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織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
一章 真実と代償、偽りの相貌
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欺瞞に満ちた社会(1)


 早くも夏の陽気が訪れる4月終わりの朝、莉乃は最寄り駅へと向かっていた。剛介から受けた召集の当日、休日の駅はいつもより閑散としていた。学校以外で外に出る事のない莉乃は久しぶりの私服、白いワンピースに黄色いカーディガンとこの上なく春らしい装いで辺りを見回す。午前九時、ホームには莉乃と片手で数える程度の人がいるのみである。10分に一本あるかないかという電車に乗っても、車内は誰もが角の席を椅子取りゲーム無しで座れるほど空いていた。


 彩音の研究室、もとい彼の持つ研究所になる国立神経科学研究センターへは莉乃の自宅から計1時間もかからない。道中、特に寄り道をしなければ到着は早すぎる所の騒ぎではない。

 もちろん莉乃もわかってはいたが、彼女の行動は目元の隈が物語っていた。遠足の前日に盛り上がる少年さながら、楽しみが過ぎて上手く寝付けなかったであろうことが容易に想像できる。莉乃は完璧じみているが、私生活においては戦闘中における二重人格を疑うほどの切り替えを出来るわけではないようだ。


 淑女とは程遠く、大口であくびをしながら手すりへと寄りかかるとうとうととし始める。寝過ごして終点まで行ってしまっても往復してなお時間は余るが、そんな面倒なことは莉乃も望むところではないだろう。スマホを取り出し、何を閲覧するわけでも無く液晶画面を見続けることで眠ることを避けようと努力していた。

 画面には先日までの瑠奈とのやり取りや、彩音へ送るも返事が無いメール等が無意味に繰り返し開いては閉じを繰り返される。


 瑠奈へはメッセージでも能力について質問は度々していたが、どうにもはぐらかされてばかりであった。先日の「能力の得手不得手」についても先生に聞いた方が絶対良いの一点張りであった。これに関しては剛介も同じで、彩音不在の対応を受けるついでに聞くも「悪いがバカだからわかんねぇ」といった返事しか貰えなかった。

 剛介に関しては頭の出来を計る情報は無いものの、瑠奈に関しては出席態度や日常会話からそこまで出来が悪いとは考えにくかった。また、正解では無いにしても個人的見解のひとつでも述べたくならないものなのであろうか。莉乃はまさにそれで、自身の能力について考える所を瑠奈に話すも生返事ばかりでまともに取り合う様子が無かった。


 莉乃がこうして行動する理由として「超能力」という大きな魅力があるわけだが、それを示してきた人物たちはどうにも教えてくれるようで教えてくれない。人として交友を深めるだけに――それが今までのものとは違い、お互いに特別なものを抱えるだけに一層――あまり強く突っ込めないでいたが、もどかしさが積み重なるばかりであった。


「今日こそ先生に問い詰められるかな」


 半目で画面を見つめながら独り言をこぼす。期待と、どこか焦燥を抱えたようなその独り言は、独り言ではなくなった。


「残念ながら、彼は君に何も与えてくれないよ」


 急に自分へと語りかけられる声に、莉乃はハッとして視野を広げる。声の主は莉乃が座る目の前で立っているスラッとした女性であった。紺碧の瞳が深緑の髪の間から莉乃を見下ろしており、ベージュのブラウスにショートパンツと少し夏らしい服装の上から白衣を羽織るという何とも個性的な組み合わせをしていた。

 莉乃と目が合うと女性は微笑み返し、肩につかないほどのウェーブがかった髪を耳にかける。


「隣、失礼するわね」


 そう言うと莉乃の隣に腰を下ろし、肩が触れるほどに近くに座りなおした。戸惑いを隠せない莉乃に大して、女性はハッとして白衣のポケットから何かを取り出そうとする。


「そうだわ普通の子だもんね……初めまして、私はパメラ・マルタン。リノと違って名が前に来る文化圏の人だけど、こっちだとみんなマルタンって呼ぶわ。可愛いんですって」


 少しおかしそうに笑いながらパメラと名乗る女性は白衣から名刺を取り出し、莉乃へと差し出した。莉乃は軽く会釈をしながら受け取り、名刺を見つめる。


「第六国区ニューロサイエンスラボラトリー……の局長さん!?」


 第六国区とは、世界統一後にかつての国境で大まかにわけた区分であり、概ね旧ヨーロッパがそれにあたる。

 旧ヨーロッパ――それで莉乃が思い出す事と言えば無論。


「ヒューマンエンパ――」

「よく勉強してるわね、でも私達はヒューマンエンパシーじゃないわ」


 言いかける莉乃の口を人差し指を添えてパメラは遮る。大人の女性らしい、あるいはまた別として彼女の美貌もあってか、同姓の莉乃ですら少し胸を打たれるなまめかしさを備えていた。


