狂気に染まりて(3)
悠美とカールの会話は話題を変えながらも絶える事なく、食堂に着くまで盛り上がり続けた。目的地に近づく程、二人と同じように食堂を目指す多くの研究員や超能力者、その他施設のスタッフの姿が見えるようになってくる。二人の声だけ響き渡っていた道中も、話声と軽い挨拶が入り混じって次第に賑やかになっていった。
特に何事も無く食堂に着くと、カールは別の男性スタッフに声をかけられ、一言添えて悠美とその場で別行動に移った。カールを見送ると、悠美は配膳の列に加わりながら澪へと何を持っていくか悩むように本日のメニューと実際に出てくる料理とを交互に見つめていた。
「瀬良さん、今日はかけうどん一択では無いんですかな?」
食い入るように最前列で出てくる食べ物を見ていた悠美に、春らしい薄手のニットを来た短髪の男性が声をかけてきた。老けてはいないが、歳を重ねた男性特有の渋さが二コりと笑う目尻のシワに見られる。
「ふふっ、私はそうなんですけどね。坂上さんにもうどんばかり持って行っちゃってるから、今日はどうしようかと思いまして」
「何か彼女の好きな食べ物とかは無いんですか?」
「辛いものが好きみたいなんですけど、あんまり出ないじゃないですか。沖さんみたいに調味料を買って私が方が良いのかもしれません」
悠美の返事に、首から下がるネームタグに「沖 孝太郎」と書かれた男性は笑い声をあげると、ポケットから七味唐辛子を出して悠美へと差し出した。
「ここはテーブルに七味も置いてくれない不親切な場所ですからね、今日のうどんと一緒にこれも持って行ってあげてください」
沖の七味を受け取ると、悠美は笑みを浮かべてかけうどんを一人前頼む。続けて並んでいた沖は、今日はからあげ定食を頼もうとする。だが、気付いたように沖が食事スタッフに待ったの声をかけた。
「もしかして瀬良さん、先に彼女へ食事を?」
「えぇ、食べてから持っていくと悪いかなぁと」
「もし良ければ、私も付き合って良いですかな? もちろん彼女との面会は避けるが、瀬良さんと久しぶりにお話もしたかったので」
沖の提案を快く悠美は受けると、沖はオーダーをキャンセルして悠美の頼んだかけうどんのおぼんを持った。人が緩やかに流れ込む食堂から逆行するように二人は出ていき、澪のいる第7医務室へと向かう
沖孝太郎は国立神経科学研究センタ-にて一般精神科学課の課長を務めており、「精神療法」と彩音をもって命名された能力を持つ悠美の良き相談者である。より自然的に、能力干渉の無い状態を好む悠美は沖との共同研究を少なくない。この施設では超能力者と非能力者どちらの研究も行っており、沖は超能力に幾らかに理解や知識を有しながらも、本職は「一般」と呼ばれる非能力者を対象に行っている研究である。
カールが当施設で特殊人事課という課で役職を持っている通り、ここでは「一般」と「特殊」とを分けて研究や管理をされている場合が多い。こと研究に関しては顕著であり、彩音の方針でもあって比較することに強く力を入れている。悠美の論文にも繋がることであるが、沖の研究している非能力者を対象にした実験は、実は超能力者を対象に変えた所で統計上では誤差程度の差が出るのみで分けている意味が無いと言われても仕方ない状態にはある。それでも彩音が統合しないのは、彼自身でも否定していることであれどどこで発見があるかわからない。そんな彼の慢心を知らない智慧への貪欲さがあるからであろう。
まさに、その彩音京介の否定を覆そうとしているのが悠美であり、沖はその手助けを惜しみなくしてくれているのだ。
「忙しくて気付きませんでしたけど、確かに最近は沖さんと話す機会もなかったですね」
「織原さんが話題に上がったかと思ったら、坂上さんが現れたり襲撃が続いたりしましたから。私はちょっと研究室が壊れたくらいでしたが、超能力者としての立場もある瀬良さんはご多忙だったことでしょう」
悠美をいたわる沖は和やかに笑みに、悠美も口では否定しながらも会釈で返す。沖は澪の襲撃当時、まさにその熱量操作の猛威を機器の破損という形で体感しており、彩音の研究室に比較的近く場を設けていることもあって満身創痍に澪を部下に搬送させるなどしていた。その後は特殊部門の人間に多くを任せていたものの、間接的に関わってはいる澪のことが気になるのであろう。
「レポートも拝見しましたが、まだ能力は?」
「はい、精神的な要因もありそうですが、前例が無くて……」
「神経系をダイレクトに、それもパルスを物理的に遮断するなんて滅茶苦茶ですよ。一部では隔離された細胞がスパイクを発しようとしたのが確認されたとか」
「こんな状態の神経が出来上がるなんて考えられませんでしたもの、色んな先生方が盛り上がるのも当然ですよね」
「偏屈な人間の集まりですから。それでも今は、どいつも食堂であれが上手いこれが上手いの不毛な話題に花を咲かせてますよ」
悠美の顔に不安が見え隠れすると、沖はすかさずお茶を濁すように軽口をたたいた。「ですね」と悠美もそれに笑みを浮かべて返した。
澪自身もそうであるが、莉乃の能力運用に関心が強い者は所内に少なくない。今は彩音が独占している状態ではあるものの、何かの拍子で莉乃が多くの研究員と交友を持った先で、どんな研究が始められようとするかは誰にも推し量れないでいた。人類史上前例のない「もしも」を実現しうる、無理やりに前提条件を一致させるようなことを広範囲で行える能力は危険な研究へと彼らを誘惑していたことに違いは無い。超能力者もそれをある程度は受け入れているため、彩音は非人道的とも言える実験を行ってはいるし彼らも協力はしている。だが、それはます彩音自身が世界的に優れた超能力研究家であることがあってこそ成り立っている話である。何かの一つに長けた、一般的な研究者では超能力者を用いた実験は許可が下りることも少ない。それは、彼らが超能力者を人間ではないモルモットとして扱いかねない、それが超能力者達の不満として蓄積された先での最悪のケースを避けるための予防策であった。
制度として問題は無いながらも、遅かれ早かれ彩音やカールといった国家公認で研究を行える者を中心に新たな研究が立ち上げられるであろうことに、悠美は酷く憂いていた。
「織原さんも大変だったと聞いたけど、彼女は落ち着いたのかな?」
「はい、私が手を出す必要も無かったかなってくらい強い子でしたよ」
悠美は興味津々な沖へ、織原莉乃という少女について知り得る限りの精神的な移り変わりについて話す。異常なまでの感情の切り替わり、その中にある一般的な感性と脆くも優しい心。反面、非情で残酷な行動を臆することなく決断する矛盾も含め、精神科学者として二人は大いに盛り上がり道中を進んだ。
不安を募らせながらも葛藤し、ただ知的好奇心も溢れんばかりに持ち合わせる。瀬良悠美はもしかしたら自身の超能力が無ければとっくに壊れてしまっていたかもしれない。第三者から見ればそれほどに、悠美の立場の移り変わりも「異常」と言えようそれであっただろう。
澪の医務室が近づくと、沖は御盆を悠美へ渡して近くの禁煙室へと向かった。第7医務室に入り、悠美は再度研究者から担当医へと仮面を付け替えることを強いられる。




