第六話
新人戦県大会決勝
相手は因縁の北埼高校。
やはり実力差は大きく、港南埼玉は攻めあぐねた。
スクラムで大きく押されなくなったとはいえ、スクラムは北埼有利。フォワードの実力には差があった。
前半終了間際、石原のペナルティゴールで3点を得て、前半を21対3で折り返す。
「源田先生、このままじゃ負けます。俺にバンバンドロップゴールを狙わせてください」
「武田、正気か?」
「10本も蹴ればそのうち7本決まるだけで逆転です。それに、最初はヤケになったと相手が思っても、ドロップゴールだけで15点も取られたら相手も流石に動揺するはずです」
「源田先生、今日は勝ち負けじゃないでしょう。なら、生徒たちの思う通りにやらせてみてください」
と、中村が横から口を挟む。
「そうだな。じゃあやってみろ。そのかわり、ディフェンスでヘマするなよ」
「わかってます」
こうして、後半戦がスタート。
後半始まってすぐ、敵陣10Mラインから武田がドロップゴールを狙う。
このドロップゴールは成功。
21対6となる。
その後、10Mライン付近まで攻めたらドロップゴールを狙う戦術で一気に攻める。
最初はヤケになったと北埼高校の誰もが考えた。
しかし、点差が縮まるにつれ、北埼高校は武田のキック力の強さに若干の狂気すら感じ始めてきた。
21対18となったところで、さしもの北埼高校も焦りが出始めた。
しかし、実力は相手が一枚上手、その後は執拗なチャージと北埼の本来の実力の前に港南は苦戦した。
肝心のドロップゴールもなかなか決まらず、逆に相手のカウンターを許すなど、なかなか自分たちのペースにできなかった。
点差が20点を超えた後半25分、相手の一瞬の隙からのインターセプトが決まり、一気にトライを奪い、ゴールも成功。
しかし、港南の反撃もそこまで。
結局、42対25で敗北。
関東大会は埼玉県2位での出場が決まった。
「今日は負けてしまったが、お前たちは強くなったぞ。今日悔しいと思ったやつはこれをバネにしてもっともっと強くなるんだ。これから関東大会に向けて全力で行くぞ」
そして、帰りのバスの中
いつもはミスをしたり落ち込んでいる1年生に声をかける板橋も、この日の武田には何も言えなかった。
一方の武田も、この日の勝手な意見を悔やんでいた。
自分のミスキックで同点に追いつけなかった。そして、カウンターアタックをかけた相手を止めなければいけなかったのにあっさり抜かれた。それを思うと、涙を堪えられなかった。
そして、隣に座った板橋に一言言った。
「板橋、強くなろうな」
「もちろん」
言葉は少なくとも、その気持ちは伝わった。
それから数日後。
特進Aクラス入室試験の結果が発表される。
今年の倍率は2.7倍。
合格者は20名。
ラグビー部は滝、吉岡が合格、山内が不合格となった。
校則に基づき、滝と吉岡は事実上退部となった。
(特進Aクラスは部活動禁止)
なお、山内は特進Bクラスにスライド合格と相まった。
「滝と吉岡か。聞いてるよ。Aクラス合格おめでとう。これからは一生懸命勉強して第一志望校への合格を目指すんだぞ」
「はい」
「わかったら教室に戻れ」
というと、源田は滝と吉岡を職員室から出した。
「それから、山内」
「はい」
「こう言ってはアレだが、お前がAクラスに不合格になってくれてホッとしてるんだ。実は今年のスカウトがあまりうまくいかなくてな」
スカウト活動は一からやり直しとなったため、源田が培ったコツなどを活かしつつ、他の系列校の縄張りに極力踏み込まない原則に基づいてスカウトを行なった。ところが今年は不作もいいところであった。
「というわけだ、今年はお前無しでは成り立たん。学業とラグビーを本気で頑張るんだぞ。そろそろ授業が始まるから教室に戻れ」
