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貧乏神は不幸にしたくない

作者: 高木凛

「あれ?ない!財布、どこかに忘れてしまったみたいね。」

 ごめんなさい。それ、僕のせいです。

「家計簿に墨をこぼしてしまったわ。初めから計算し直さないと。」

 ごめんなさい。それも僕のせいです。

「痛っ! たんすの角に足の小指をぶつけちまった。」

 ごめんなさい。それも僕のせいです。

 僕のせいでみんなに迷惑をかけてる。僕は人に不幸をもたらす貧乏神の子ども。まだ一人前の神様じゃない。

 僕だってしたくてしてるわけじゃない。仕方がないんだ。


 今日はあの桃色の着物の女の子に取り憑いて財布を落とさせよう。

 サイはその女の子の首に触れた。

「うっ」

「どうしたの?」

 隣にいた女の子の友達が尋ねる。

「一瞬、首元がゾクってなった気がしたんだけどね……気のせいね。」

 そのとき、未の刻を告げる鐘の音がなった。

「夕ちゃん、急がないと遅刻しちゃう。」

 そう言って二人は駆け出した。

 あと少し経てば、あの夕って子は財布を落とす。ほんとはやりたくないよ。でも誰かに取り憑いてその人の運気を奪わないと、僕の存在意義が無くなって僕は消滅してしまう。

「サイ〜〜」

 突然、後ろから何者かがサイの背中に飛びつく。

 だがすぐにそれはサイの幼馴染のヤクだと判った。

「どうしたんだサイ。しょげた顔をして。それより聞いてくれ。俺さ、こんな大きな屋敷の主人に取り憑いて大貧民にしてやったぜ。んで、今はゴザを一枚だけ敷いて寝てやんの。」

 ヤクはサイと会うたび、こんな自慢話をしてくる。友人が嬉しそうに話すのはサイにとっても気分がいいが、友人がしていることには全く同意できなかった。

 二人は歩き出した。

「なぁ、お前まだ色んな人から運気をちびちび取ってんのか? 俺みたいに一人から一気に取っちまえよ。」

「僕は取る運気を最小限に留めておきたいんだ。」

「はあ? 何言ってんだ。せっかく持ってる能力だ。目一杯、活用しようぜ。そんな少ない運気じゃ毎日存在するだけで精一杯だろ。それじゃいつまでも神様になれないぞ。」

「いいよ、なれなくても。ーー最近さぁ、思うんだよね。このまま消えた方がいいんじゃないかなってさ。」

 ヤクがいきなり立ち止まった。

「おい、サイ。そんなこと言うんじゃねえよ。またそんなこと言い出したら承知しねえぞ。」

「ごめん。」

「いいんだ。分かってくりゃ。あ、俺あっち行くから。またな。」

「またね。」


 ヤクと別れたあとサイはその場に座り、どこまでも続く田園風景を眺めていた。

 それから何時間経っただろうか。遠くから話し声が聞こえてきた。

「ねえ、そっちには無い?」

「うーん、無いね。」

「もう暗くなるから香ちゃんは帰った方がいいよ。」

「やだ。見つけるまで帰らない。」

 香は食い下がる。

「いいよ。見つからなくても。そんなにお金入ってなかったし、財布はまた別のを買うから。」

「嘘だ。あれはお母さんの手作りで気に入ってるって言ってたじゃん。」

 サイは二人の声がする方へと近づいた。

 その二人はさっきサイが取り憑いた女の子だった。

 確か名前は夕、だったっけ。

 夕が財布を無くしたのはサイが取り憑いたせいだが、どこにあるのかは本人にも分からない。

 そんなに大事な財布とは知らず悪いことしたな。

 サイは自分を責めた。

「私も帰るから一緒に帰ろ。」

「夕ちゃんがそう言うなら。」

 二人は帰路についた。

「あっ、だったらちょっと寄り道していかない?」

「え?どこに?」

 サイは戸惑う。

「いいから。」

 香は夕の腕を引っ張る。

 サイは二人のあとをつけることにした。


 二人の家路から少しそれたぐねぐね道。少し歩くと、右手に苔むした石畳の階段が見える。その階段を上ること150段。そこには大きな鳥居がある。名前は「独田神社」とあった。

