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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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屈折した邂逅(1)


 莉乃は柴田に連れられ、数分も歩くことなく目的の会議室へと到着した。彩音の研究室へと続く道とは違い、特に曲がったり上がったりもなく、他の部屋と比べて大きな扉が彼女の前に立ちはだかる。


「ここが会議室、今は――13時10分か、私も研究室に早く戻らないとな」


 柴田は莉乃との間に続いた静寂へとピリオドを打つため、時計を気にして来た道をすぐさま戻ろうとした。


「あの――ありがとうございました……」


 あからさまにこの場から逃げたがる柴田を莉乃は引き留めなかったが、彼女の育ちの良さなのか、あるいは何を言うべきか困った末か、柴田へと感謝を述べる。その表情は変わらず曇ったままで、二人は初対面ながらも気持ちの良い別れにはならなかった。


 莉乃は罪悪感を背負ったような男の背中を見送ると、何かの式場かと思わせられる立派な扉へと向き直る。中からは人の話す声が聞こえるも、その声は遠い。

 今の莉乃が柴田に当たろうと、これから顔を合わせる超能力者達に何を言おうと、彼女自身が剛介のために行動を起こすことはできない。その手段を莉乃は知らないのだから。それでも気持ちを落ち着けるため、莉乃は彩音へと剛介が無事か確認するメッセージを送り、スマホをポケットへとしまった。


 決心したように一度頷くと、その荘厳な扉を自ら押して部屋へと入った。


 会議室の中は小さなホールのような、言うなれば大学の講義室を思わせる作りとなっており、後ろの席は空いているが前に随分と人が集まっていた。目算30人程度だろうか、お菓子を広げて食べながら、それぞれが衣装じみたものを身にまとって談笑している。部屋のいたる所に装飾が施されており、紙の華やロールテープを輪にして繋げたものなど、まるで文化祭の出し物部屋に来たような様子と言えよう。


「織原ちゃん!」


 莉乃が呆然と立っていると、聞きなれた声が莉乃の耳へ飛び込んでくる。


「瑠奈――アンタまでなんでそんな格好してるのよ!」


 どてどてと莉乃へと駆け寄る瑠奈は、お遊戯会で「木」の役を任された幼児が如く、なんともお粗末なクオリティの着ぐるみを装備していた。お決まりのように顔はしっかり出ており、実際に目の前にすると一層滑稽さが際立つ姿をしている。そんなことは意に返さず、大木姿の瑠奈は目を輝かせていた。


「今日は我らが聖母・織原ちゃんの歓迎会なんだよ? みんなそれぞれの能力にちなんだ格好してるわけよ! その方が織原ちゃんも覚えやすいし、楽しいでしょ?」


 目の前の幼児体型の女子高生は嬉々として語るも、莉乃の表情は以前暗いものであった。


「織原ちゃんも怪我とか治して貰って、早く着替えよっ!」

「アンタ聞いてないの……? さっき敵がそこまで来てて、阿古さんが目を覚まさ無いままなんだよ?」

「聞いてるよ? ほら、あの電波塔になってるやつ、あいつがカールと精神感応で交信してみんなに共有済み。施設の近くなら、誰でもあいつと頭の中で会話出来ちゃうんだよ! 織原ちゃんもやってみなよ!」


 瑠奈は遠くで電波塔の着ぐるみを来た背の高い少年と目を合わせ、お互いに額へと指を当てて楽しそうに唸る。瑠奈が彼の念を受信して何かを言っているが、その声は莉乃へ届くことは無かった。


 莉乃は酷く困惑していた。剛介が倒れ、起き上がらないことに未だ誰も取り乱していないのだ。何よりも、この半月に渡る期間で一番親睦を深めた瑠奈ですら驚きもしていないことが、莉乃を更に混乱へと陥れた。


「瑠奈、心配じゃないの? あの阿古さんが『倒れたまま』なんだよ?」

「織原ちゃんこそどうして? 剛ちゃんなら別に問題無いって――」

「それはもうさっき聞いたよ!!」


 莉乃は酷く瑠奈に怒鳴り付けてしまう。瑠奈から聞いたわけではない、道中に柴田から聞いたことだ。柴田が言ったように、彼の助言を忘れてしまったわけでは無かったが、この現実は莉乃にとってショッキング以外の何ものでも無かったのだ。

 莉乃は近い親戚を亡くした経験は未だ無く、更には「知人が倒れたまま動かなくなる」という経験も全く無かった。もっと言えば、人が苦しむ姿を見たのも新年度を迎えてのことで、彼女のストレスは当たり前に限界へと達してしまっていた。

 その原因は莉乃自身の能力による悩みも、あるいはそれが生み出した状況もあっただろう。しかし、何よりも環境が彼女を追い込んでいた。


 これまで、平和という幻想の世界においては人の移り変わりは極めて稀であった。何故なら、人間関係によるやむを得ない転居も親による転居も殆どなく、同じ団体では同じ人達とそれぞれ同じだけ友好な関係を平然と築いてきた。そこには価値観の差異は当たり前になく、そもそも悲劇的なことなど起きやしない。一般的な高校生が思い付きうる学内での嫌なことなど「点数が落ちる」くらいであろう。それすらも、回りはくどい程に共感をし、共に歩調を合わせようと手をさしのべる。