職員室の外にて
「山ちゃん、どうだった?」
「特進Bクラス入り。まあ国公立志望は変わらないけど」
「残念だったね」
「しょうがないよ。それから滝と吉岡はもうラグビー部行けないってさ」
「特進Aクラスだもんな。夜8時頃まで勉強するらしいじゃん」
「それどころか0限目ってのがあるからね。朝早く来て勉強するって話だ」
「12時間以上学校にいるのかい」
「そりゃ特進Aクラスだもん。国公立、難関大志望の優秀な連中はこのくらいやるし、俺だって狙えるなら旧帝大、ダメでも都内か埼大ってとこだ」
「私立は狙う気ないのか?」
「まったくない。学費の安い私立は中大、東洋とかだけど、国公立には勝てんよ」
話を遮るようにチャイムが鳴る。
山内のクラスの3時間目の授業は現代文。
すると、源田が入ってきた。
「えー、宮内先生は、身内に不幸がありましたので、この授業は自習となります。宮内先生が今日出すはずだった宿題を置いていったので教卓まで取りに来なさい。この授業は各自自由。宿題やっても、他の授業の課題をやっても、読書をしても、携帯をいじってもいいけど、他のクラスが授業をしていますので静かにしてなさい」
と言うと、源田はパソコンでの作業を黙々と始めた。
生徒たちも真面目に宿題に取り組んでいた。
この日の部活ではやはり山内がいじられ、練習とはいえプレーでも精彩を欠く始末だった。
「今日はここで練習終わり。後練習は8時まで。以上。あと、三浦はちょっとだけ残れ」
と言うと、源田は三浦を残した。
「三浦、お前無茶は効くほうか?」
「わりかし効くほうですね」
「じゃあ忠告しておく。今のままだと2年の途中でケガしやすくなるから、今のうちからこのトレーニングを始めておけ」
源田は三浦に対して、数枚の紙を渡した。
「これは?」
「俺の大学の同期が今スポーツ科学の分野で働いていてな、そいつから教えてもらったんだ。10代のラグビー選手にケガしない身体作りを文字通り身体に叩き込ませるためのトレーニング法。できるだけ毎日やるんだぞ。言っとくがサボったら効果は出ないぞ」
「わかりました」
源田はグランドを見渡していた。
よく見ると、フォワード陣は相撲やレスリングのトレーニングをしていた。
体幹を鍛えるためのトレーニングで、こういったトレーニングにより、タックルの精度を高めていくとのこと。
バックス陣は宇野を相手にタックルの練習。
体重約125kgの巨漢で相撲部出身の宇野相手に相撲を取って誰1人勝てなかったためか、相撲トレーニングからは外されている。
その代わりボールを持っての突撃役。
体重約125kgの巨漢を止めるのはバックス陣には一苦労。タックルに自信のある武田や石原も倒すのがやっとで、板橋(49kg)や吉野(47kg)、岡島(51kg)、川本(50kg)の小兵カルテットは誰1人として宇野を倒すことができず、4人がかりでようやくと言った有様。
当たり負けどころか捕まえても引きずられるという始末で、4人とも宇野に対し「てめえ太りすぎだ」と悪態をついたのであった。
関東大会1回戦
今年は東京開催。
場所は江戸川陸上競技場。
相手は東京の東洋第一高校。
前半を5対12で折り返し、後半15分、一時的交代でスクラムハーフに入っていた板橋が絶妙なチャージを決め、トライを奪う。
この後のコンバージョンも決め同点に追いつく。
その後は互いによく守り、12対12の引き分け。
抽選の結果、東洋一高の勝ち。
このチームのくじ運の悪さは呪われているレベルだと小池らが愚痴をこぼした。
「よく頑張った。まだ選抜に出れないわけじゃない。北埼高校が2回勝てば開催地枠で選抜に出れるぞ」
と、源田が鼓舞した。
しかし、その北埼高校は2回戦で港南学園高校と当たり、28対5で敗れた。