「どく…た…じんじゃ?」

 夕が尋ねる。

「そう、独田神社よ。」

 香が答える。

「ここ辺りの田を持っている人が建てたらしいの。なんでも、自分に取り憑いた福の神を祀っているんだって。『田を独りじめ』が神社の名前の由来らしいわ。ここで財布が見つかるようにお願いしようよ。」

「う、うん。」

 夕と香は賽銭箱の前に立ち、香は銭を投げ入れ、柏手をする。お金を持っていない夕は香の柏手だけ後に続く。

「夕ちゃんの財布が戻って来ますように。」

「私の財布が戻って来ますように。」

 お参りを終えた二人は再び帰路についた。

 サイは二人が帰った後も神社をうろついていた。

 福の神に会ってみたかったからだ。そして、できるなら福の神になる方法を聞き出したかった。

「ねーねー、あんた誰?」

 突然の声にサイは驚いた。声のする方へ目をやると、神殿の屋根に少女が座っていた。

「私はこの神社で祀られている福の神。あんたの名前は?」

「僕はサイ。」

 貧乏神の子どもであることを言えば、福の神であるあの子に嫌われそうなので、サイはそのことに関しては黙っておいた。

 福の神は地面に降り、サイの元へ歩み寄った。

「ここには人間しか来ないし、私はここから出られないから、話し相手が居なくてつまらなかったの。来てくれて嬉しいわ。」

「そっか、大変だったんだね。ーーあのさ、」

 サイが福の神について聞こうとしたその時、

 福の神がサイの手を握り、突然叫んだ。

「私をここから出してっ」

 サイは福の神の言葉に戸惑う前に福の神の手を振りほどいた。サイの力は、他人に触れることで発動する。

「え…あっごめんなさい。」

 サイに拒絶されたと思った福の神はサイから一歩下がった。

「ちっ違うんです。」

 サイは慌てて誤解を解こうとする。

「僕は貧乏神の子どもなんです。僕に触ると運気が奪われてしまいますよ。」

「貧乏神!?」

 もうだめだ。サイはそう悟った。

 しかし、そんなサイの感情とは裏腹に福の神の表情が明るくなった。

 そして福の神は神殿の軒下に潜り込んだ。

 ーー貧乏神に会いたい福の神なんているものなのか。

 福の神が軒下から出て来るまでサイはそんなことを考えていた。

 福の神は軒下から巻物を取り出した。

「ねえねえ、さっきも頼んだけど私をここから出して。」

「いや、だから僕に触ると、」

「分かってる。鳥居をくぐる一瞬のだけ、私の腕を引っ張るだけでいいから。私だけだと鳥居をくぐれなくて、ここから出られないの。」

 サイは難色を示したが、こうまでして頼んでくる彼女を見ると、断れなくなった。

「分かりました。出来るだけ力を押さえるように努力します。」

「本当!? ありがとう! あと敬語じゃなくていいから。」

 二人は鳥居の前に立った。サイが先に鳥居をくぐって振り返る。

 福の神は両腕を前に出した。

「行くよ。」

「うん。」

「「せーの!!」」

 掛け声と共に福の神は前に突っ走る。

 それに応じてサイは彼女の腕を掴み引っ張る。

 福の神は鳥居をくぐり、神社から出られた。

 ところが、福の神は勢いあまってサイの懐に飛び込んだ。

 福の神に押されてサイは後方へとよろめく。

 サイは思い出した。確か、この後ろはーー階段だ。


「ごめんなさい。私が勢い良く走っちゃったから……」

 福の神はとても申し訳なさそうだ。

「いいよ。僕も強く引っ張ってしまったし。」

「それで、どこに行きたいの?行きたい所があるから、出して欲しいって言ったんでしょ。」

「うん。サイくんもついて来て欲しいの。」

「いいよ。あ、そういえば君の名前聞いてなかったね」

「福の神って呼ばれてるから、別にこれといった名前はないわ。」

「じゃあ、フクちゃんでどう?」

「福の神、だからフクちゃん? 安直だけど気に入った。」

「よろしく、フクちゃん。」

「こちらこそ、サイくん。行こっか。」


