閃光の戦乙女、愛羅(6)
短期間での二度目の対峙、今回の莉乃には情報アドバンテージもあった。愛羅の超能力が光に関するものであるという前情報は、莉乃の行動をひとつの行動へと導く。
何が合図になるわけでも無く始まった二人の殺し合いは、莉乃が自身の靴を脱ぎ、訓練室の電気のスイッチに投げつけることから始まった。吸い込まれるように目標に達すると、靴が壁にぶつかる大きな音と共に訓練室は一気に暗くなる。技能訓練室という特性上、割れ物は避けているのだろう。部屋には一つも窓が無く、陽の光も届かない。莉乃自身も目が慣れるまでに時間を要することは違い無いが、それは愛羅も同じであろう。
その莉乃の考えは、彼女の顔面を通して伝わる痛覚によって不正解であると突きつけられた。
真っ暗な中、愛羅のものであろう拳が見事に莉乃の顎を捉えて振りぬかれた。意識が飛びかけ倒れて混乱する莉乃に対し、愛羅は無駄話を挟むことなく追撃の蹴りを浴びせる。まるで見えているかのようにみぞおちへと愛羅のつま先が刺さり、莉乃は声にならないうめき声をあげる。
明らかな危機を感じ、蹴られた逆側へと身を転がしてうつ伏せになり愛羅との距離を取る。それでもなお、駆ける足音は無情にも莉乃へと近づき、またしても愛羅の蹴りが飛んできた。苦しみながらも、少し目が慣れてきた莉乃は聴覚と僅かな視覚によってそれを捉え、両手で受け止めた。ようやく距離を詰められた莉乃は、足から足首に掴み変えて愛羅のバランスを崩そうと強く引っ張る。
――抵抗がない?
引っ張った莉乃は違和感に襲われたかと思うと、愛羅の足首から筋の伸びを感じ取る。瞬間、脛との距離が縮まる事に気付き、莉乃は足首を手放してもう何度か後ろへ下がるように転がる。莉乃がコンマ数秒前までいた場所ではゴンッという鈍い音が鳴り、愛羅の痛がる声が聞こえた。そして、莉乃にはそれがうっすらながら見える。
好機と捉え、莉乃は状態を起こして勢いよく殴りかかる。膝を床に打ち付けた愛羅は痛がっている素振りを見せており、莉乃は暗がりの中でもその顔を確かに捉えていた。
それ故に、莉乃は敗北を喫することとなった。
莉乃が拳で捉えていた愛羅の顔に、下衆らしい笑みが見られた。莉乃がそれを視認したかと思った、視認したはずだったその瞬間、彼女の視界は恐ろしい程に眩い光に覆われ白く染め上げられる。
莉乃は思わず反射的に腕をかかげて目元を覆って身を引くと、またしてもがら空きの顎へと愛羅の一閃が叩き込まれた。脳が酷く振り回されるように揺れ、横たわるように倒れる。それでも立とうとするが、もはや四肢を思うように動かすことすら叶わなかった。
「そこまでっ!」
真っ暗な中、王の声が終わりを告げた。愛羅のため息が聞こえたかと思うと、莉乃から足音が離れていき訓練室の証明がつけられる。
床には莉乃のものであろう血痕が数か所、彼女の口の中は血の味が蔓延している。対する愛羅は特別な表情を持つことも無く、莉乃のもとへと彼女の靴を持ってやってきた。
「まぁさかお前もこの手を使うとはなぁ。まだ目瞑ってやる方がましだぞ?」
莉乃の腕をグイっと引き上体を起こしながら、愛羅はかったるそうに語り掛けてきた。しかし、莉乃にはあまり届いていないようで、まだぼやけた視界と世界の揺れが収まらず放心状態になっていた。
王が愛羅へとキツい口調で何かを言っているような声が聞こえるが、今の莉乃には外の言葉を処理する頭は無かった。二人の会話は少し続いたかと思うと、三人目の人影が莉乃の視界にぼんやりと映り込む。それは無駄によく見たようなシルエットで、莉乃へ近づいて来たかと思うと、次第に彼女の意識は鮮明になり彼の顔を明確に認識した
「あぁ、阿古さんか……どうも……」
「お前でも真田を相手にするのは早かったみたいだな、大丈夫か?」
剛介の問いに莉乃は首を縦に振ると、程なくして自立できるほどに回復を施された。剛介は莉乃の顔を丹念に見つめながら手を当て続け、いくらかやると納得して手を離した。
「顎がズレてたがこれで戻ったろ。真田の王道パターンでやられたな、俺も見慣れちまったもんだ」
剛介はじっとりと愛羅を見ると、彼へと手をわせて軽く謝るような素振りを見せていた。王からは剛介へ丁寧な感謝と謝罪が述べら、剛介も特に気にしていないようで手を掲げ止める。
「いやぁ、俺だって阿古副所長がいるってわかってなきゃやってないっすからぁ」
「俺だけならまだ良いが、お前のそれで何人の新人を悠美の手間もかけさせるようにしてるかをだな――」
「あれも悠美の趣味っすから、ギブアンドテイクの関係ってやつっす」
「なまじどっちも治っちまうし、困ってるんだけどな俺は」
剛介はいつも通り深く深くため息をつき己が立場を憂いているが、愛羅は軽く笑っており全く気にしている様子は無かった。
莉乃は意識が戻りながらも放心状態でいたが、ようやく口を開いた。
「あの、愛羅さん」
「ん? 悪かったな、遠慮なくやらせて貰っ――」
「何が悪かったんでしょう? 私、どうしたら愛羅さんに勝てますか?」
莉乃の一言に、三人は驚きを隠せないでいた。愛羅が新人能力者に稽古をつける事は多くあり、どこかしらの段階で一度は容赦なく叩きのめしていた。それは彼女なりの優しさでもあって、味方に囲まれた安全な環境でありながら現実の非情さを思い知らせるのが目的だった。
その現場には幾度か王も立ち会っており、事後現場には毎回剛介が駆けつけているわけである。王が立会人をしている訓練では比較的被害が軽微であるが、愛羅を静止するのに躊躇する者が立会人の時には口をきけなくなっていることが少なくない。もちろん、愛羅も同胞を殺めるようなことは決してしないが、彼女の闘争本能は理性のブレーキをかけるまでが遅い。幸い、愛羅は死ぬ間際の人間がどういうものかわかるのか、虫の息にはしても止めをさした事は未だない。
そんな中で、莉乃のこの発言は三人が目を丸くするのに無理もないものであることは明らかであろう。莉乃は数分前まで一方的になぶられていたのに「次」を絶対的に意識し、形勢を逆転する手段を求めているのだ。この原動力は好奇心か、あるいは愛羅同様に闘争本能か。莉乃自身も理解はしていないが、なんにせよ彼女の学習意欲はあまりにも自己の感情を置いてけぼりにしているように映る。
「やっぱ良いな織原ぁ! そうこなくっちゃあなぁ、良いぜお前!」
愛羅は大変満足したように満面の笑みで莉乃の肩に腕をかけた。それにも莉乃は怯えることなく、一戦する前と同じように困惑して見せるだけであった。関心する王の隣で、剛介は一周回って呆れ果てて頭を抱える。期待の新人は、どう見ても期待の変人なのだ。現代社会に馴染んでからやってくる多くの超能力者は剛介ですら距離を感じるほどにお利口さんなのだが、どうにもこの織原莉乃という少女は異端らしい。
狂人ばかりのデブリーフィングを始めるため、四人は第一技能訓練室を後にした。




