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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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春の訪れ、未知の訪れ(3)


 いきなり現れた謎の少女こと野比瑠奈は、ただの女子高生として人生を退屈に歩んでいた織原莉乃の世界を一転させようとする。奇しくも、それは莉乃が強く望んでいたことだった。

 しかし――


「アンタの言うことわけわかんないよ……ッ!」


 莉乃は混乱していた。急に現れた小さな一年生は、三年生の先輩を触れずに意識を奪い去り、超能力だ等と言いだしたのだ。誰がどう見てもこの状況を呑み込めないのに無理はない。


「織原ちゃん、もしかして力を抑えてるね?」


 莉乃の芳しくない反応を見た瑠奈は覗きこむように彼女の顔を見ると、差し出していた右手を彼女の頬へゆっくりと伸ばす。


「やめて! 触んないで!」


 莉乃は瑠奈の手をはじくと激高した。怒り以上に困惑の表情が見て取れる。その手が何をしたのか、どんな感情を抱いて認識しているのか瑠奈は理解していないのか、あるいはそれをわかった上での行動なのだろうか。瑠奈は目を見開いて驚いてみせる。


「随分嫌われちゃってるなぁ、私ってそんな怖い?」

「気味悪いに決まってんでしょ……帰るからどいて……」


 はじかれた手をヒラヒラとしながら、瑠奈はヘラヘラした態度を取っている。莉乃はそんな彼女と目を合わせず、躊躇することなく足早に去ろうとする。


「良いの? また明日から退屈な学生ごっこ。」


 瑠奈は表情を引き締め直し、屋上を後にしようとする莉乃の背中をまっすぐ見つめて語りかける。その言葉を聞き、莉乃の足はピタリと止まってしまう。


「織原ちゃんにはこの世界が窮屈に感じないわけないって、私わかってるんだよね」


 退屈な日常からの解放、それは他の誰でも無い莉乃が心の奥底で望んでいたものだ。先程の瑠奈が見せた不思議な光景も、不可解で気味の悪いと口にしてはいたものの、莉乃の本心では長らく待っていた非日常の到来を歓喜していたのかもしれない。

 莉乃は振り返らなかった。だが、彼女の本当の気持ちを考えれば、帰路につかず足を止めることも容易に理解が出来るだろう。それは瑠奈にとっても同じことである。


「やっぱり、身体は素直ってやつじゃん……。それじゃあ少し、退屈しない昔話からさせて貰おうか」

「気色悪いこと言うんじゃないわよ。昔話だなんて何を勝手に――」

「歪められた史実、この世界の真実を知る所からプログラムは始まるの」


 瑠奈は不敵に微笑み、手を後ろに組んで屋上の端へ歩き出す。春の夕暮れ、学校の屋上から見える景色は青春を感じさせるのに十分過ぎる。一年生と名乗る瑠奈にとってこの景色は、高校入学を果たし、これからの学生生活の好感触を予感させるはずだ。しかし、暮れの街並みを望む彼女の表情はあまりにも年不相応で、艶めかしいものであった。

 莉乃は身体を向き直すと、今度は彼女がまっすぐと瑠奈を見つめる。その眼は敵意を感じさせるぎらついた印象を抱かせるも、それ以外の確固たる興味も感じさせる眼差しだった。


「2100年、世界は絶望の淵へ落とされた年――」

「いいえ、2100年は世界結束の年。旧日本の平和主義が成就し、全ての垣根を超えた世界の統一と平和が急速に行われた。高校入試以前、小学校から社会で習う事よ」


 瑠奈の語りだしに対して、莉乃はすかさず口を挟んだ。

 彼女達の言う2100年という年は、莉乃の答えたように世界平和成就に全世界が尽力した年である。急速に平和協定が乱立、協定締結が異例のペースで進み、国単位での合併が繰り返され、一年も経たずして世界はひとつになった。冷戦や紛争、政治的軋轢で混沌としていたはずの21世紀は、日本の輝かしい活躍と各国の寛大で博愛的対応によって全て解決した。この年の偉人は非常に多く、学生がテストや受験で頭を悩ませるポイントのひとつになっている。これが史実、世界共通の歴史的真実として行き渡っている。

 だが、それに対して瑠奈は天を仰ぎ、首を横に振った。


「駄目だねぇ織原ちゃん、それじゃテストは満点でも馬鹿丸出しよぉ?」

「テストで満点の何が悪いのか、ご高説願いたいものね」


 瑠奈から馬鹿にされた莉乃は不機嫌そうに言い放つ。この世界で満点を取ること、完璧であることの重要性は言うまでもなく高い。本来、馬鹿にされる道理はどこにもないはずである。