「ーーで、ここはどこ?」

 暗闇の中、ほふく前進しながらサイは訊く。

「屋敷の屋根裏よ。」

 福の神は答える。

「誰の。」

「私の神社を建てた人。」

「どうして。」

「それは後で話す。」

 二人はしばらく屋根裏を進んだ。

 福の神が前進を止めた。彼女が指さす先では光が下から漏れていた。

 下の部屋では豪華な服を着た男性が食事をとっている。

 おそらくこの屋敷の主人だろう。

「あの人に抱きついてきて。」

 思いがけない彼女の言葉にサイは驚いた。

「え?何言ってるの。やだよ。」

「あなた貧乏神でしょ。どうして嫌なの。」

「僕は出来るだけ人から運気を取りたくないの。ーーああ、僕が元気ないように見えた?大丈夫だよ、そんなに運気を取らなくても消滅したりしないから。」

「違う、私があいつを不幸にしてやりたいの。」

 とても福の神とは思えない発言だ。

「どうして不幸にしたいの。理由を話してくれる?」

 福の神は口ごもった。

「話してくれなきゃ絶対やらない。」

 サイは詰め寄った。

 彼女はやっと重い口を開いて次のように話した。


 昔々、私は別の神社の神だった。とても大きな神社だった。

 だけど度重なる戦の戦火で燃えて無くなってしまった。このままだと人々から忘れられ、私は消えてしまう。

 そう途方に暮れてあちこちを彷徨っていた頃、道端に中身のない祠があった。藁にすがる思いでそこに飛び込んだ。これで誰かがお参りに来ればとりあえずは消えなくて済む。

 しかし現実はそう甘くなかった。第一、こんなぼろぼろの祠にお参りなんてする人がいるわけがない。私はずっと往来を中から眺めていた。

 そんなある日、祠の中に何かがあると感じたんでしょうね。一人の青年がこちらに寄ってきた。

 その青年はその日はそのまま帰ったけど、翌日また来て祠を綺麗にしてくれた。

 それ以来、毎日お参りに来てくれるようになった。どうやら彼の母が病に伏せっているそうだ。

 そこで私は日頃のお礼に病が治るように加護を与えた。落ちぶれたとはいえ、元々神社の神だからそれくらいの力はあった。

 母の病が治っても彼はお供え物を届けてくれれようになった。祠の神様のお陰で母が元気になったと彼はいつも話していた。

 ひとつき過ぎた頃、彼は友人を連れて私のところへ来た。今度は友人の願いを叶えて欲しいという。借金があって困っているので、なんとかして欲しいとのことだった。私は友人に金運上昇の加護を与えた。

 それから程なく、友人は借金を完済した。そして友人も私のところへ通うようになった。でも代わりに青年がお参りに来なくなった。

 ある日こんな噂を聴きました。青年は山へ芝刈りに行ったきり、戻って来なくなってしまったというのです。

 お参りに来る友人はそんなことを一言も言わなかったので、とても驚きました。

 一週間後、青年の遺体が見つかったと友人が報告に来ました。

 青年は必ず戻って来てくれると信じていたから、いらぬ心配をかけないために行方が分からなくなった件は言わずにおいていたそうです。

 友人は青年の葬儀を盛大に行うためのお金が必要だと言ってきました。私は喜んで彼にお金が来るように加護を与えました。

 また別の日、青年の母親をこちらで引き取りたいが、生活が苦しくてとてもできない。どうにかできないだろうか。と頼んできました。私は生活に苦しまない程度の収入を約束しました。

 それからも事あるごとに私のところへやってき来て色んな願いをしました。

 やがて彼は裕福な大商人になりました。

 彼はお礼に私の神社を建てると約束してくれました。

 神社が建ち、沢山の人が参拝に来てくれるようになりました。信仰してくれる人が多いので、元の神社に居た時よりも大きな幸運を扱えるようになりました。私は来る人みんなに運気を与えました。願いが叶って幸せそうな人たちの顔を見ると私も嬉しくなりました。

