぼりであることを剛介に目で訴えると、彼は一言謝り莉乃へも説明をしてくれた。
愛羅は波動全般に干渉する能力を有しているため、超能力者が能力発現時に外界へ漏らす刺激の物理的な波動を利用して事物の位置を把握することが出来る。言わば超能力者の誰もが有している微小な刺激の波を使ったソナーである。
彩音や剛介といった研究者の立場の人間が「干渉力場位置測位法」と呼んでいるそれは、特殊武術として区分されることもある。だが、現状この施設内で出来るのは真田愛羅のみであり、一部の超能力を保有する者がこれを原型として似たような技術を体得しようと努力し、それに伴う研究も行われている。
「五感でどうにかなるもんなんすかねぇ……」
「わからんが、やってみても良いんじゃないか?」
「私も賛成です。あの反応速度、反射で成せるものでは無いかと」
勝手に盛り上がる三人に、莉乃はとりあえず「暗くしても愛羅にははっきり場所が特定されていたらしい」ということのみを理解し、愚策を講じたことを自覚し更に恥ずかしくなる。
縮こまる莉乃を気にかけることもなく、三人のベテラン超能力者による織原莉乃改造計画は止まる事なく膨らんでいった。




