閃光の戦乙女、愛羅(4)
「織原よぉ、新人が遅刻してくるなんてぇのは初めてで俺は驚いてるぞ」
「す、すみません……」
「いや、怒っちゃいねぇんだがよぉ。ほら、お前らって遅刻に過敏だろ? 大丈夫か? 学校ちゃんと行ってっか?」
「今日はちょっと――好奇心が抑えきれなかっただけです」
第一技能訓練室、恐怖心を抑圧して待ち合わせに到着した莉乃は順当に愛羅からの小言を受けることになっていた。小言というには生易しいもので、意外にも愛羅は莉乃の日常生活に対して気にかけていた。超能力に関わるとどうにも一般常識を欠いていってしまうことに愛羅は自覚があるようで、自然と姉御肌を発揮していた。莉乃としては、その気遣いを是非とも昨日の電話の時から見せて欲しかったことだろう。
二人の真ん中に立つように、屈強な身体が似合わぬ薄い顔の男性がいた。彼は特に口を出すこともせず、たくましい腕を組んでただ静かに二人の会話を見守る。
「この話はもういいか。やりにくいだろ、お前ぇら自己紹介しやがれよ」
「そういうとこなんだけどなぁ――遅れてしまって申し訳ありませんでした、織原莉乃です」
「王 浩宇だ、私も先日の会議室にいたので君のことは知っている。よろしく頼む」
王と名乗った彼は、灰色のタンクトップから伸びた太い腕を軍パンにピタリとつけて綺麗なお辞儀を莉乃へする。莉乃もつられるように綺麗にお辞儀を返すと、愛羅の馬鹿笑いが訓練室に響き渡る。
「オウムかてめぇは! なにコントやってんだ、さっさと本題に入んぞ」
愛羅が仕切りなおすと、彼女はスマホを手に取る。画面が立ち上がったかと思うと、三人の前に大きな画面が映り出した。画面にはスライドが表示されており、愛羅が指をさすと赤いパワーポインターのような点が浮かび上がる。
「戦闘ってぇ戦闘になるにあたって、織原にも特殊武術っつうのをやって貰う。幾らか武術の心得がある織原ならそう難し――」
「え? 私、体育で柔道を少ししたことしか無いんですけど」
「……は?」
莉乃が口を挟むと、愛羅は見たことのないような驚愕の表情を浮かべていた。隣にいた王も驚きを隠せないように、口を縦に開けて莉乃を見つめる。
二人の視線を受けて、莉乃も思わず固まってしまう。何がこの状況を引き起こしているのか理解していないらしい。
「いや、だってお前、別に喧嘩しねぇだろ?」
「はい」
「サッカーでもやってたか?」
「いえ、何でですか?」
「愛羅、あれはスポーツで養える動きでは――」
「わぁーってんだよ!」
王の言葉に思わず愛羅は声を荒げてしまうと、画面がスライドから莉乃に関する報告レポートへと変わる。自分の顔写真付きの詳細な報告書に、莉乃は思わず目を背けてしまう。他方、愛羅と王の二人はまじまじとレポートを眺めて話していた。
「――これのことだよな?」
「うむ、しかし――」
「だよなぁ!? 『類まれなる身体の操作性を有する』の一文で済むかこれ!?」
「研究者にあるまじき怠惰……後程、抗議に向かうべきだ」
「違ぇねぇ。だが、今日はこれどうすっか」
莉乃を置いてけぼりに、愛羅と王は緊急ミーティングを始めてしまう。莉乃のスペックが予想外にも程があったのであろう、二人の計画が破綻したらしく焦っていた。
莉乃は逆に申し訳なくなってしまい、どうすべきか一人であたふたする他ない。それが視線に入った愛羅は莉乃をじっと見て少し考えると、口を開いて王と莉乃へ提案する。
「やべぇのはわかったが、それなら座学を叩きこんでやっても悪くねぇか。それとも模擬実践の方が気合い入るか?」
「その、殴る蹴るってあんまりしたこと無いので、実践の方が良いかなぁと」
愛羅はそれを聞くと深いため息をつき、王の方へと顔を向ける。王は首を縦に振ると、莉乃の前に立ち尽くした。
「それならば、私とひとつ手合わせを。愛羅と組むと変な癖がついてしまうかもしれない」
「否定はしねぇが、俺だってちっせぇ面子保つために能力使わねぇよ。組むなら自己強化の範囲だけでするわ」
王は鼻を鳴らして笑い、愛羅はそれに軽く舌打ちを打って流す。やることが決まって話が進み、莉乃は私服から持参のジャージへ着替えてきた。
