ファーストキス(1)
国立神経科学研究センターのある地域周辺には背の高い建物ばかりがある。マンションが多くあるが、それでも人が少ないのは全て研究員等の宿舎として機能しているからだ。この御時世、国が総力を注いで世界征服を成し得た研究をするためとあらば、土地はもちろん様々な物資も注文を拒否されることが珍しいほどだ。
それ故に、日の出ているうちは閑散としており、ある意味では改札を出た瞬間から施設の一部とも言えよう。莉乃と剛介の話し声があたりに響く中、どこからか別の声が聞こえてきた。
「ねぇ、あそこの人達も研究所の人?」
莉乃は研究センターの数件手前のビル付近で何かを話している三人組を指して剛介に問う。遠目には華奢な三人組が和気藹々と何かを話している様子が確認できた。
「ここら辺にいるって事はそうだろ。悪いが俺も関係者全員を覚えてるわけじゃねぇんだが、あの感じは能力者側だろ」
歩みを進めると莉乃と剛介は三人の容姿を明確に捉えることに成功する。一人は肩につかない程のブロンドの髪を携え、教科書で見たような軍服を現代風にリメイクしたような制服を着た若い女性。もう一人も同じような制服を来ており、その淡色の髪は良い感じにうねっており、スタイリングパーマを思わせる赤眼鏡をした女性。そして最後に灰色のボブカットで、ワイドパンツに上もゆったりしたウェアだが、その上からでも線の細さを感じる女性であった。
現代ではこの上なく浮いている見た目から、莉乃としても同類の者と判断できて思わず笑顔になる。同時に、長い自分の黒髪を見て少し考え込むようでもあった。
「ちょっとそこのお嬢ちゃん達よ、そろそろ戻んねぇとおっさん達にどやされるぞ」
「阿古です!阿古剛介です、良いタイミングで来たですね~!」
剛介が施設へ移動することを促したが、ブロンドの女性は彼を見てその細い身体をクネクネとして喜んで見せる。他の二人も剛介の方へ目線を向け、三人に見つめられた剛介は悪い気がしないのか笑みが溢れる。
「阿古さん、キモいよ」
「うっせぇな、織原も黙ってりゃって奴なのにいちいち――」
莉乃が浮かれる剛介に一言刺し、普段通りに剛介も返事をした時だった。喜びの舞いをしていたブロンドの女性もそのパッチリとした大きな瞳を莉乃へと向ける。同時に、他の二人も莉乃へと視界を合わせた。
「君が織原莉乃――僕たちは非常に運が良い、最重要人物だ」
灰色髪の女性が莉乃へと近づき、その紅い瞳で捉えて離さない。その一言に間髪いれず剛介が反応し、莉乃と灰色髪の女性の間に入った。
「『最重要人物』とはどういうことだ? お前ら三人とも先生とそこまで面識がないはずだが、所属を答えろ」
彩音の秘書のような剛介ですら知らないとなると、彩音に近い人間では無いという点。そして、莉乃としては理解が追い付かない「最重要人物」という扱い、彼女はキョトンとして剛介と灰色髪の少女を交互に見る。
灰色髪の女性はニッコリとしたまま、剛介をスッと避けて莉乃へと近づき手を差し出した。
「初めまして、僕は緒方聖。よろしくね」
剛介の問いを無視し、サッと握手を求めてくる聖と名乗る女性に莉乃は虚を突かれて思わず握手を受け入れようとする。
だが、指先が触れたかどうかという瞬間、莉乃は大袈裟な程に腕を引き、剛介を掴み三人と距離を取った。いきなり掴まれ後ろに引っ張られた剛介は思わず声をあげるも、すぐさま莉乃の方へ向き返し、睨みを利かせた。だが、莉乃の頬を走る冷や汗を見て、剛介も何かを察して三人へと目を向け直した。
「阿古さん、ここでは挨拶代わりに能力を見せるのが礼儀とかなの? それとも、アンタみたいに人にすぐ喧嘩売るのがルールとか?」
「そんな事は無いが、能力柄すぐ手を出す奴はよく知ってる。だが、お前ら全員見ない顔だな」
何を感じたのか、莉乃が警戒心をあらわにしていることから剛介も三人を問い詰めるようにセリフを吐いた。聖は驚いたような顔をして、莉乃が急に引いたことへの反射で若干挙がっていた腕を腰の位置まで降ろした。
「驚いた、僕そんな変なことしたかな?」
「否定しましょう。聖は普段通り能力の発動を成功していたでしょう」
莉乃を見つめながら疑問を投げ掛ける聖に、赤眼鏡の女性が囁くように答えた。それを聞いて聖は唸り、何か考えるように目を細めていた。
だが、その答えを聖が導き出す前に、ブロンド髪の少女が全身を使って小刻みに跳ねながら主張してくる。
