謂れ無き不名誉(1)
こちらから二章です、よろしくお願いします!
非日常が日常と化した時、毎日を彩っていたそれらもまた退屈の材料に成り下がるのだろう。
人々が感じるひとつの節目である日曜日を超え、相変わらず訪れる月曜日。二限目が始まっている頃、例に漏れず莉乃も学校で席につき、スクリーンを見つめる生徒と共に時間を過ごしていた。
先週の土曜日に浴びせられた数々の情報をどうにか噛み砕こうと、翌日にあたる昨日を費やして一人熟慮へと時間を割いていた。結果として、24時間では足りるはずも無いわけで、不健康そうに目の下に隈を浮かべ心ここにあらずといった様相の莉乃が今できあがっていた。
どれだけ考えを巡らせようと、莉乃の中で答えが出るわけがないのだ。今の彼女に与えられている情報といえども、彩音から説明のあった諸勢力の脅威と自身の能力及び開発の展望について。そして、重要人物として挙げられていたパメラ・マルタン本人による直々の忠告と助力の提案。
改めて、彩音やパメラをはじめとした各個人について検索エンジンで調べてみても所属と研究成果等についてしかわからず、莉乃が欲するような強力な信頼を得る、あるいは失う材料などあるはずも無い。そして、その中で「超能力」という単語が微塵も出てこない事に関して、莉乃は改めて自分の踏み込んだ世界の重さのようなものを再認識させられ、悩みの種を大きくしたのみとなった。
人や機関については諦め、莉乃自身の能力もとい神経科学について調べてはみたものの、学術的理解というより単純なインプットであれば十八番だが、その後の応用に関して能力が追い付かずにいた。更に言えば、澪を例に挙げられた状態になるような情報は無く、病的な神経破壊については見受けられたものの「人の意思による神経破壊」など当然どこでも述べられていないものだった。
授業は現代生物学、タイムリーなことに神経細胞の構造から説明が始まっている。莉乃としては勝手に予習を済ましきった範囲であり、そこから導き出される解には彼女が求めるものが無いことも知ってしまっているテーマだ。
いつもならただつまらなさそうに外を眺める所だろうが、今日に限ってよりにもよってな授業内容に思わず嫌悪感が顔に出てしまう。だが、莉乃一人が不機嫌そうになったからと言ってそれを見るものはいない。教鞭を奮う教師は映像越しでリアルタイムではなく、それを聴講する生徒達はスクリーンを一心不乱に見つめ、ノートを取ることに従事しているのだから。
鬱憤が溜まりながらも、莉乃は三限と四限を自身の情報整理の時間に割き、一応持ってきてあったノートへびっしりと授業に関係の無いことを書き連ねて気を紛らわせた。非現実的な単語や展望に考察は、出来れば人目につきたくないものだろう。
昼休みへと突入し、いつも通り瑠奈と落ち合うため昼食と今日に限ってはノートを持って教室を後にしようとした時。
「莉乃~。今日どうしたの? 具合悪いの?」
気持ち足早に去ろうとしていた莉乃を引きとめたのは明美だった。明美は声をかけつつも、どこか控えめで、落ち着かないようにも映る。
「ちょっと寝不足……明美もそわそわしてどうしたの? またどこかわからなかった?」
「それもあるけどぉ、だって今日の莉乃凄いよ? 心配っていうか怖いっていうか……」
明美越しに莉乃はクラスの数人と目が合ったような気がした。それほどに莉乃の発していた負のオーラは他人へと伝わってしまっていたのだろう。気が立つことも、あるいはそういった人を見ることが基本的に無い日常では、そもそも「寝不足」すら注意を引く要因となり得る。
この時代において、このように他者へもマイナスな雰囲気を伝播させることは強く規制される。それは莉乃も明美も、このクラスどころか世界的に見て当然のことである。言うなれば、不良生徒は教育指導を受けるように、精神衛生上のケアと称された「何か」が施される事となる。