第四中央高校のジャージはあまりパッとするデザインではなく、いわば芋臭さの溢れるデザインだ。だがこの時代の女子高生は着崩すわけでも愚痴を垂れるわけでもなく、しっかりと運動着として着用するのだ。無論、莉乃もそれに該当しており、ジャストサイズで特に色気のない仕上がりになっていた。
「ほんとマメだなお前」
「訓練室なんて言われたら準備しますよ」
「愛羅、運動着くらいこちらで用意できるのだから伝えても良かったのでは」
王の小言に愛羅は「うるせぇ」とだけ否定はせずに吐き捨てると、壁際まで下がって胡坐をかいた。さっさと始めてくれという合図らしく、王も莉乃と少し距離を取って構えた。
「戦い」というものに慣れていない莉乃はどうするべきかわからず、キョロキョロと二人を交互に見つめて助けを乞う。
「そうだな、とりあえず倒したら終わりだろ。俺が審判するわ」
「それで良い。織原、いつ始めても良いぞ」
「あの、どうするとスタートなんですか?」
ポカンと棒立ちのままの莉乃は、組手というものがピンと来ていなかった。愛羅は距離があっても聞こえる程に大きくため息をついてやると、莉乃へと叫ぶ。
「とりあえず殴るか蹴るかしかけりゃ始まんだよぉ! やっとけやっとけ!」
「あぁ、そういう感じなんですね」
そう一言、莉乃が呟いたかと思うと彼女は床を力強く蹴った。王との間を三歩で詰めると飛び上がり、十八番の回転蹴りを遠慮なく王の側頭部めがけて繰り出した。その一連の所作はあまりにも綺麗で、蹴るためではなく新体操の技では無いかと見間違うほどだった。
距離を置いて眺めていた愛羅は思わず感嘆の声をあげる。その悪魔的な、命を刈り取るべき放たれた一撃を受ける王も驚きはしたものの、足の軌道に合わせて避けてみせる。彼は避けながらも身体を捻って莉乃を正面に捉え、左腕を振りぬいて宙に浮く莉乃のみぞおち目掛けて拳を繰り出す。
宙に浮く莉乃に避ける術はなかったが、空いた腕をクロスさせて王の拳を受け跳ね飛ばされる。衝撃を流すように一度後転を挟んだ独特な受け身をすると、その勢いを逆手に身体を起こして再度距離を詰めて入ろうとした。
「また飛ぶか? 見事な蹴りだが、それだけでは馬鹿の一つ覚えというものだ」
王の台詞を聞くまでもなく、莉乃はまたしても景気よく跳ねる。宙を舞おうとする挙動を目視したのか、もはやそれは反射とも言えようレベルで王も踏み込んで互いに距離を詰める形になる。こうなれば、莉乃は身を捻る回転蹴りで予想していた足の着地点がズレることになり、それまでの滞空時間が無防備になってしまう。
愛羅から見ても、莉乃の飛翔は愚考とも取れるもので、良いお灸を据える機会だと微かにはにかむ。王は右の拳を、今度は莉乃の顔面めがけて振りぬこうとしていた。
織原莉乃の、もはや才能と形容するのが正しいであろうその格闘センスに、二人は更に度肝を抜かれることになる。
一見して、回転蹴りの予備動作として高く飛翔したように見えたが、王の踏み込みの後にすぐさま莉乃は跳躍を中止するように右脚で踏みとどまると、王に背を向け、自身の身長を超える程に高いバク宙を披露する。王の右拳を縦軸で避けた莉乃は、自身より十数センチ高い王に肩車のように飛び乗り、勢いそのままに上半身を思い切り後ろに重心を持っていった。
王は何をされているかはわかってはいながら、何が起きているか理解が追い付いていないようだった。彼は女子高生の太ももに頭を挟まれたかと思うと、首を持っていかれそうになり動揺を隠せずにいる。だが、王も手練れであるからこそここにいるわけである。命の危険を察知し、莉乃にされるがままに倒れられるよう、逆方向へ向かっていた慣性を殺すように踏みとどまりながら、上体を反らして仰向けに倒れるように合わせた。
王が見事に受け身を取るように、大きな音を鳴らして背中から地に打ち付けられる。その彼に天を仰がせた莉乃はというと、王に絡めていた脚をほどき側転してその数歩後ろで立ち尽くす。
「いや、プロレスかよ!」
一連の動作に、思わず愛羅が突っ込むと莉乃がビクリと肩をすくませる。倒された王はというと、高笑いをして「負けだ」と白旗をあげていた。
莉乃の初組手は無事白星をあげて終える。彼女のポテンシャルの高さに、指導陣の二人は震えを通り越して笑うしか出来なかった。