「織原ちゃん、私達は管理された家畜になってちゃいけないんだよ。世界を変えた力を持つ私達はね、それに相応しい在り方をしなきゃいけない義務がある」


 穏やかな口調で、囁くように口に出したそれは、莉乃に向けられた言葉でありながら瑠奈自身への自己暗示を思わせるようだった。


「2100年が地獄の年となった経緯、超能力――『超人類発現計画』は2048年まで遡る」



 野比瑠奈は織原莉乃へ語った。この世界の真実、超能力者による世界制圧という隠された歴史。今享受している日常が歪んだ平和であること。世界は、日本と名乗っていた国に支配される以外の選択肢を潰されてしまった事実を。


「……面白い作り話ね。アンタ、小説家とか向いてるんじゃない?」


 瑠奈の話を聞き終えた莉乃は鼻で笑う。あまりにも支離滅裂な、これまで学んできた人類史との矛盾の嵐に笑わずにはいられなかった。


「仮にそれが真実だとして、なんで世界は仲良しできるのよ。そんな無理やり抑えつけても反発は起こる、世界平和になる以前の紛争がまさにそれじゃない。」

「だからさ、超能力――って、見せた方が早いよねやっぱ」


 懐疑的な目を向け続ける莉乃に対して、瑠奈は睨むように視線を飛ばし、莉乃へ飛ばすようにパチンと指を鳴らした。


「やっぱり付き合った私が馬鹿だったじゃない。もう帰――え……?」


 帰路につく前に捨て台詞をくれてやり、長い黒髪を掻き揚げる。すると、莉乃は強い違和感に襲われた。癖でよく髪を掻き上げる彼女だが、いつものようには髪が手を離れない。

 それも無理はない。先程まで胸ほどまでだった綺麗な長髪は、地面を目指す様に伸び出していたのだから。


「髪!? 私の髪!?」

「良い反応ありがとっ! ホイホイ人に使わないから新鮮な反応は楽しいねっ!」


 愕然とする莉乃を見て瑠奈は大笑いして茶化した。莉乃の髪は地に着くとピタッと伸びるのを止め、そこにはスーパーロングヘアーの日本式妖怪を彷彿とさせるような莉乃の姿が出来あがっていた。


「ね? こういうこと。私の能力は『成長促進』、対象生物の成長を司る」


 瑠奈は自身の人差し指を口に添えると、その爪をスッと額の位置まで伸ばして見せた。


「た、橘先輩はなんで――」

「あぁ、あのゴツい先輩は急激に筋繊維の成長を促してやっただけだよ。身体が異常な反応出して失神、って所かな?」

「じゃあ先輩を殺したわけじゃないのね……」

「殺しぃ? やだなぁ織原ちゃん、私みたいなキュートな美少女が人殺しなんてするわけないでしょ! むしろ起きたらあの先輩、ムキムキになって私に感謝感激よ?」


 くるくると回りながら瑠奈は愉快そうに答えた。莉乃はそれを聞くと胸を撫で下ろし、自分の異様に伸びた髪の毛を手に取り見つめていた。


「織原ちゃんにもあるんだよ、力」


 驚嘆しながら髪を弄る莉乃に、瑠奈は今までの明るい雰囲気とは違う優しい声をかける。莉乃はその声に顔を上げた。その顔は期待と希望に溢れた、好奇心旺盛な少年を思わせる明るい表情だった。

 不安を一切感じさせない爛々とした目に、声をかけた瑠奈も少し驚いてはいたようだった。


「瑠奈、私を連れてってよ」


 今まで、16年強を退屈に過ごしていた織原莉乃はそこにいなかった。未知へのこの上ない好奇心、非日常への憧れ、世界の真実をねじ曲げる力の保有。これだけの材料があって彼女がときめかないわけがなかった。


「刺激的な毎日ってやつ。違ったら怒るからね?」


 満面の笑みを浮かべる莉乃に、瑠奈は彼女へ向かって走り出し抱きついた。頬を赤らめ、微かに涙ぐんだように見えるが、彼女もまた眩しい笑顔であった。


「約束するよ……私達、もう運命共同体だもん……」


 夕焼けを背景に2人の少女は、その柔らかな細い身体で抱きしめ会う。

 ここから始まった彼女達の物語は輝かしい希望に溢れた物語か、あるいは凄惨で目も当てられない程の悲劇か。まだ知る者は誰ひとりとしていない。

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