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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
22/65

ギャップ(1)


「阿古さんしっかりしてよ! 流石に私一人じゃあそこまでアンタを抱えて行けないよ……」


 肩を貸してようやく剛介は立てたかと思うと、すぐに倒れこんでしまう。運動神経が良い莉乃ではあるが、それは自分の身体を自在に動かせることに起因している。女子高生帰宅部の平均的な筋力でしかない莉乃にとって、例え本気を出しても剛介のようなもやしっ子であれども、数十メートル先の国立神経科学研究センターへ担いでいくことは不可能だった。

 蹴り飛ばしていく、というのであれば話は違うだろう。だが、何が起きても驚異的な再生能力で平然としていた剛介が、立つこともままならず未だ口も開かず目も虚ろとなれば事態がどれだけ深刻かを理解しない方が難しい。


「阿古さん! ねえってば!」


 莉乃が剛介の身体を強く揺するも、返事は無い。もはや本当に生きているのか怪しいほどに、まるで人形のようにされるがままの剛介を莉乃は唇を噛み締めながら見つめる。

 莉乃は周囲を見回した。まだ聖達がいる可能性を排除しきれない。このタイミングでまだ襲われれば、剛介を守りながら戦えるほど莉乃は器用でない。彼女の経験の浅さ、もとい無力さを痛感させられる。


 莉乃が周囲を警戒していると、施設方から何やら人影が飛んでくるのが見えた。それは真っ直ぐとこちらへ向かってきており、遠目では信じがたかったが胡座を組んで座っていた。だがしかし、宙を飛び、こちらに向かってきたのだ。

 莉乃は優しく剛介を地面に下ろすと立ち上がり、出来うる限りの臨戦態勢を取る。莉乃は近づいてくる人影をより明確に視認すると、一層驚いた。

 男性はターバンを頭に巻き付け、クルタと呼ばれる旧インドの民族衣装に身を包んで、それで且つ飛んでいたのだ。真っ白な衣装とは対照的に、肌は浅黒いように見える。


「おーい! それ剛介なんかー?」


 浮遊する男性は莉乃に向かって飛びながら問いかけてくる。異様な光景に、莉乃も困惑でしかない表情を浮かべて構えが崩れる。どう見ても超能力者であることに間違いはないが、それにしても「まさしく」が過ぎては興も醒めるのだろう。先程は聖のテレポートに、拘束されながらも強い興味を示していたが、今の莉乃からはそれすら感じられない様子だ。


「あぁすまんな、お前が莉乃やろ? ワイは仲間や、剛介から聞いとらんか?」


 浮遊する男性はにこやかに莉乃へと話しかけてくるが、この状況を全く呑み込めていない莉乃がいた。さっきは人でありながら雌雄同体を自称する者とその仲間達にめちゃくちゃにされ、今度はターバン巻いて浮いている黒人だ。願っても頼んでもいない非日常の嵐に、疲弊した莉乃は言葉を失っていた。


「なぁ剛介も言うといてぇな、連絡寄越すから来たんやん。いつまで死んだフリしてるんや?」


 コテコテの関西方言もどきを絶え間なく発する浮遊する黒人は、そのまま寝ている剛介の位置まで高度を下げる。剛介の顔をつついたりデコピンをしてみているが、当然だが剛介に反応は無い。


「阿古さん、敵と戦って……血を逆に流したとか言われて、それで……」

「それほんまなん? 先生の実験でもやっとらんことやで?」


 莉乃は呆気に取られてはいたものの、剛介へ殺意がないことを確認するとターバンを巻いた男性へと経緯を説明した。最初の莉乃の言葉以降、真剣な眼差しで耳を傾け、聞き終えると剛介へと近づく。


「それならまず、確認はしとこか……っと!」


 黒人の男性は剛介の腕の皮膚を右手で摘まんだかと思うと、ブチッという音と共に手を素早く引いた。すると、男性は怪訝な表情で摘まんだ先を見つめている。莉乃も目をやると、彼が摘まんでいた剛介の腕の皮膚が引きちぎられ、血が滴り痛々しく皮下の繊維が露呈していた。


「アンタ! 阿古さんに何を――」

「まぁ待てや。お前もよう知ってるやろ? 剛介は回復魔人やが、それが今やこの有り様や」


 激昂する莉乃を遮り、浮遊する男性は剛介の腕を見ろと言わんばかりに指をさししめす。剛介の腕の皮膚は、莉乃が見たついさっきよりも、男性へ威嚇したこの一瞬で傷口の半分近くが元に戻っていた。


「こいつの能力はまだ動く、つまり息はあるっちゅうことやな。それでもこんだけ遅くなっとるんは気にかかる、研究所へ急ぐで!」

「急ぐなら手を貸してよ! あそこへ行けばどうにかなるんでしょ!」


 眼前の研究施設へ視線を飛ばしながら、莉乃は浮遊する男性へ叫んだ。それが出来なくて困っていた莉乃としては、言われなくてもわかっていたことを無駄に時間を割いて言われた所で怒りが湧くだけだった。


「ワイは非力やから手は貸せへんなぁ、こう見えても握力30もないねん」


 浮いた男性は手ひらひらとしながら、非力ですよと言わんばかりのアピールをしてみせた。クルタの上からでは少し分かりにくいが、それでも浮遊する男性が剛介より逞しそうなことは見てとれる。直立していないだけに身長は定かでは無いが、莉乃としては一層腹が立つ余計な一言だろう。


 しかし、莉乃が男性を睨むようにしていると、視界に横になった姿勢のまま浮いた剛介が入り込む。莉乃は当然驚き声を上げるが、目の前の初めから終始浮いている男性を見て状況を理解した。


「面倒くさい人ね、『力なら貸せる』ってこと?」

「言わせてぇな……人のセリフはパクるもんやないで?」


 浮遊する男性は落胆するような素振りを見せるも、茶番をすぐにやめて施設へと舵を取り直す。


「カール・ガルシアや。お前達の歓迎会のためにおめかししとるが、これが普段着やないからな?」


 カールは自己紹介と共に、やはり気にしていたのか自身の見た目についてしっかりと事情を伝えてきた。だが、莉乃としてはそんなことはもはや微塵も気にかけることはなく、カールより早く研究施設へと走っていた。


「急いでよ! 阿古さんをそのままにしてるの、嫌だもん!」


 莉乃は走りながら後ろでふわりと浮くカールへ投げ掛ける。彼は女子高生のお叱りを笑って受け取り、ひとり呟く。


「嫌われてる言うてたのになぁ。勘違いは莉乃が可哀想やないか、剛介」


 されるがままに浮いている剛介を見ながら、独り言なのか語りかけたのかカールはため息混じりに言葉を溢す。


 先を走る莉乃は凄まじい速度であったが、空を切る音と共にカールと剛介が莉乃の横まで飛んでくる。足並みを揃えると、三人は国立神経科学研究センターへと入り、彩音の元へ急いだ。

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