そのため、北埼高校が開催地枠出場となった。
卒業式
ラグビー部温水組が卒業した。
進路としては日大に進学した栗林と港南学園大に進学した村野と相撲部屋にスカウトされた町村を除き、全員が浪人。
分不相応な大学を選んでも浪人するだけである。
みんな揃いも揃ってアホな連中だったし、3年生なら間違いなく解けるはずの古文問題を解けないやつが多数を占めた段階でニッコマ東洋レベルの現役合格は無理だと踏んでいたが案の定である。
これでまた港南学園グループの予備校の儲けが少し上がるなと源田は1人ほくそ笑んでいた。
卒業式が終わると追い出しラグビー。
今年は7人制での試合。
勝ち負け関係なく日が暮れるまでみんな暴れまわった。
三月末
源田は理事長らの会食に誘われていた。
場所は神楽坂の料亭。
そこには、北山の祖父もいた。
「北山さん、どうしてここに」
「わしは港南埼玉高校に大口の寄付もしとるし、ラグビー部のスポンサーであるからね。もっとも今の今まで教えてなかったけど」
「そうですか」
「始めて君を見たときは宿敵早稲田の名フランカーが何の用だと思ったが、わしではなく、孫に用があったとはのう。わしを訪ねるものはほとんどが金がらみじゃから、わしの孫相手とは正直想像もしてなかった。しかし、やはりわしの自慢の孫。埼玉の一年生ではナンバーワンのナンバーエイトとは、わしも嬉しいわ」
この翁、実は慶應義塾大学卒のフィクサー。
今でこそ目立った活動はしていないが、エクスターミネート・オペレーションの際には始祖六家に大量の武器弾薬を横流しした死の商人として暗躍したとも言われているが、真相は闇である。
「さあさあ、どうぞ中へ」
そう言ったのは学校法人港南学園と公益財団法人村松記念財団理事長を務める村松優。
港南学園自体は戦前に発足した横浜医学専門学校から始まり、1935年に港南学園大学という理系の大学に変わる。
戦後は空襲で被災した薬学研究所の建て替え、医学部の横浜郊外移転、文系学部の新設、キャンパスの八王子、港北、長津田への分散が行われ、今ではスポーツがそれなりに盛んな総合大学と言われている。
高校の戦略は東京と神奈川を重視とした体制で、埼玉、千葉の付属高校は何かひとつを強化すると言ったもの。地方にも付属高校があり、鳥取、香川、富山、新潟にもある。
いずれもスポーツ特化型の高校である。
酒が入るとともに話も弾んできた。
「まったく、北埼高校も骨が無いですな」
「私達の分まで頑張ってもらいたかったですよ」
「しかし、港南学園高校は関東大会優勝。実力相応の結果と言えばそこまで」
「そうですな。それはそうと、源田先生、スカウトの件はどうなりましたか?」
「今年は不作ですね。私が誘った選手は2人。あとは新入生たちを地道に育てるしか無いでしょう」
「なんだね、こんな弱気じゃダメだよ。君は港南学園高校を三度も花園で優勝するほどの学校にのし上げたというのにだ」
「まあまあ、私の祖父が立ち上げた横浜医学専門学校以来のラグビー部の伝統を残そうと頑張ってくれた功労者にそこまで言わなくてもいいじゃないか。今日は慰労会のようなものだ。飲んで食べてくれたまえ」
その日、源田は何杯飲んだのかもわからないくらいビールを飲んだ。
気がついたら、布団の上にいた。
どうやって帰ったのかも覚えていない。
「今日は休みだし、久々に身体を休めるか。その前に酒を抜かないと…あー…頭痛い…」
源田は二日酔いの状態で目を覚ます。
「そういえば、新しい外国人コーチを雇ったんだよな。今のチームからすればありがたいけど、日本語通じないと話にならねえぞ。俺は言うほど英語はできねえしな」
不機嫌な中昨日のことを思い出しても仕方ないと思い、源田は戦力分析を始めた。
つづく