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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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毒と薬は表裏一体(2)


 莉乃はすっかり落ち着いた様子でお茶を啜る。つられるように瑠奈も湯呑に手を伸ばし、同じように飲もうとするも、熱々のお茶はお好みでないようで冷まそうと必死だった。


「織原さん、入って早々こんな事ばかりでごめんなさいね」


 悠美がとても辛そうな表情をしながら、彼女が悪いわけでも無いのに莉乃へと頭を下げて謝った。急に謝られた莉乃は慌てて湯呑を置いて、手を払うように振って否定する。


「いえいえ! 私が悪いんだし――というか、確かに先生のあの口ぶり……」

「織原ちゃん、もしかしてまだ了承してなかったり……とか?」


 莉乃と瑠奈は顔を見合わせると、莉乃の方はジトっとした表情で頷き、瑠奈はそれを見て思わずため息を深くついた。


「え!? でも対超能力者を考えて織原さんの能力がどうって……」

「確かに阿古さんには入るって話したけど、あれって決まってた風ですもんね……」

「いやいや、剛ちゃんが副所長であろうとなかろうと、そんな口約束で決まるものじゃないからね?」


 莉乃はどこか安心したようなまだ面倒があるのかと落胆したような、色々な気持ちを込めたため息をひとつ吐き、悠美と瑠奈は頭を抱えていた。

 まるで莉乃ありきで話が進んでいたが、その莉乃は彩音のしていることを具体的には何一つ知らないし、彼女と共にしている瑠奈と悠美がやっているあるいはされている事を知らないのだ。


「坂上さんが来たおかげで何も進んでないんだよね……というか私って瑠奈に何を誘われたんだっけ?」

「プログラムだよ織原ちゃん、『人類再研究プログラム』! 先生が通した研究プロジェクトで、超能力者を対象にした能力開発の経過と影響を見ていくの!」

「そのために私も瑠奈ちゃんも基本的にはここに通ってるの。今は織原さんのためって名目で、瑠奈ちゃんは久しぶりに学生さんよね?」


 瑠奈がその無い胸を勢いよく張ると、悠美は看護帽から伸びたきっちりと分けられている茶髪を整えながら笑みを浮かべる。


「言うなれば、私達は研究対象でありながらも公務員みたいなものなの。だから雇用契約みたいな物があるの、って言ってもわかりにくいかしら? 『私はここで働きますよ』って約束すること……って説明であってるかなぁ」


 アルバイトという経験もする必要がなかった莉乃としては、全くわからない様子だったために悠美はかなり噛み砕きながら説明に努めた。


 彩音の立ち上げている研究プロジェクトである「人類再研究プログラム」は世界もとい旧日本国の管轄下で行われている。かつての軍事利用を見据えた超能力研究の延長線上にあるプロジェクトのひとつとなっているのは間違いないが、彩音は凄惨な歴史を踏み台に真なる優しい世界を目指す男だ。そのため、これまでの研究アプローチとは異なる「超能力者の人権を確保した研究」を打ち出した。人の道を踏み外して世界を統べた日本ではあったが、何においても歴史は回るということなのだろう。日本は彩音の提案を呑み、しかもこの流れは世界中の研究機関へと影響を与えた。


「契約っていうのはとても大切なの。これは私達を守るために先生が勝ち取った『手段』だから、それを無下にしたら失礼でしょう?」


 彩音は国という後ろ盾を、彼の思う理想的な形で利用することを一応は果たした。日本の管轄下で人道的に行われる研究は目覚ましい結果を出すことに繋がる。


 彩音京也が今日ここ国立神経科学研究センターの所長を務められる理由として、彼の発表した研究論文「超能力者の能力発動における神経パルス信号とその行方」に由来する。軍事利用を実直に目指し続けた日本もとい人類は、超能力における瞬間火力や戦略的価値の向上にばかり着目していた。起死回生の一手としてのみ、暗部で研究を続けられていたが故に然るべき研究が進むことが無かったのだ。