 何年か経ち、友人が役人に賄賂を送ったり、法外な利子でお金を貸し付けているという悪い噂を耳にするようになりました。私は事の真相を調べるために外に出ようとしました。

 でも、それはできませんでした。見えない壁のような何かが神社を囲っていて、出られないのです。

 そこで神社に出入りしていた猫に調べさせました。

 3日後、猫が帰ってきました。友人の悪い噂は本当であることを知らされました。

 さらに、友人は青年の母親を引き取っていないこと、私に願い事をするときに言った理由は全て嘘であること……もう何も信じられなくなりました。青年の死についても疑問を持ち始めました。

 最後に猫はこう言いました。友人は私を手に入れるために人を殺し、私が逃げられないように閉じ込めるためにこの神社を建てたと。

 ーー私はずっと騙されていたのね……


「真実を知った後、もしかしてと思って参拝に来た人たちのその後を調べた。そしたら私があげた幸運を悪用している人が沢山いた。みんながみんな悪い人じゃないことは頭では分かっているのに……」

 サイは福の神にかける言葉が見つからなかった。

 福の神は浮かべた涙を拭ってサイを見た。

「さぁ、話したわ。下にいるのはその友人よ。行ってきて。」

 福の神は真っ直ぐな目でサイを見つめている。

 あんな話を聞いて断るなんて酷いことできない。

 サイは覚悟を決めた。屋敷の主人の背後に陣取る。そして右手を伸ばし、背中に触れた。

 次の瞬間、右手に流れてくる運気の量にサイは驚きのけぞった。

 この人はこんなにも福の神から運気を騙し取っていたのか。

 今度は両手で触れてみる。また弾き飛ばされそうになったが、なんとか踏ん張る。

 彼の運気を取るのにどの位時間が経っただろうか。サイは崩れるようにその場に倒れた。


「サイくーん、起きて〜」

 福の神に頬をペチペチと叩かれ目が覚める。

「あれ、僕は……ああ気を失ったのか。運気を吸ったのに疲れるなんて。慣れないことはするもんじゃないな。」

「ありがとう。」

 福の神が頭を下げた。

「頭なんか下げなくてもいいよ。初めて誰かの役に立てて嬉しいから。」

「こんなことをしてもらった後で頼みにくいんだけど……他にも運気を取ってほしい人がいるの。この人たちなんだけど……」

 そう言って福の神は巻物を開いた。そこには沢山の人の名前が記されていた。

「この人たちは私が幸運を与えて、それを悪用した人たちなの。この人たちの運気も取ってくれるかしら?」

「うーん……」

「みんな貧乏にしろとわ言わないわ。私が与えた幸運の分を取るだけ、それなら構わないでしょ?」

「それなら……いいかな。」

 福の神はサイの手を握った。

「本当にありがとう。私が与えた幸運のせいで不幸になっている人がいると知ってからとても悲しくて、なのにどうすることもできなくて……ありがとう、サイくん。」


「これで最後だね。」

 サイは巻物に記された最後の名前に線を引く。

「これからはどうするの。」

「そうね。この人たちのせいで不幸な目に遭った人たちに幸運を渡しに回ることにするわ。あの神社に戻るつもりはないし。」

「そっか。なら、ついでに僕の頼みを聞いてくれる?」

「私に出来ることであれば。」

「僕のせいで不幸な目に遭った人たちにも幸運を渡して欲しいんだ。」

「いいわ。じゃあ一緒に行こう。」――…

「うん。」



「ねえ、何だろうこれ。」

 下校中の中学生が二つの祠を指差し尋ねる。

「祠よ。左が貧乏神、右には福の神が入ってるの。」

「よく知ってるね。」

「うん。この街の伝説とか、言い伝えとかを調べるの好きなんだ。この二つの祠にまつわる面白い話があるわ。」

「へえ、何? どんなの?」


『福の神と貧乏神はとても仲良し

 もし福の神から与えられた幸運を悪用すればすぐに貧乏神があなたの幸運を全て奪いに来るでしょう

 もし貧乏神のせいであなたに災いが降りかかった時は福の神があなたの元へ幸福を届けに来るでしょう

 良いことがあっても欲をかきすぎず、悪いことがあってもくじけずにいれば、本当の幸せはあちら側からやって来るでしょう』


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