「で、ではどちら様で……」


 パメラの人差し指から少し唇を離し、莉乃は再度口を開く。例えヒューマンエンパシーでなかろうと、島国でもこんな人の少ない地方まで海の向こうから訪れ、莉乃の独り言を否定してきたのだ。しかもニューロサイエンス――脳科学、もとい神経科学でもあるが――の研究をする者であれば、これ以上ない程に不審だろう。

 それも、莉乃が久しく彩音の元へ訪れるという絶好のタイミングで現れたのだ。何か意図を感じられずにはいられないのか、莉乃は警戒するようにまっすぐ見つめる。


「あら、これじゃあ何のための名刺かわからないわね」


 パメラの返答は莉乃の期待には添わず、微笑を崩さぬまま名刺へと目線を飛ばすのみであった。莉乃も思わず閉口してしまうが、そんな彼女へパメラは手を伸ばし頭を撫でる。


「冗談よ、からかってごめんね。こんな可愛い子をキョウヤに取られちゃうなんてやっぱり嫌ね」


 口とは逆に、依然としてからかわれていることに莉乃はどうにも解せないような表情ではあったが、それもまたパメラにしてみれば「可愛いもの」のようでニコニコしている。

 莉乃は手を優しく払いのけると、席を立ち上がってパメラを見下ろした。


「アンタ、もしかして先生の言ってた――悪い研究者!」


 莉乃は思い出した。彩音の語った彼自身の生い立ちと彼のプログラムの真意を。

 敵意を剥き出しにパメラを睨むが、一方の睨まれる側はポカンとした顔をしており状況をいまいち把握出来ていないようだった。だが、程なくして何を察したのか、鼻で笑い飛ばす。


「リノ、良い事を教えてあげる。あまり大人を信用し過ぎない方が良いわよ」

「勝手に言ってなさい。目的は知らないけど、場合によっては容赦――」

「例えば、キョウヤね。彼がどういう言い方をしたか知らないけど、パッと現れたおじさんの言うことをすぐに信じちゃって良いの?」


 パメラは不敵か、あるいは慈愛に満ちた笑みを浮かべながら莉乃へと問いかけてくる。世迷言と切り捨てることは簡単だが、莉乃は眼前の女性が言うことが十二分に考慮すべきことだと理解してしまう。

 瑠奈と剛介という同類が慕う人間、それだけの情報で彼を信じようとしていたことは事実であった。彩音の語る理想や理念を鵜呑みにし、疑わぬままに直進しようとしてしまった莉乃は己の愚かさに呆れるように頭を抱える。


「でも、瑠奈や阿古さんが先生を信じてるし、お姉さんだって敵でも見捨てずに――」

「それも彼の計算の内、パフォーマンス、茶番劇だとしたら?」


 莉乃の弁明にすかさずパメラが迎撃の言葉を浴びせる。その可能性もどこかにあるが、莉乃はこの平和が確固たるものとして成立した世界で生きてきたのだ。人の悪意を知らず、人の善意ばかり受けて生きてきた。それ故に、彼女は彩音の言動に真偽を見出す力は持ち合わせていなかった。

 またも言葉に詰まる莉乃を見て、パメラは真剣な眼差しで語りかけてくる。


「もちろん、私だって何者かわからないと思う。それでも、リノの味方をしたい人間の一人として覚えておいて。もし困ったことがあれば名刺の番号に連絡して頂戴」


 言い終えると、パメラも立ち上がり車窓から外を眺める。地方と言えど、自然は少なく建物ばかりが地表を埋める町並みが過ぎるばかりであった。


「日本か――この風景、何十年変わってないのかしらね」


 ポツリとパメラが呟くが、莉乃には真意が読めず返答に困っていた。だが、程なくして次の駅へと到着する車内アナウンスが流れてきた。


「じゃあ私は次で降りるから、リノはしっかり自分で道を決めなさい」

「結局なんもわかんない……こうやっていつも超能力者は取り合いになるわけ?」

「それは――違うの、リノだからじゃないかしら」


 電車のドアが開き、パメラはすぐに降車した。莉乃は降りる彼女の腕を掴もうとするも、何かが莉乃を電車へと押し込み――あるいは引っ張られたのか――手が届くことはなく、ドアは無情にも閉まった。

 尻餅をつくも莉乃は素早く立ち上がり、窓の外を見た。しかし、そこにはつい今までいた白衣姿の女性の姿は無く、誰もいないホームが広がっていた。


「本日は誠にありがとうございます。次は国立神経科学――」


 気付けば回りに人ひとりいない車内、次の駅を伝えるアナウンスのみが響き渡る。楽しみがはじけんばかりだった朝は、一転して不安と恐れが莉乃を蝕み始める材料を落とした。

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