閃光の戦乙女、愛羅(3)
国立神経科学研究センターは恐ろしく広い。館内地図を見ても、至る箇所に色々な部屋がナンバリングされて置かれている。例えば今日この後に訪れる第一技能訓練室はロビーから近くに配置されているが、第二技能訓練室はかなり奥、十数分歩いて辿り着いた記憶がある彩音の研究室寄りの場所に配置されている。学生の莉乃であれど、ピンとは来ないながらもこの施設の構造的なイビツさには違和感を覚えざるを得なかった。部屋の間取りが滅茶苦茶で、一回で建設されたようには思えなかった。
目的地である情報管理室もロビーから最短で迎える第三情報管理室となっている。ナンバリングの意図や法則性は莉乃にも全くわからなかったが、それも目的地に行けばわかることかもしれない。幾つかの廊下を超え、階を二つ程上がって更に歩くと目的地にたどり着いた。地図を見るに、部屋は相対的にかなり広く設けられており、出入り口のドアが幾つもある。部屋内部の間取りは書かれていなかったため、莉乃は歩いてきた側の手前のドアを一応三度叩いて入る。
「失礼しまーす……」
小声で失礼する莉乃だったが、中はまさに図書所蔵庫といった様子で、人の気配は特に感じられない。いるのかもしれないが、図書室のように静かに過ごすことが暗黙知として通っている空間であるように莉乃も感じ、静かにドアを閉めて入る。
見回す限りの本の森といった景色に、莉乃は癖のように検索する機器が無いか探しながら歩く。しかし、ここにあるのは紙媒体のものばかりで、電子機器は誰かが持ち込んだ私有のタブレットや電子辞書しか見当たらない。
『何事もオフレコでってやつだ。こんな時代でも、一番安全な伝達手段はアナログに限るって先生がよ』
少し前の剛介の台詞が莉乃の頭によぎった。データベースの情報管理に彩音は幾らか警戒をしている節が時折見られていた。その割にはメッセージ等もすることに莉乃は疑問を抱くも、このアナログ全開な情報管理体制に一応の納得をつけられた。
管理状況も不親切なわけでは無く、図書館のように情報の内容によって場所をまとめられ、しっかりと棚にも誘導するようにラベリングされていた。莉乃が適当に「哲学」の棚を見れば、作者の名前が五十音順で並んでいることがそれとなくわかる。哲学にあまり興味も関心も、理解も無い莉乃はその棚をすぐさま離れ、部屋の奥へと歩き出す。
少し進むと莉乃の足が止まる。目線の先には「調査レポート」の文字があった。棚と棚の間に入り、全体を眺めると莉乃は少し驚いた。そこには分厚い本があるわけでは無く、多くのファイルが置かれていた。背表紙には「阿古剛介」の文字の入ったものもあり、左上から右下に目線を流すと他にも知った名前を多く見受ける。
その中で、莉乃はあまり悪気がしないであろう剛介のファイルを手に取り、中に目を通した。中には剛介についての事が書かれているわけではなく、彼が書いたであろう論文や報告書であろうものが挟まれていることがわかる。適当な論文を軽く読むと、彩音を指導教授として剛介の超能力について他者への干渉を検証するような内容であった。知っている範囲のことだと思った莉乃は他のページに目をやる。
「――これとかか」
莉乃の目に留まったのは「第二国区 旧シンガポールにおける非能力者の反発運動に対する超能力者の戦略的運用」と題されたレポートがあった。書かれたのは6年前、とっくに世界統治が成されて絶対平和が確立しているはずの時代だ。莉乃はその事実に今更驚くことも無く、淡々と読み進めていく。
2115年2月20日、第二国区と日本によって振り分けられたシンガポールの原住民達による革命運動が暴動として表の舞台に現れようとした。世界統治後、各国区には戦略級と恐れられた超能力者が圧力として置かれていたが、この三か月ほど前にあたる2114年を終えると共に次の世代へと明け渡された。旧国家単位で兵器的運用が可能な超能力者が一班置かれるよう変化があった。旧シンガポールには真田愛羅、河城 優紀、越智 大輔、多田 邦弘の4名が配属されてた。
日本の超能力研究旧シンガポール支部には上記の四人を含め、130名程のスタッフが所属していた。原住民らは支部に対して重火器を用いた奇襲をかけ、反乱の幕開けとしていたと収監した捕虜より情報が後程得られている。
今回の反発活動は予期されていたもので、個人単位では対人兵器としての機能を持つ能力者であれど、戦略級と等しい規模で鎮圧を行えるかというテーマがあった。
結論としては、それは意図も容易く叶ってしまった。
旧シンガポールに配属された四人は人間の五感へ、より広範囲に精度を高く干渉するものであったことから、提案者である彩音京也教授の仮説にかなり近い結果に至った。真田による視覚情報の不正確さを与え、多田の精神感応で恐怖心を仰ぐ。河城が触覚を奪い、三人の干渉範囲を越智が拡散することで補助をした。超能力の干渉範囲は個人に依存するが、基本的に距離減衰が確認されている。しかし、真田による波長の操作が加わることで驚くべき範囲での干渉が実現した。
今後の課題として、これらが非能力者である我が国の職員にまで干渉していたことが挙げられる。これは個人を特定して能力行使を出来ているわけでなく、且つ今後反乱者に能力者が現れた場合に致命的な点となると考えられる。また、超能力者四名による干渉が意図して悪質であったように考えられることより、統治者としての日本の精神を教育する必要性があるだろう。
レポートに目を通し終えた莉乃の顔は少し青ざめたようで、一度剛介のファイルを元の位置へ戻して近くの壁へともたれかかる。
ここに書かれていることが事実であるならば、彩音は嘘をついているのでは無いかと莉乃の頭の中はかき混ぜられるように思考が乱れだす。兵器としての運用としっかりと明記されており、ご丁寧今後の展望まで添えられている。更に言えば、それに剛介も手を貸していることまで明らかだ。そして、莉乃に一抹の疑念が走る。
――今回の迎撃作戦も実験なんじゃないか?
当然と言えば当然、そのような考えに至る情報を与えられているのだ。莉乃が今まで対面してきた超能力者達は確かに強力に見えた。実際に、莉乃にとっても命の危険を感じるのに十分なほどの驚異であることは今も変わりない。ただ、愛羅達は4人で旧国家単位の鎮圧と抑制を成し遂げているのだ。莉乃は先日の三人の襲撃者が恐ろしく見えていた自分が情けなくなる。
思考の整理もままならない莉乃の太ももに振動が起こる。ポケットに入れていたスマートフォンが鳴っていた。電話の相手は今まさに驚異と畏怖の対象になった愛羅であり、時刻は既に集合時間丁度となっていた。
莉乃は心で落ち着けと何度も呟き、数度深呼吸をしながら情報管理室を後にして、電話に出る。
「織原ぁ、あんだけ俺に言っといて遅刻ったぁ度胸あるなぁ?」
「すみません、ちょっと建物を冒険してて……あと5分で戻ります!」
「ガキかよ――ってまぁガキか、迷子になんなよぉ」
電話越しの愛羅は差ほど怒っている口ぶりではなく、電話を切った。スマートフォンをポケットにしまうと、莉乃は小走りでロビーの方へと戻っていく。
今の莉乃の心拍数が高いのは、運動をしているせいか、あるいは深淵を覗いたせいか。




