秘匿すべき(3)
春の空がうっすらと茜色に染まりだした頃、莉乃と瑠奈は国立神経科学研究センターを後にして駅で電車を待っていた。
彩音達が出て行ったあとの記入は大変捗り、程なくして作業は終わっていた。その後、しばし瑠奈との雑談を普段通りにして、数十分待っても戻らない彩音に痺れを切らしてスマホのメッセージにて書類の完成と卓上に置いてある旨を伝えて岐路についたのだった。
「帰りどっか寄ってく?」
「んー、今日はいいんじゃない? 織原ちゃん疲れてるだろうし」
「それが意外と余裕なのよね、若さって偉大だわー」
「あれだけ気持ちブレブレで凄いよホント……まぁ一応さ、ゆっくり休みなって」
瑠奈の妙な気遣いに莉乃は渋々納得して空を見上げていた。瑠奈の言うとおり、今日一日で莉乃の心的な動きは凄まじいの一言に尽きることは誰の目から見ても明らかだっただろう。それ以前に、初対面の人間と多く接することだけでも疲れるものだ。瑠奈は自身の参加した当初と今の莉乃を重ねているのかもしれない。
そんな莉乃はというと疲れを微塵も感じさせない様子で、まるでいつも通りの一日を淡々と過ごした後のように見えた。それは莉乃自身もよくはわかっていないようで、だがその答えを探そうとする気も感じられない。それよりも、莉乃の関心が「瑠奈といつも通りの下校と同じ行動をすること」に意識が向いていたのだから、瑠奈としては一層不思議だっただろう。
「――先生達、なんの話ししてたんだろうね」
「どうせ研究でしょ……今度剛ちゃんに聞いてみれば?」
「教えてくれるかなぁ、阿古さんってそういう話すぐはぐらかす気がする」
「それは織原ちゃんの能力絡みだったからじゃないの? 先生も言ってたじゃんかよ~」
またも、莉乃は渋々納得するという感じで唸りながら首をかしげる。
「ま、あんまり考えてもしょうがないって!」
少し間をおいて瑠奈は能天気に切り替えす。莉乃は軽く息を吐きながらほほ笑み、腰に手をあて大きく頷いた。事実、ここで莉乃と瑠奈とで問答をした先に答えがあるわけではないのだ。莉乃の疑問も、おそらく瑠奈の抱えてる疑問もあるだろう事は、彼女達の中に答えが無いからこそ口に出しているのだから。
そうしているとアナウンスが二人の耳に入る。なんとなく電車の来る方に目を向け、徐々に姿を現した機体が二人の視界に入り、どんどん大きくなるように近づいてくる。
「マジで人いないね、ここ」
「みんなここら辺に住んじゃってるからねぇ」
二人は誰もいないホームから、貸し切りさながら乗客が誰ひとりいない電車へと乗り込んだ。適当な椅子へ歩調を合わせながら向かい、ドカッとだらしなく座ってため息の合唱をする。
「いやぁ疲れたわ……」
「ほら、やっぱり疲れてんじゃん」
「座るとダメね、年かしら」
「織原ちゃん、16歳でそれを言うと色んな人に怒られるよ」
莉乃はため息交じりの笑い、スマホを取り出して時間を確認する。16時を過ぎた頃、いつもの下校時間よりかは気持ち遅い程度だろうか。莉乃自身、友人と休日を共にすることも久しいもので、高校生にしては少し早い帰宅時間ながら充実した一日を反芻して満足したような笑みを浮かべていた。
「楽しかった?」
そんな莉乃を見て、瑠奈は顔を覗き込むようにして問いかける。莉乃は笑っているのだ、少し愚問とも言えるかもしれないが、この確認は形式上誘った張本人である瑠奈にとって重要だったのかもしれない。
「そりゃもうね。敵のお姉さま方も含めて、今日だけで超能力のオンパレードだったわよ」
「そうじゃん! それそれ、今回の襲撃者ってどんな能力だったの?」
だが、瑠奈の関心は一気に反れてしまう。襲撃の事実は周知であったものの、その詳細は莉乃と剛介、その後はおそらく彩音とカールくらいしか知らないはずの情報だったからだ。あまり考えることをしていないような瑠奈と言えども、外にいる同族への興味というのは抑え難いものだった。
「一人は瞬間移動してたね、ありゃどんなアトラクションよりも刺激的よ! あとは阿古さんの血の流れを変えてたから……なんだろ?」
「血流操作? だと限定的過ぎるし……液体操作かベクトル操作?」
「ベクトル操作って『向き』ってこと? 随分限定的過ぎない?」
「前に漫画で読んだことあるだけ。話し半分に聞いてよ~」
剛介の血流を逆に流したとされる女性、プリシラについての二人の考察は瑠奈の一言によって「超能力の範囲」という別の議題へと転じてしまう。
「漫画でってねぇ――でも、そういう超能力者もいるわけ?」
「いないいない! まぁ出来なくも無いんだろうけど、結構面倒なんじゃないかなぁ……」
「面倒って?」
莉乃の疑問に、瑠奈は彼女なりに知恵を捻りだしてどうにか言葉を紡ぎだす。
「そのさ、例えばカールさんとか念動力を使える人なら出来るかなぁって。飛んできたものをそのまま超能力で投げ返せれば『ベクトル操作』って言えないかなぁ」
「うーん……まぁそうなるかぁ。確かに回りくどいやり方ね……」
「でしょ? 漫画で読んだキャラは自動反射だったけど、能力の思うままの自動発生は聞いたことないからね。再現するならそうなっちゃうと思うよ~」
「じゃあ阿古さんのあれは?」
「剛ちゃんは無意識だし、コントロールしてるわけじゃないもんなぁ」
聞いている莉乃も、説明しているはずの瑠奈も二人して理解が及ばないようでため息をつく。
能力の自動発生というだけであれば剛介が良い例だ。彼の能力の自動発生要因は生存本能に依存しているが、それ故に任意でのオンとオフが出来ていない。もし出来ていれば、彩音の研究がより一層捗っていたかもしれないが、どうやっても剛介は「傷の無い五体満足への回帰」を無意識で行ってしまう。
「超能力、難しいわぁ……」
「でしょ? だから織原ちゃんも私と同じように考えるのなんて諦めて――」
「なりたくない! けど、なっちゃいそーだ……」
莉乃の好奇心は止まることを知らないようでありながら、脆くも知識量による壁にぶち当たる事となっていた。瑠奈の誘惑を断ち切れずにいる莉乃は天を仰いで何を思うのか。思慮を巡らせ切れない少女二人を揺らしながら、電車は次々と駅をまたいで行った。




