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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
二章 自己の教育、認識の再構築
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狂気に染まりて(1)

 莉乃と瑠奈が日常を謳歌する夕刻、病院のような真っ白な部屋で夕陽が落ちるのを眺める少女の姿があった。

 ここは国立神経科学研究センター第7医務室、白いシーツに滲むように照る夕陽の朱は、彼女の紅い髪を一層赤く染め上げていた。彼女の名前は坂上澪、ヒューマンエンパシーという秘密結社から送り込まれた襲撃者であった。それも今は過去の話、ここにいる澪はつい一週間前に彼女とはもはや別人と化していた。

 一見、ベットで上体を起こす澪の姿に異常は見られない。しかし、重度の心的ストレス障害を抱えており、敵であるはずの彩音の指示を受けた女性超能力者によって治療を受けている。これでもかというほどに啖呵を切って施設に攻撃を仕掛けたものの、これでは澪のプライドは保てているはずもない。無論、それは彼女がプライドを気にかける程に健常な精神状態であったならばであるが。


「坂上さん、起きてたのね」


 カーテンレールがゆっくりと空くと、澪の担当医兼監視役である瀬良悠美が顔を覗かせる。悠美の眼差しは決して敵対の意思を感じさせない優しいもので、あらゆる意味で孤立している今の澪には縋らざるを得ない対象になっていた。


「悠美さん、まだ夕食には早くない?」

「えぇ、あと二時間くらいかしら。――今日もここで食べるの? まだ食堂でみんなに会うのは怖い?」


 悠美の提案に、澪は俯き沈黙することで応える。敵地の中心で優雅にディナーを、それも四面楚歌で食べようなどとは誰もが思わないだろう。だが、澪の意思がどこまで反映されているか定かでないものの、彼女は既に彩音の管理する超能力者の一人として守られる立場になっていた。

 それは即ち、澪にとって今いる国立神経科学研究センターがホームであり、全てのスタッフや能力者が彼女の味方であることを意味している。施設を爆破し、溶解させた澪へ恨みを持つものが全くいないわけでは無いが、それ以上に彼女には同情の目を向けられ、故に受け入れられる運びになってい。


 坂上澪の卓越した超能力、「熱量操作」と彩音に称されたそれは彼女の手から離れているのだ。


 先日の織原莉乃との一戦を経て、澪の自慢の超能力は彼女の中で彼女の手が届かない所にされてしまっていた。四肢の自由は返されたものの、超能力に関しては上手く発現できないでいたままだった。

 彩音が言うには、超能力を発生させるパルス信号が以前の―莉乃に奪われる前の―回路とは別の経路を辿り、的確な発現に至らないのでは無いか、と悠美から話を聞かされていた。今の澪にとって熱量操作という能力は、単なるリハビリでは戻ってこないものになっているのだ。彩音に限らず、どこのどんな研究者であろうとも、超能力を開花させられても「既にあった能力を取り戻す術」は知るはずもない。記憶喪失といった体内の自発的要因であれば前例があれど、外部からの神経系への直接的な作用による障害など異例も異例である。この事実に、心を躍らせながらも彩音京介という天才は久しく超えられない壁にぶつかっていたとも言えよう。


 澪はあまり超能力それ自体について詳しくは知らなかったが、今の自身の状態が悪魔的な研究成果を世に突き付けた日本をもってしても解決に至らないのだろうことはぼんやりと理解していたつもりだったのかもしれない。


「あの、悠美さん」


 澪がぼそりと声をかけると、悠美はにこりと笑いかけて彼女の顔を見つめた。いつもの優しい悠美のほほえみに、澪は小さく語ることを続ける。


「ウチ、頑張って織原莉乃に会ってみられないかな」


 澪の零した一言に、悠美は思わず顔が引きつってしまう。今の澪があるのは、莉乃の人知を超えた冒涜的な所業の結果であることは明らかである。悠美もそれを知ったうえで、治療に全力を尽くして向き合ってきていた。更に言えば、澪の精神はストレス以外にも外部の、具体的に言えば超能力者による強い干渉の痕跡を悠美は感じ取っていた。

 悠美としても初めての試みの数々を澪へと施して様子を見ている段階で、莉乃と接触させることは彼女にとってあまり好ましくはなかった。しかしその反面、国立神経科学研究センターの一研究員としての悠美としては願っても無い提案でもあったのだ。




「先生、坂上さんの容態なんですけど」


 時は少し遡って澪の襲撃数日後、悠美が三度目のカウンセリングを終えて彩音へ口頭で報告をしに彼の研究室へ訪れた時の事だった。


「お、瀬良くんお疲れ様。モニターで見させて貰ってたけど、やっぱり能力は出ないままなんだねぇ」

「そうですね……私にとってはその方が助かるんですけど、何度も見てると痛ましくて……」


 悠美が澪と対面した三回全て、澪は悠美に対して超能力による威嚇ないしは明確な殺意を込めた発動を試みていた。正確に言えば、澪にとっては確実に発現させたつもりだったのかもしれない。

 しかし、無傷の悠美が全てを物語っている通り、澪の超能力は発動が見られなかった。彩音を唸らせ、剛介に冷や汗をかかせた彼女の磨き抜かれた能力は見る影も無く、それをする度に澪の顔には絶望の色が露呈していた。


「サーモグラフィーでも特に変化なし、睨みながら指を鳴らすだけってのは本人が一番滑稽に感じてるんだろうね」


 彩音は自身のノートパソコンでカウンセリングのを何度も色んな視点から見直していた。悠美も食い入るように画面を見るが、温度変化も超能力特有の物理的空間変異も確認されていなかった。


「と、なるとだ瀬良くん」

「はい」

「ここはやっぱり、原因である織原くんに投げてしまうのが一番じゃないかと私は考え――」

「駄目でしょう! ただでさえ精神的に追い詰められてるのに、これ以上不確定なことで彼女を振り回そうとしないでください!」


 彩音の提案にすかさず反論を浴びせると、深いため息を挟んで少し固まった。彩音はそれ見るとニヤリと笑い、畳みかけるように反論を無視して続ける。


「瀬良くんなら気付いてるよね? 織原くんは神経系に直接作用する能力を有している。となるとだ、もっと織原くんの能力の精度を上げれば他者の能力開発、その延長線上で坂上くんの能力を取り戻すなんて話は別に机上の空論でも無いだろう?」

「それは――それとしてです。確かに先生のご意見は賛同できるところもありますが、臨床の立場から言えばリスクが高すぎます」

「うん、ごもっともだね。とりあえずは経過を見て、瀬良くんから誘導してくれたまえ」

「誘導はしませんからね……。その展開はあんまり期待しないでください」




 悠美には葛藤があった。彩音の提案に反論をしつつも、その案にはとても興味を惹かれてしまったからである。彼女の臨床医としての理性と、研究者としての好奇心が拮抗していたが故の反応であった。


 優しく狂ったこの世界は、誰もが、誰にでも等しく狂気を伝播させている。

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