大人な後輩(2)
窓から夕陽が差し込む落ち着いた雰囲気の喫茶店。スーツ姿の中年男性は新聞をかじりつくように読み、年老いた夫婦はにこやかに紅茶を楽しんでいる。店に相応しい客層の中、一画に若干場違いな女子高生が二人、歓喜の声を上げ甘味を堪能していた。
「口の中で溶ける……これは本当にパンケーキと言って良いのかしら、もはや芸術よ!」
「外から見てたらこんな美味しいものあるお店なんてわからないよね! これは私達だけの隠れ家的、いや、もはや愛の巣と言っても――」
「黙って食べないとフォーク刺すわよ」
莉乃と瑠奈の前には三段に重なった分厚いパンケーキが、彼女たちの繰り出すフォークとナイフを受けふわふわと揺れ動く。普通のパンケーキより圧倒的な工程数を感じられるこの作品は、かつて流行ったパンケーキブームを思わせる逸品だ。今や健康的食事において、全世界的に米が強く推奨され且つ好まれている。だが、反面精神衛生上のケアという名目で、このような甘味の存在は根強く有り続ける。事実、現在莉乃と瑠奈はまさにその効力を最大限発揮されている最中であろう。
一連の会話もパンケーキのおかげか、満面の笑みで執り行われた。だが、莉乃がフォークを指すと言うのは冗談でも無さそうであるのが怖いところだ。
莉乃は様々な顔を持つ。正確には持っていることがここ二日で、彼女自身も気づいたことである。女子高生、もとい社会的立場で要求される「この世界では普通の子供」としての一面。そして、戦闘が発生した時に開花した戦うことを存在理由とするような冷徹な顔。だが、それと相反する負の感情やシチュエーションに極端なほど狼狽する側面も併せ持つ。
「織原ちゃん、本当にやりそうな時あるから怖いって~」
どこまで考えてかは定かでないが、瑠奈が笑いながら手を上げて無害であることをアピールする。それを言われた莉乃は少し寂しそうに笑った。
「今のは本当に冗談。でも昨日から自分がわかんないよ、私がもっと食べ物に執着するやつだったら本気で言ってるかもね」
「それも織原ちゃんの能力が原因で――そうだそうだ! パンケーキで忘れてたけど、彩音先生はなんて言ってた? もう命名もされちゃったり?」
会ってからここまで茶化すような態度を取っていた瑠奈だったが、能力の話を思い出すと一転して机に身を乗り出すほど迫ってくる。
「それね、調べてみようかってなったけど。ほら言ったじゃん、なんか謎のお姉さんが研究所襲ってきたって。それで延期よ」
「でもどうせ織原ちゃんがボコボコにしたんでしょ? また顔面に蹴り入れたの?」
「どうせってね……。ちょっと動けなくしただけ、お姉さん凄くて近寄りにくかったし。熱を操る能力って先生とかは言ってたかな」
莉乃は今日の国立神経科学研究センターで起こったことを、彼女が覚えている限りではあるが瑠奈にも話していった。坂上澪という襲撃者の存在、彩音京也の贖罪とも言えるような夢、そして莉乃自身の「自他共に操り得る能力」について行ったこと。
特に莉乃の能力の話の最中、聞いている瑠奈は何度も大声を上げては店主に注意の眼差しを受けた。
「織原ちゃんエッグい! 何が『触らないで! 気味悪い!』だよ! 自分の方が私よかよっぽど酷い能力と使い方じゃんか~」
「あれはもう一人の私が的な? なんか敵と戦うぞってなると、我ながら恐ろしいこと平然としちゃうんだよね……」
瑠奈に突っ込まれ、実際返す言葉も見当たらないようであった。冗談っぽくしようとしてみたものの、莉乃は自分がしたことに対して恐怖するように俯いてしまう。
あからさまに落ち込む莉乃を見て、瑠奈はその小さな身体で必死に手を伸ばし、莉乃の手を掴む。
「心配いらないでしょ! だって織原ちゃんは『敵』って思った相手にしかそれしてないんでしょ? それなら十分制御出来てるじゃん! 何かに没頭すると性格変わっちゃう人なんていっぱいいるよ!」
大声で莉乃のフォローに励む瑠奈に、とうとう店主から直々に注意をされてしまう。平謝りをする以外ない瑠奈は、店主が去ると落ち着き直し莉乃を見る。
「やっぱりさ、わからないと怖いよね。ちょっと違うけど私もそうだったからさ、織原ちゃんの気持ちわかるよ。多分剛ちゃんもそう。先生の元に来る人はみんな自分がわからなくて怖くなったことあるはずだよ」
優しく語りかけてくる15歳の、ひとつ年がしたの後輩に莉乃は思わず涙ぐんでしまう。しかし、莉乃も年上としてのプライドがあるのか、泣くまいと唇を噛み締めているのが一目瞭然だ。
「良いんだよ織原ちゃん、寂しい気持ちはこのあと私と一緒にホテルで――」
「行かないわよ、しかも未成年がそういう所入れるわけないでしょ。バカみたい」
いつものように軽いノリで来る瑠奈に、莉乃もいつも通り軽くあしらった。
「……ありがとね、悔しいけど私よりよっぽど大人だわ」
「もっと大人な私、ベッドの上で織原ちゃんに思い知ら――」
「だから行かないわよ! 人が珍しく誉めてもこれなんだから!」
瑠奈は湿っぽいのが苦手なのか、あるいは単に目の前の先輩に気を遣ってか、ふざけたように返す。莉乃もそれは察しているのだろう、二人は笑いながら言葉をぶつけ合う。
だが、残念ながらこれが決定打となってしまったのだ。月がうっすらと見え始める頃、二人のもとに再度人影が訪れる。店主、その顔は怒りの一色に染まり上がっている。
莉乃と瑠奈は無事退店を命じられ、そこそこに話した末にその日は解散する運びになった。