「良いですそんなのどうでもです! カミラ早く帰りたいです!」
「まだ坂上澪の発見が残っているでしょう。しかし、聖が思考を巡らす時間は無駄と言う意見には同意しましょう」
赤眼鏡の女性の発言に二人は思わず驚いて目線を合わせた。坂上澪、ヒューマンエンパシーに属する熱量操作の超能力者であり、彩音への襲撃を失敗して今は眼前の国立神経科学研究センターに保護されている。
それを知っているということ、そして剛介も知らないと断言する顔ぶれであることが導き出す最悪の答えを、剛介は口に出してしまう。
「ヒューマンエンパシー所属ってか――だがこちとら世界一の――」
「世界一の超能力研究機関、そして保有する強力な能力者達。だからと言って、穴がないわけじゃない」
またしても、剛介は全てを口に出すこと叶わず、食いぎみで聖が発言を重ねる。しかし、その聖の声は今さっきと比べて相当に離れたものとなっていた。剛介が目を離した瞬間は無かったはずだが、彼の視界からは聖の姿が消え、目の前にはカミラと自分を呼んだ少女と淡色髪の赤眼鏡をかけた女性の二人になっていた。
「瞬間移動!? スッゴい! これどれくらい移動出来るの?」
剛介は更に驚くこととなった。数秒前、自分を引っ張り下げ一緒に身構えていたはずの莉乃の声も聖と同じように遠くへ離れ、後ろからではなく剛介の前から聞こえていたのだ。ここまで知覚して、ようやく剛介は莉乃の所在を確認する。するとビルにして三件ほど奥、遠近法で剛介の目の前に立つ女性二人と重なって隠れていた。
莉乃は聖に後ろから肩を抱かれており、特段身体への異常は見られなかった。最も、敵に背を向けてなお能力に対する感動から喜び声を大にしているあたりは異常であると言えるかもしれない。
「僕は君とならどこへでも行けるよ。何のしがらみも無く出会えていれば、きっと素敵な恋を出来たのに……」
「ごめんねお姉さん、お姉さんも可愛いけど女の人同士っていうのには――」
「僕は身も心も雌雄同体だから何も問題ない、十分に愛し合えるよ」
最近モテ期で同姓の幼女もどきから熱烈なアピールを受けていた莉乃のセンサーに何か引っ掛かったのか、聖へと一言物申す。だが、真か偽か定かでないものの、莉乃には到底理解の及ばない回答を浴びせられ、莉乃は肩を抱かれたまま固まってしまった。
「織原っ! 大丈夫か!」
緊急事態であったはずが、何もかも考えるのを放棄したように放心しかけていたが、剛介の声で莉乃もハッと目が覚める。状況を再認識したのか、キツく聖のいる後ろを睨んで彼女の手を振りほどこうとする。
「織原莉乃、あまり動かない方がいい。僕の能力発動中は止まってないと身体が吹き飛んでしまう。これは忠告だよ」
だが、莉乃が動く前に既に聖は彼女の耳元で囁いていた。抵抗されることは見越していたのだろう。前もって釘を指すように添えられたが、今の莉乃にとってはそれほど驚異に感じなかった。
「阿古さんの事も知ってるんでしょ? そんな脅しが――」
「いつ身体がこの次元に残るって話をしたかな? ちゃんと考えて行動しないと、超能力は万能じゃないんだからね」
莉乃の反論にも、冷静に聖は回答した。「瞬間移動」と莉乃が形容した聖の能力はどういったものか定かでない。そもそも、莉乃もとい一般的な高校生が空間転移に関する知識を有していることは稀であるし、莉乃ももちろんそういった空想科学と言われることへの興味関心は薄くして生活をしていた。
また、「能力は万能じゃない」という聖の言葉は莉乃に痛いほど刺さった。これまで見てきた能力の中でも、些細な出来事だが瑠奈の一件がある。橘へとしかけた、莉乃と瑠奈の出会いの副産物だ。橘は不格好な筋肉の発達を叶えていたが、これは瑠奈の想定していなかった言わば「事故」の結果だ。瑠奈本人は「ムキムキになって私に感謝感激」と言っていたように、成功を前提で行っていた。しかし、その結果が橘の身体へと現れていた。
人の常識を越えることが平然と起きる、そんな超能力における「事故」は莉乃がどれだけ優秀でも予想することはできないだろう。甚大なるリスクを感じ取ったのか、莉乃はその後の反撃をピタリと止めた。
その莉乃の肩を抱き、大人しく手中に納めた聖の表情は溢れんばかりの笑みで、整った顔のはずがどこか醜悪さすら感じるものであった。