 退屈と嘆きたがっていながらも、歪んだほどに綺麗な世界だけを当たり前のように生きていた莉乃にとって、この状況はストレスの要因が酷く積み重なっていたのだ。


「お、織原ちゃん、どうしたの? 何か嫌なことあったの? 私で良ければ話して――」


 部屋の全員が莉乃を何事かと見つめる。彼女の怒りを、これまた当たり前のように理解できないでいる瑠奈は手を差しのべ握ろうとする。

 だが、触れた瞬間にその手は綺麗に弾かれてしまう。莉乃はそれが気に触れたのか、叫ぶだけにとどまらず背を向けている扉を割れんばかりに叩きつけ始める。


「意味わかんない! どうしてそんな浮かれていられるの!? アホくさいわ!」


 莉乃は人生で初めて、収まりがつかない程に怒り狂っていた。それは剛介が倒れたことが原因なのか、はたまた膨れ上がるほどに溜まっていたストレスが一気に弾けてしまったのか定かではない。原因をどこに置くべきかは難しいが、それ故に莉乃の怒りの矛先はどこへ向けられるわけでも無いように、彼女の罵声がただ部屋へと響き渡る。


「黙って聞いてりゃあ、社長出勤の主役様が随分と言ってくれるじゃねぇか」


 叫ぶ莉乃に対して、一直線に一言もの申す声が飛んでくる。声の主は莉乃も一目で判断出来た。何故なら彼女はここでは異様となるパンツスーツ姿であったからだ。スーツの女性は左右非対称な前髪の片方から覗ける眉をひそめ、肩ほどまで伸びた真っ白な髪を指先でいじりながら続ける。


「俺は良いけどよぉ、こいつらはせっせとお前ら新入りのために準備してたんだぜ? それをお前は何様のつもりで――」

「阿古さんの心配もできないひとでなしが何を言うの?」


 莉乃はその噛みついてきた白髪の女性の言葉を遮るように反論する。


愛羅(あいら)さん! 織原ちゃんは何か取り乱してるだけで――」

「おちび、それが免罪符になるわけじゃねぇのはお前でもわかるだろ?」


 愛羅と呼ばれた女性は、その深く紅い瞳を瑠奈へと向けた。瑠奈は縮こまるわけではなかったが、愛羅の言うことが筋違いと言いきれないだけに目を反らしてしまう。


「織原っつったな、先生のお気に入りよ。お前が坂上っつうもう一人の新入りにしたことは、果たして『ひとでなし』ではないと言えるもんかね?」


 目線を莉乃に向け直した愛羅は、先日の澪を取り押さえた時のことを引き合いに出してくる。莉乃は自覚もあったし反省もしていた、それ故に愛羅の問いへは固く口を閉ざす他無かった。


「ここにいるやつらみんな知ってるんだぜ? でもお前を受け入れる、それがこの超能力部門と便宜上は呼ばれる、モルモットの掃き溜めにおけるルールだ」


 愛羅の言葉に思わず莉乃もたじろぐ。目の前の白髪の女性が醸し出すただならぬ雰囲気もあったが、彩音の説明とは随分と物言いが違ったからだ。彼は「超能力者を全て救う」と話していたはずで、超能力者を研究材料として扱う学者を酷く憎み、その罪の所在を自身へと置いていた。そのはずが、愛羅の言い方はまるで彩音が最も嫌悪する扱いそのものではないか。


「愛羅、それは先生を愚弄する発言よ」

「あの狂人を愚弄もくそもあるかよ。嫌いだってんじゃないだぜ? ただ、先生は自分も含めて全員気持ちよく実験材料にしてんなってのはみんな思うところだろ」


 後ろから、看護服の女性が愛羅を静止しようとするも彼女はそれでもなお止まらなかった。愛羅は莉乃へと歩み寄りながら、一層追い詰めるように言葉を重ねていった。


「織原、お前のその目は『()る奴の目』だ。よく今の社会に溶け込めてたな? お前は十分異常だよ。そうだ、俺はそういう歓迎会の方がよっぽど良い」


 莉乃と愛羅の間は数メートル、真っ向から睨み付けあう二人。愛羅は腕を挙げ、クイッと挑発するように莉乃へと手を向ける。


「来いよ三下。真田愛羅(さなだ あいら)、それがお前に屈辱の味を堪能させてやる女の名だ」

「愛羅! いい加減に――」

「織原莉乃。おばさんを粛正する女子高生の名前だよ、忘れないように身体で覚えさせてあげる」


 瑠奈はもはや二人の間に入ることもままならず、愛羅の後ろから駆け寄る看護服の女性の言葉も意味を成さない。国立神経科学研究センター内、演習場もあるはずだが会議室である一室で、二人の女がぶつかりあう。

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