狂気に染まりて(2)
「……そうね、でも私の一存じゃ決められないかな」
「そっか、一応捕虜だもんねウチ」
悠美は澪から視線を反らしながら逃げるように答えた。悠美の真意を澪がどこまで汲み取っているかわからないが、当たり前に置かれている一線を再認識させられたようで乾いた笑いをこぼす。
「でも良かった。驚いたけど、織原さんに会おうなんて思えるまで落ち着いてるようで」
「なんとなくいつかこうなるってわかってたからさ、悠美さんの助けもあって割り切るまで早く済んだよ」
やはりどこか諦めるように達観しながらも、それでも生きる気力が失われたわけではない澪の黄色い瞳は再度夕陽を捉える。
悠美を含め、誰も坂上澪のバックグラウンドを知らない。精神的に重症であった以上に、回復後も多くは語ってくれていなかったのだ。ヒューマンエンパシーに属していたことも、追い詰められて漏れただけかもしれないし、あるいは漏らすよう指示があったのかもしれない。情報を引き出すために懐柔としての役割も悠美に一任されており、治療と併せて敵意の有無も探ってはいた。臨床に強い超能力と言えども、読心術への転用も不可能では無いのだろう。
悠美としては、治療も読心も能力で済ませてしまおうとすることに抵抗があるかもしれないが、彼女は国立神経科学研究センターの一職員であり、目の前に対峙している澪は施設を破壊し、人命を奪うまでには至らなかったものの重傷者を数名出した「敵であった者」なのだ。悠美は優しさと甘さの違いを履き違えてはいなかった。
「うん、わかった。前向きに進められるように私から掛け合ってみるね」
「ありがとう――その、ごめんね」
「うん?」
「あんまり話せなくてさ、それで仲間面なんてやっぱり出来ないし」
澪の言葉に、悠美は特に含みも持たせず笑みを浮かべて手を振って応えるとその場を後にした。悠美を目線のみで見送ると、澪はギュッとベッドのシーツを握った。
◆
「悠美ちゃんやないか!」
第7医務室を後にして廊下を歩く悠美に、軽快に声をかける白衣姿のカールの姿があった。悠美は振り向き一例すると、少し驚いて見せた。
「カール先生、こっちでも何かされたんですか?」
「先生はよせやい――彩音先生の手伝い程度や、着替えるのは単にワイのポリシーなだけやで」
カールが悠美に追いつくと、二人は歩を進めた。この時間に職員が向かうのなど食堂でほぼ決まりなのだろう、二人は特に確認もすることなく同じ場所を目指して殺風景な廊下を歩いていく。
「悠美ちゃんは坂上澪の観察って所やな?」
「あんまり変な言い方しないでください……先生はまだ坂上さんにお会いしてないんですよね?」
「せやね、彩音先生から許可も降りとらんでなぁ。捕虜だってのに、随分と丁重に扱いよる」
「それだけ彼女の能力開発が目を見張るものだったのでしょうね」
悠美の一言にカールも同意の返事をする。澪と直接対峙した彩音はそれほどまでに彼女を、真にはその裏にあるヒューマンエンパシーに関心を抱いたのだろう。もちろん、被害を回避するために知らなければならないことでもある。
超能力の有無がどう決定されるかは諸説あり、その中でも卓越した才能があるかというのも準ずるように色々な視点で語られている。その中でもここの所長である彩音京也が主張しているのは「超能力が思考体系に依存する」というものである。平たく言えば「柔軟な思考を持つものこそ、能力を最大限引き出せる」といった提唱である。
能力の強弱というのは尺度が非常に曖昧で、物理的な影響範囲を示すのか、あるいは殺傷能力を重要視するのか、はたまた逆かはどういった場面で使われるかに大きく依存する。そんな中で彩音は広い範囲で超能力を応用的に使えることを良しと考え、能力開発に努めている。
悠美を例に取れば、彼女は精神面の治療を主軸に能力を高めているが、読心も精神感応も応用的に行える。能力の方向性は個人のアイデンティティに依存しており、瀬良悠美という人間が冷徹で容赦のない性格であったのならば、同じ能力の芽を持っていても今の悠美のようなメンタルケアは出来なかっただろう。また、もし今後悠美が深い憎悪の念にとらわれ続けるようなことが起これば、今の彼女の超能力の精度は下がり、より攻撃的な能力運用に傾倒するはずである。更には、その執念は能力を限定的なものへと収束させてしまう、という考えである。
熟練度という概念はあるものの、考えが自由であればあるほど能力は強くなる。そのため、いつの時代も前線に繰り出されるのは決まって若者が多いのだ。もちろん、高齢者と呼ばれる歳になっても類まれなる者もいるが、そう多くは無い。
他方、ある学説では「より長く、より執着することが能力を高める」としている。これはかつての日本が世界統一を果たした背景として、戦勝国への強い執念を研究者を含めた超能力開発関係者が狂ったほどに持っていたとされているからである。世界を地獄へと塗り替えた超能力者の中にいた子供たちが、本当に本人の意志のみであったかは定かでは無いのは言うまでも無い。
現在の世界が確立されているのは、彩音の主張が浸透する以前にこの学説が強く支持されていたことが背景事情として大きい。負の感情は強く深く人々を突き動かす。万が一にも、敗戦国の中から恵まれた超能力者が生まれてしまった時のために日本は先手を打っていたのだ。また、倫理的な背景からも各種機関でも基本的には負の感情を抑えた実験を義務付けられており、統一当時の研究者達は頭を抱える日々を送っていた。故に、若くとも彩音の主張が浸透するまでに時間はかからなかった。
「マンパシーが時代遅れな研究をしとるってんなら納得できるかもしれんが、超能力開発比較学でも触れんようなやり方やしなぁ」
「そうですよね……それに、とても短期間で能力開花させたであろうことも疑問です」
「そこもなんよな。一年ちょっとで化け物が作れたらどの分野でも困らんわけやし――才能ってことで片づけたくなってまうなぁ」
「それ、彩音先生が聞いたら怒りますよ」
和やかに談笑は続きながらも、澪とヒューマンエンパシーの謎は深まるばかりであった。考える余地はあれど解は出ない、不毛とも言えるが尽きない話題ということもあって所内はこの話になることが各所で見られている。
「結局、まだ何も吐いとくれんのやろ?」
「あの様子ですと、何をしても話してくれるようにはならなさそうです」
「でも敵意は無いと」
「はい……もっと精度が高く出来たら良かったんですけど、すみません」
「しゃあないで。丸々心を覗くなんて且つての戦略級くらいやて、悠美ちゃんはようやっとるよ」
カールはニコっと笑って悠美を励ますように背中を叩く。
「自己犠牲も程々に、やで。自分の考えと矛盾することをしとると、いつか擦り切れてまう」
「――え?」
「彩音先生ほど鈍感でも無いし、ワイもそこそこの超能力者やからな。流石にこの距離で常時使われてたらわかるで?」
カールに見透かされたようで、悠美は思わず目を反らした。カールは悠美が自身に能力を使い続けていることに気付いたのだろう。それが悠美の意思によるものなのか、あるいは無意識的な防御反応なのか定かでは無い。そのうえ、セルフコントロールという観点で言えば非超能力者であれど行うものだ。
カールがどこで判断したかはわからないが、的を得ていたかは悠美の反応が物語ってしまっていた。