 彩音の論文はそれまで活躍していた超能力学者を愕然とさせた。これも時代の変化故だったのだろう、彼らの中に「現象が起きる理由」を探求する心は欠如してしまっていたのだ。「超能力=無から有を成す」という、科学の域を超えたものを諦めていた研究者達は、彩音京也という一人の鬼才によって目から鱗を落とすことになった。


「その論文って、どういう内容だったんですか?」


 ゆっくり、だが丁寧に話してくれている悠美に、莉乃は少し申し訳なさそうに軽く手を挙げて質問する。


「そうね――簡単に言えば『能力は脳の指令で起こる事でした』って説明をしてるの。例えばさっきの私の治療、先生に言わせれば『瀬良くんの脳が相手の身体へ命令してる』って事らしいの」

「うーん……わかるようなわからないような……」


 唸る莉乃を見て、説明をしてみた悠美も困ったように笑うしかなかった。横で見ていた瑠奈もよくわからない様子で、唸ることも顔をしかめることも無いあたりから彼女は考えることを諦めているのが見て取れた。


「じゃあ、坂上さんの熱量操作ってどうなるの? 脳が命令したとしても、それこそ空気にとかにどうやって影響させるの?」

「対外型能力の話ね、それも対物の。論文だと発火能力者を用いたデータを取っていたけど、言うなれば『空気中に命令を出していた』のよね、信号が流れてるの」


 莉乃はぽかんと口を開けて固まった。無理もないだろう、そもそも莉乃もとい高校二年生はどんなに発展した未来でも神経科学まではやらない。生物の授業で細胞の仕組みを習っても、それを身体全体まで見ようという物好きもいなければ、それをする発想もない。


「そうなるわよね――とりあえずは、外へも影響出来ちゃうのが超能力者なの」

「……もっと賢くなってから改めて聞きますね」


 莉乃も諦めてしまったのか、どこか悟ったような目で虚空を見つめていた。それを確認した瑠奈はそっと肩を叩き、謎のサムズアップを莉乃へと捧ぐ。

 二人を見る悠美はというと、己の説明下手さに辟易とした様子で唸ってしまっていた。こればかりは誰が見ても悠美が悪いわけではなかろう。彼女は教師でも無ければ学者でも無い、彩音の説明を精一杯自分なりに整理していたまでなのだから。


「難し過ぎる話は置いといて! とにかく、ちゃんと手続きが必要だから先生の部屋に行かないといけないわね」

「ええぇぇ! 私やだよ~、あそこ遠いの~、足が棒になる~!」


 書類は所長である彩音の元にあり、提出も彩音へ行うものである。避けられない手間だが、彩音の研究室が同施設内にあるとは信じがたい程に遠いことが瑠奈の絶叫を引き起こす。


「瑠奈ちゃん落ち着いて、とうとう私達の想いが届いたのよ!」


 そんな瑠奈へ、悠美は目を輝かせて詰め寄り手を取る。


「なんと! この前の襲撃の影響で動く歩道が設置されました!」

「悠美さぁぁん! 遂にこの時が来たんだ! 何年待たせんだあの研究狂い!」

「健康なんて剛介くん任せの癖に『こうしないと歩かないから』じゃないのよね全く! もうこの前パーティ開いちゃったくらいよ!」


 莉乃も思い出すが、彼女が訪れた時は様々なことが起こり過ぎて「長い道」という印象が薄れていた。だが、その異様なほどの距離への不満は、まさに今目の前の二人が声を大にして挙げているように施設内全体の問題に挙がる程であったのだ。


「じゃあ織原さん、早速行きましょうか!」

「あ、え、はい……」

「どうした織原ちゃん! 私達を文明の利器が待っているんだよ! もっとワクワクしなさい!」

「え!? ご、ごめんなさい……」


 理不尽なお叱りだったものの、瑠奈の勢いに完全に負けて莉乃は謝ってしまう。なお、文明の利器と言っても動く歩道は一世紀以上前から使われているもののはずである。

 軽快に医務室を出る瑠奈と悠美、それに半ば無理やり連行されるようにして莉乃は久しぶりに彩音の研究室へと向かうことになった。


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