秘匿すべき(4)
陽も落ちた夜、寄り道をすることなく莉乃は自宅へと帰っていた。数駅先に降りる瑠奈を見送り、一人どこかへ行こうか考えながらも疲労が勝ったのだった。
家に帰れば母の迎える声、いつも通りのやり取りをして夕食まで自室で過ごす。程なくすればいつも通りに父も帰ってきて、変わらぬ食卓を囲むことになった。
「莉乃、今日はどこに行ってたの?」
「買い物。でもあんまり欲しいもの無くて見ただけ」
母の問いに、莉乃は普段通り必要最低限といったような情報だけ口に出す。特段仲が悪いわけでも無いが、莉乃と両親の距離感は年頃なせいもあって少し離れ気味のようであった。
「勉強は大丈夫か? まだ二年生なんだ、もし莉乃が良ければ夏季編入も――」
「しないって言ってるじゃん、やっぱり第四中央くらいで丁度良かったの」
父は莉乃の優秀さに今の高校は不相応だと常々感じており、頻繁に他校への編入を莉乃へ勧めている。もちろん、莉乃としては乗り気なわけもないし第四中央高校から移る理由を見い出せていないのだから拒むのみだった。
キッチンから望める食卓は食器の当たる音とテレビが雑音のように流れ、あとはそれぞれの咀嚼する音のみとなった。父と母はそれぞれ目を合わせて肩を落とすようにも見えるが、莉乃にとってはもう気にしないと決めたことだった。
莉乃としては鬱陶しくとも、やはり親心としては不相応な環境へ一人娘を向かわせ続けることに当たり前に不安が募る。あまり良い雰囲気にならないことは父も理解しているが、それでも諦めずに提案を繰り返していた。
「ご馳走様」
そう一言おいて、莉乃は食器を片づけるとリビングを後にして自室へ戻っていく。父も母も彼女を呼び止めることなく、ただ二人の不安が吐露され続ける食卓が後には残った。
残念ながら、莉乃の関心は両親の心配の矛先とは全く一致していない。彼女の中では今日の様々な出来事が回るように想起されていた。朝の電車に始まり、剛介の説得、敵の襲来と剛介のダウン、愛羅との一戦に自身の能力の認知。書いていけばキリが無い程の充実した一日であったが、莉乃にとってはどれも重要な、楽しい出来事として脳に刻まれていった。
「『パメラ・マルタン』……かぁ」
莉乃はパメラから貰った名刺を取り出し、ベッドに寝転んで見上げるように掲げた。ミーティングで黒幕候補として挙げられた彼女が、どうして莉乃に、このタイミングで接触してきたのか。パメラは何を伝えたかったのか、どうしたかったのか。莉乃には理解しかねていた。
「信用し過ぎないって言われてもなぁ……」
パメラに言われたことを反芻するように呟いてみせるも、やはり真意は全く汲みとれることもなくため息しか出なかった。彩音を疑えという言葉、そして彼との出会いの短さと事態の急展開をおかしく思えと言われた。もちろん、莉乃としてもそれはわかれど、どうしてそれをポッと表れたパメラが告げに来たのか、そしてそれを莉乃にどう思わせたかったのか。
今の莉乃にはあまりにも課題も疑問も多すぎた。今日一日でなだれ込むように彼女へと入ってきた情報を処理するほどの頭を、残念ながら神経を操れる莉乃であれど把握をすることは叶わない。日々のインプットはせいぜい教科書10ページにも満たないものなのだから、キャパシティを超えている。
調べ物をしようとスマホを手にするも、彩音と剛介からの事務連絡で通知が満たされ辟易してしまう。今の彼女は非常に疲れているのだ、心身共に。剛介と悠美の能力で回復を促されてはいるが、それでも全てをリセット出来るというわけでもない。まだ子供と言って差し支えない莉乃には、今日という日はあまりにも重すぎる一日であった。
気付けば莉乃はスマホを右手にやすらかな眠りへと入ってしまっていた。電気のついた、女子の部屋にしては少しさっぱりとした部屋で、莉乃はようやく今まで退屈していた「日常」へと帰ってくることが出来たのだろう。
皮肉だろうか、あれほど刺激を望んでいた莉乃にとって、ようやく表れた非日常はあまりにも刺激が過ぎて重く、彼女にとっては非情ですらある真実の数々を孕んでいた。超能力との邂逅を真の意味で果たした莉乃は、当人が気付かぬ間に大きな渦の中心へと誘われて行っているのであった。
これにて一章完結です。感想やレビュー、評価など励みになりますので頂ければ幸いではありますが、これからも莉乃ちゃん達を読んでいただければと思います。
長く、重く且つ読みやすいかは怪しい文章ながらお付き合いいただき、本当にありがとうございます!




