閃光の戦乙女、愛羅(2)
愛羅からの呼び出しを受けた翌日の土曜日、莉乃は正午ぴったりに国立神経科学研究センター前駅の改札前に到着していた。今日で三度目、過去二回はなんだかんだ剛介と共に歩いたため初めて一人で施設まで向かう事にはなる。莉乃はそこまで方向音痴でもないため、変に冒険することもなく以前剛介と歩いた道をなぞるようにして目的地へと向かった。
先日の三人の襲撃者が残した痕跡はどこにも見当たらず、莉乃は工事の速さなのか、あるいは能力による復元なのか不思議に思っていた。一週間程で道路やビルの補修工事自体は可能なのかもしれないが、あまりにも痕が残っていないあたり、超能力による所業であろうことは熟考せずとも結論づけられるものだろう。
5分程の道のりを、初めて一人で、誰にも襲われることなく終えたことに莉乃はどこか物足りなさを感じていた。何もないことが本来当たり前であるが、幸か不幸か莉乃は国立神経科学研究センターへ向かうことが災いを被ることと同義になっていたのだろう。あれだけ心をすり減らした数々の出来事があっても、莉乃にとっては全てひっくるめて「非日常的な刺激」でしか無いのかもしれない。
正面入り口から施設に入り、莉乃は改めて入り口のロビーを見回す。見慣れた景色なはずだったが、いつもドタバタしていたために新鮮に感じてしまう。会社ともホテルとも思えるような広い空間で、しっかりと受付まで居る。隅にはソファーとテーブルがあり、昼時ということもあって食事をしながら話している人もちらほらいた。食べ物を見るに、コンビニが施設内のどこか、あるいは通り道にあるらしい。少し歩いて進むと、館内地図の冊子が丁寧にも置かれている。国家の最重要機密施設とも言えよう場所が、まるでテーマパークのような4つ折りの冊子に莉乃は鼻で笑い飛ばした。
「あれ、織原さん?」
冊子を広げて眺めている莉乃に、男性の声が飛んでくる。莉乃が声の主へ目線をやると、そこにはどこかで見たような見たことがないような、清潔感のある若い白衣姿の男性がいた。
「あっ――お久しぶりです、先日はどうも」
「お久しぶりですね。副所長、元気になって良かったね」
ニコリと笑みを浮かべる男性に笑みで返しながら、莉乃は彼の胸元のネームタグへと視線を落とす。超能力者はつけていないが、この施設の研究者の多くは所属と名前の入ったネームタグを下げていた。同じ機関に所属しているとあれど、これだけの土地面積と研究規模の大きさでは関係が無い限り名前を覚えていることも難しいという内情があってのことだ。無事に莉乃もその恩恵に預かり、カールに莉乃を押し付けられた柴田の名前を思い出した。
「はい、柴田さんの言った通りで……私はまだ慣れなさそうです」
「それで良いと思うよ。あまり力に慣れることも無いだろうけど、もし困ったことがあったら自分で良ければ話を聞くから、はい」
そう言うと、柴田は胸元から適当な紙切れを取り出し、手のひらの上で電話番号とメールアドレスを書いて莉乃へ渡してくる。柴田の真意は図りかねたが、人の善意を無下にできるわけもなく素直に受け取った。再度、莉乃は柴田のネームタグへと目をやる。特段の役職はついていないようである事と彼の容姿から、まだ入って長くないのだろうなという予測は付けられただろう。
国立神経科学研究センターの関係者において、非能力者で接点を持っているのは彩音くらいであった莉乃としてはありがたい申し出とも取れなくは無いが、今の莉乃は「超能力を深く知ること」に強く執着しているために、特に連絡をする未来を考える事も無かった。
「ありがとうございます。柴田さんもここでお昼を?」
「いや、私は一回寮に戻ろうかとね。織原さんは今日も彩音先生からの呼び出しかな?」
「いえ、今日は愛羅さんから呼ばれて訓練らしいです」
それを聞くと、柴田は目を見開いて驚いたようだった。莉乃はどこに驚きのポイントがあるかわからず、思わず首を傾げてしまう。
「あの、織原さん。今日はもうお昼食べた?」
「いえ? こっちで食べようかと――」
「それは良かった! 多分、お昼は抜いた方が良いかもしれない、うん、オススメしとくよ!」
「い、一体どういうことですか?」
急に饒舌になった柴田に対して、莉乃は不信感までいかずとも疑念が強くなっていく。莉乃の問いに対して、柴田はチラリと腕時計を見て時間を確認すると、またしても早口で続けた。
「真田課長の対人能力の異常さは有名なんだよ。私も入ってから知ったんだが、ここから他の区で起こった反発運動を一人で治めたとか……そんなことばかりしてたようで、『閃光の戦乙女』なんて二つ名を勝手に付けられて人気だったりしてね。だから織原さんも気を付けて! 時間が無いから、これで失礼するね!」
バーっと答えると、柴田は速足でロビーから出て行った。莉乃のお礼は柴田に届いていたかはわからないが、独り言にならないよう柴田を見送りながら投げかけた。
愛羅のおどろおどろしい二つ名も気にはなったようだが、何より莉乃が気にかかったのは「他の区で起こった反発運動」という部分であった。莉乃は人生を通して、そのような戦争ないしはそれに準じるものは全て無くなっていると教わり、それが当たり前だと考えていた。瑠奈に説かれた世界の真実を思い返せば、二件の襲撃者達のように敗戦国が力を有すれば争いに繋がるものではあろう。
しかし、織原莉乃の現代的倫理観で言えば、力を持とう持つまいが「話せばわかる精神」が根付いていた。そして、かつての日本が蔓延らせた「負の感情に対する矯正力」がしっかりと身についているがためによくわからずにいた。
莉乃はスマートフォンを取り出し、時間を確認する。集合時間まで40分、昼食は取らない方が良いとなると暇な時間が増えてしまっていた。冊子を改めて眺めると「情報管理室」の文字が目に入る。学校でいう図書室のようなものなのか、あるいは電子媒体の情報を管理する部署があるのかは定かでは無かった。それでも、昼休みであろう今ならば尋ねて迷惑にはならないであろう。
ようやく施設内を自由に動き回れる機会を得た莉乃は、愛羅との訓練というビッグイベントを控えて情報探索に励むとした。目指すは情報管理室、垣間見るは真の史実か、超能力の全貌か、あるいは人か。織原莉乃は未だ知らぬことばかりであった。




