大人な後輩(1)
空が茜色を帯び始めるころ、第四中央高校の正門から学生服を着た生徒達が溢れだす。時刻は16時過ぎ、莉乃はサボった学校まで脚を運び、銘板が隠れないように寄りかかりスマートフォンを弄っていた。
莉乃は内心、クラスメイトと顔を合わせるのは気まずいのだろう。正門を背にしているが、見る人が見れば一目瞭然だ。溜め息をつきながらもそこにいるのにはもちろん理由がある。
つい一時間ほど前、剛介に見送られ国立神経科学研究センターを後にした莉乃に幾つか連絡があった。
ひとつ、正確には複数であるが、母から電話がかかってきていた。当たり前のように制服を着て、いつも通りの時間に出て行ったが学校から登校していないと連絡があったようだ。折り返しですぐ電話をすると、声を荒げる母へ莉乃はひたすら平謝りをするしかなかった。それはサボった事に対する叱りではなく、これまで何もかも当たり前のように皆勤を果たしていた娘が、明確な理由も話さず休んだことに対する心配からであった。
体調を崩す方が難しい程に整った平和な環境では、身心ともに当たり前のように健全で在り続ける。その上、所属コミュニティで一歩遅れることに対する危機感と対抗意識が学生を休ませない。ほとんどの高校生が友との切磋琢磨以上に魅力を感じるものを知らない故に、学校を休むということは非常に理解されない行動なのだ。過保護な親であれば、病院に連れていくことも珍しくない。
好奇心が先走り、親の心配など露ほども考えていなかった莉乃としては、自分の浅ましさに呆れると共に申し訳なさが湧きあがっていることだろう。
そしてもうひとつが今の莉乃の行動原因である。瑠奈から連絡があったのだ。
今朝、予定では同行するはずが急遽1人で送り出した瑠奈だが、渋々学校に来たまでで本当は莉乃と一緒に行きたくてたまらなかったのだ。彩音京也との接触による反応もそうだが、何より瑠奈は莉乃と一緒に行動すること自体が目的となっているような雰囲気であった。
莉乃は電車に乗りながら帰宅している旨をメッセージで伝えると、一緒に帰ろうと提案が返って着たのだ。しかし、莉乃と瑠奈は駅としては反対方面。彼女達が「一緒に帰る」となると、学校から駅までの徒歩十数分以外にない。
莉乃としてもサボった日にわざわざ学校まで行くのは億劫で最初は拒否したが、彼女も女子高生である。駅近くの喫茶店でパンケーキをご馳走を条件に、瑠奈の提案を呑んだ。ゆえに、今莉乃はあまり良い顔はしてないものの、確約されたパンケーキのために正門で瑠奈を待っている。
瑠奈は一年生であるため、部活見学の時期なのもあるが今日は即時莉乃と合流すると連絡してきた。しかし、返りのホームルームが終わるにもクラスによってバラつきもあり、帰る生徒は多いものの瑠奈から未だ連絡はない。
特に目的もなくスマホを開き、しきりにメッセージを確認する莉乃に1人の女子生徒が覗きこむように近づいてくる。
「あれ~莉乃じゃ~ん! 今日どしたの? 大丈夫?」
女子生徒は明るいトーンで莉乃に声をかけ、茶色いボブカットが垂れるように首を傾けて莉乃の顔を覗く。それは莉乃がよく知る顔であった。佐野明美、莉乃のクラスメイトのよく考えられる女子である。
「あっ、明美か……。まぁね、うん、全然平気。今日の授業どこまで進んだ?」
「今日はね~、数学が積分の応用やって、体育は前回の続きでバスケで、現代文が『こころ』の続きで教科書の――」
明美は一限目の授業から全て説明していく勢いで、指を折って数えながら唸って莉乃に全て伝えようとする。莉乃は大雑把な説明を求めていたのだろう。困ったように笑いながら明美の呪文を静止する。
「あぁごめん、うん、大丈夫、オッケー。明日ノート見せて貰っても良い?」
「良いけど~……莉乃はちょろっとやるだけで出来ちゃうからなぁ、羨まし~」
ぷくっと頬を膨らませる明美は幼さを加速させる。だが、その発言は本当に莉乃へ抱いている感情と傍目に見てもわかるほど、彼女の目元は暗いものになっていた。明美もまた、点差が少ない世界ながら成績は上から数えた方が早い部類である。一年生の時から莉乃と交流を持ち続け、あまり異常性を感じてはいないようではあるが彼女の『手抜き』には気付いていたのだ。
莉乃は返す言葉に詰まり、頭を掻いて愛想笑いをするしかなくなっていた。2人に妙な間が出来る隙もなく、正門の中から明美を呼ぶ声がした。
「あっ、じゃあ私部活に戻るから! また明日ね!」
元気に手を振りながら明美は校舎の方へと戻っていく。声をかけた生徒たちの方へ行く前に、明美は途中にある花壇をじっくりと眺めた。彼女は植物部という少し変わった部活に入っており、学校内の空いているスペースを耕しては農作物を育てたりもしている。花壇にある小さい苗は最近埋めたものだろう、遠目には何かわからないが育つのが待ち遠しそうにニコニコと見つめていた。
莉乃は明美を目で見送ると、そのまま未だ絶えず出てくる生徒達をぼんやり見渡す。
ついさっきまで莉乃が経験した異常な物事を、ここで今披露したらどうなってしまうのだろうか。橘のように嫉妬に狂うのか、明美のように羨望の目向けるのか、あるいはそれ以外にも反応の可能性は様々ある。莉乃もまだ16歳の女子高生なのだ、自分が特別であるとわかれば自己顕示欲が湧いてきても然るべきだろう。スマホを胸ポケットにしまい、彼女自身の右手へと目を移す。さっき1人の女性を文字通り狂わせてしまった莉乃自身の右手。これをまた別の誰かへ向け、また何か異常なことが起こればどうなってしまうのか。
良からぬことを考えるようにしてもの憂げに佇んでいた時。
「織原ちゃんおまたせ。結構待たせちゃったかな?」
目当てであった瑠奈がようやく現れ、スルッと莉乃の胸元まで挙げていた右手に指を絡ませてくる。恋人繋ぎのように手を組ませると、肩が当たる程に近づいてきた。
「瑠奈さ、昨日は勢いで抱きしめちゃったけど何でも距離近過ぎない?」
「そうかな? 健全な女子高生はこうして愛を育み合って――」
「私は健全で無くても良いから、もう!」
これに増して腰に手を回してくる瑠奈に対し、莉乃は無慈悲にも綺麗なステップを踏んで距離を置いた。懲りずに「恥ずかしがり屋さんだね」等と投げかけてくる瑠奈に、莉乃は冷やかな視線を送る。
「で、脚がもう棒よ。早く行きましょ」
「それなら元陸上部の私が織原ちゃんの御御脚をば……」
「おっさんかアンタは! ほら行くよ!」
ソロっと脚へ伸ばしてくる瑠奈の手を見事にはじき、莉乃はずかずかと駅の方へ歩き出す。納得のいかないような表情をして、瑠奈も置いていかれまいとその小さな身体でちょこちょこと莉乃の後を追いかける。
2人の超能力者はまたも夕暮れが顔を出した空の下、今日は女の子として和気あいあいと話しながら並んで歩き続けた。