余裕がなくなっていた莉乃も、今の状況を再認識して切り替え、明るく振る舞うようにパッと笑顔を見せる。
「ごめんごめん! ちょっとまた後輩に勉強教えてくるから、五限の後でも良い?」
「全然大丈夫だよ~」
明美も莉乃へと笑顔で返しつつも距離を詰め、肩を寄せてじゃれあうと
「何かあったら相談してね」
そう一言、莉乃にだけ聞こえるだろう大きさで囁いて自分の席へと戻って言った。
負の感情は人を堕落させてしまう、そういった倫理観のもとで生きる彼女達にとって今の莉乃の状態は客観的に見て危険と思われたのだろう。橘のように、強く抑圧されているだけで何かをきっかけに爆発することは未だ少なくない。どんな時代であろうと、人間が変わることはなく、ただ環境が変化したのみなのだ。ただ、かつてのように気持ちが溢れだした人間のその後を知る者はいない、それだけである。
明美の優しさに後ろ髪を引かれながらも、莉乃は教室を後にして待ち合わせ場所として定着してしまった昇降口へと急ぐ。
案の定、急いだ所で瑠奈はまだ来ていないわけであるが、今の莉乃の気持ちを吐きだせる身近な人物を前にして急がずにはいられないだろう。昨日中に各所へ連絡して相談するという手もあり、且つ悠美からも手を差し伸べてもらうような連絡もあった。だが、それでも一番長く共に時間を過ごしている、初めて対面した超能力者であり良き後輩には敵わなかった。
「おまたせ~愛しの織原ちゃ――織原ちゃん!?」
「おまたせじゃないわよ、謝るなら待たせない努力をし――」
莉乃が言い終える間もなく、瑠奈が驚異的速さで距離を詰めてくる。これまでの莉乃の戦闘経験を持ってしても虚を突かれるような動きに、疲労もあってか莉乃は反応が遅れる。
莉乃の前で反転しながら後ろに回り込むと、瑠奈の手のひらが莉乃の目元をめがけて伸びる。以前の剛介のように華麗に避ける余裕もなく、莉乃はまるで常人のように捉えられてしまう。
「織原ちゃん、全く織原ちゃんはわかってないわけだよね」
視界を遮られた莉乃に、瑠奈はつま先立ちで不格好ながら莉乃の肩元で囁く。耳元へ息を吹きかけようとするも、強烈に整えられた莉乃の艶やかな黒髪に遮られ叶うことはなかった。
「瑠奈、わるふざけならやめて」
「わるふざけじゃないでしょ! いくら私に会いたくて遠足前の小学生気分だからって隈携えてこなくても――」
「アンタの能力名、『自信過剰』にでも改名した方が良いかもよ」
他愛のない絡みをすると瑠奈もパッと手を離し、手鏡を莉乃へと突きつける。すると驚くことに見事に隈が消え去り、健康的な顔色へと変貌していた。
これに莉乃もわざわざ驚くこともなく、「おー」と軽い感嘆の声をあげるのみだった。
「血行不良なら織原ちゃんの能力でもどうにか出来そうだけどね~。でもやっぱり、私が織原ちゃんの全身のメンテナンスをあんな所からこんな所までしてあげないとね!」
「せんでいいわ。でも確かに、考えても見なかった……能力の応用ね」
莉乃は気持ち口角を上げ満足気に、またしても瑠奈から思わぬ形で思考の糸口を貰えて歓喜する。それも束の間、莉乃は眉間に皺を寄せて振り返り、瑠奈へ投げかける。
「いきなり隈なくなったら驚かれない?」
「あ……」
二人の間に静寂の時間が流れる。
「――いや! ファンデーション! 乙女だったら隠したいもんね! 塗るでしょ!」
「……まぁ逆に血行悪く出来ないか自分で試してみるわよ、良い経験ね」
莉乃の回答に瑠奈は相当不服なのか、身なりを整えるべきことを熱弁される昼休みへの突入となりながら二人は腰を据える先を探し歩きだす。




